暴走
《制約・隷属》。俺とかなが結んだその契約には上位者が下位者に対してある程度の命令権を持つことになる。その命令に対して抵抗することももちろんできるが、今の放心状態なかなでは無理だろう。
もしこのかなの状態がそこに倒れている獣王のせいならば俺の命令に従ってもらってここを離れればいつものかなに戻るだろう、という考えだ。
「物は試し、ってやつだ。かな、付いて来てくれ」
頭の中でかなに直接語り掛けることを意識しながらそう口にする。
「ちょっと、どう見ても聞こえてないでしょ? 馬鹿じゃないの?」
「お兄ちゃんに考えがあるって言ってたでしょ。馬鹿正直にも程があるんじゃない?」
「は?」
「あ?」
「喧嘩するなよ……って、かな?」
視界の端で、かなの手が僅かに動いたように見えた。確かめるために目を向けると、指先から頭に至るまで僅かに痙攣し、今にも動き出そうとしているのが見て取れた。
「これ、利いてるのか?」
「ふむ、効果あり、だな。しかしすぐに動き出さないということはそれだけ獣王の支配が強力と言うことか」
「面倒だな、本当に。かな、行こう。出直すぞ」
再び思念を乗せて声を発する。さらにかなの体の動きは大きくなり、指がはっきりと動き、拳を握った。そして、駆け出す。
「え? 本当に動いた? どういう原理よ」
「いや……動いたはいいが――ッ、構えろ!」
「はえ?」
間抜けな声を上げるヘイル目掛け、かなが飛び掛かる。
「この子、あんたの言うこと聞いてるんじゃないの!?」
「そうだったら嬉しかったんだけどな。どうやら不完全らしい。ある程度本気でもいい! 止めてくれ!」
ヘイル目掛けて飛び掛かったかなは、しかしヘイルが瞬時に魔法を放ったことで身を翻し距離を取る。しかし、なおもヘイルのみに視線を向けて牙を剥き出しにする。
「そうは言ってもこの子、はっきり言って私たちより強いわよ! 何ならさらに強くなってる気がするし!」
「それは……そうだ! 普段の二倍くらいは強いと思ってくれて構わない」
「全然構うわよ! さっさと加勢しなさい!」
「分かってる!」
覚醒状態のかなのステータスは除いた感じだと全体的に約二倍。魔力はほとんどが精霊頼みということもあってあまり増えていないが、他のステータスが尋常じゃない。特に攻撃力に至っては普段の三倍だった。
もっと言えば精霊完全支配も残しているわけで……相変わらずうちの子は規格外だと思わざる負えない。この場において、今のかなのステータスに及ぶものは誰一人いない。最も近しい者を上げるのなら――
「私が前に立つ! 援護はお願いね、お兄ちゃん!」
「あ、ああ! 任せた!」
「かなちゃんのためだもん!」
ただ、出来れば二人をたたかわせたくなんてない。どっちが傷ついても、苦しいのが分かるからだ。どっちも大怪我を負うなんてことになれば、例え治癒できたとしても俺の精神の安定が保証されるか分からない。
冷酷停王は自分がどんな行いをしたとしても、きっとひるむことはないだろう。けれど目の前で悲劇が起こったとして俺のメンタルをケアしてくれるだろうか。答えは分からない。それでも、俺は大切な人が傷ついても胸の一つも痛まないような非情者になった覚えはない。
それでも、今は少なくとも誰も傷つけない方法なんて思いつかないから。
少なくともかなが正気に戻った時に後悔しなくていいように、皆が生き残るための最善だと思えることを実行するしかない。俺はまだまだ、心が弱いな。
「本当に、情けない」
言って、拳を握る。氷の剣を呼び出して、その手に握る。嘲笑が漏れる。
「かな! 本気で戦ったことは無かったよな。今日は全力で遊んでやれそうだ!」
勝てる保証なんてない。最悪かなを傷つけるかもしれない。それでも戦わずにはいられない。関わっていない後悔は苦しくて虚しいことなんてこっちに来る前から知っている。だから、やらない後悔よりもやった後悔を。
傍観なんてダサいこと、出来るはずがない。
「お兄ちゃん!?」
「安心しろ、かなの癖は誰よりも見てきた。昔っからな!」
「っ、うん! そうだね!」
剣を構えて肩を並べる。爪を立てるかなへと向き合う。
「絶対、元に戻してやるからな」
「また三人で遊ぶんだからね、かなちゃん!」
「それ、フラグっぽいぞ」
「フラグは立ててへし折って、へし折ったフラグで敵をタコ殴りにするのが私のやり方だよ!」
「相変わらず、何言ってるか分からんよ」
それでも言いたいことは分かるものだ。
「一回くらいはあったよな。暴れたかなを止めようとして引っかかれたこと」
「一回どころじゃなかったよ。今回は引っ掻き傷じゃあすまなそうだけど、ね!」
雑談中に割り込まれたかなの爪を、黒江は剣の腹で受け流す。
「窮鼠猫を噛む。どっちがネズミになるのかね」
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