獣王国、王城
俺の意識が朦朧とする中ではあったが、俺たちは王城へと向けて移動を再開した。
「お兄ちゃん、もう大丈夫? ……悪の香りがしたんだけど」
「具合はどうであれ、あの正気の失いようは異常だったわよ」
「……分からない。けどまあ、あれは俺の力が暴走してると思ってもらえればいいから。危なかったら力尽くでも止めてくれよ。テトかかなに言えば、死んでなければ回復してもらえるだろうしな」
「あんまり、気乗りはしないけど。お兄ちゃんのためなら」
「あら、私は喜んでやるわよ。一発くらいは殴ってやりたいと思っていたもの」
ヘイルは物騒なことを言っているが、まあ心配してくれているのは確かなんだろう。一応、重い頭を縦に動かしておく。
「一先ず、王城を目指すぞ。かな達が、困ってるはずなんだ」
「うん、早く行かないとね」
「あの獣人っ子が危ういなんて信じられないけど。まあ、協力してやるわ」
「……ありがとな」
やはり黒江には愛されているし、ヘイルもなんだかんだ言って優しいよな。その真意は、いまいちわからないが。
そんなことを考えながら出来る限りの全力で王城へと向かった。
「失礼しますよ、っと」
王城の前へとたどり着いた俺たちはとりあえず門番を退けて中へと入る。そのあたりでようやく意識もはっきりしてきて気配察知と魔力感知でなんとなく状況を把握できるくらいには回復した。
そんでもって確認してみれば、リルとルナ、かなの姿が最上階で伺えた。リルとルナが姿を現しているということは、まあそう言うことなのだろう。ただ、これだけの情報では大したことは分からない。直接確かめてみればいい話だろう。
「上だ、登るぞ」
「うん、分かった」
「こうなったらもう彼の有名な獣王様とも顔合わせが出来そうね。その時が来たら先手は譲ってもらうわよ」
「任せてやるよ、それくらい」
場違いと言うか的外れな言葉に思わず笑みが零れるが、談笑している暇はない。急いで階段を駆け上がる。途中何度かやけに質のいい服を着ている恐らく獣人貴族たちを適当にいなしながらではあったがほんの数分でたどり着く。
「で、来たはいいけど、どういう状況?」
「見た通り、と言いたいところではあるが分らぬのも無理はないだろう。正直、我にも何が何だか」
「まあ、理屈の通らぬことはないかの」
理屈、ねぇ。
考えをまとめるために見えた景色をとりあえず言葉にしてみよう。
玉座の間と思われる部屋の入り口のすぐ手前側にリルとルナがいた。リルはいつも通り狼で、ルナは未だメイド姿だ。そこはまあいいとして、問題はかなの方。いることは知っていたし、ルナとリルと距離が開いていること、さらには近くにもう一人連れていることも認識はしていたのだが、少し想像と違った。
かなは、いつかに見た獣と人間の比率が獣へと偏った状態、覚醒の状態へと変化している。それだけならまあ、獣王との戦いが激化したのだろうと思える。でも違う。この部屋にかなが暴れた後はない。かといってかなが一方的に攻撃されていた跡もない。
むしろその逆で、かなが獣王を一方的にボッコボコにしたようにしか見えない。
全身のそのほとんどを毛で覆われたかながその拳を握り締めて、倒れ伏す大仰な服装で大柄な男を見下ろしていた。そしてそのかなが、生気のない顔でただ茫然とこちらを見つめていた。いや、焦点の定まっていない目をこちら側に向けている、と言う表現の方が正しいのだろうか。
何を見るでもない視線が四方八方に振られ、体もふらふらと揺れている。
まるで、魂を抜かれたかのように。
「獣王は恐らくあらゆる獣人に干渉する力を持っていた。かな嬢もその影響を受け意識の一部を誘導された。しかし、獣王と対面するや否や手招いた獣王の手を引き千切り牙をむいた。その頃には、既にあの姿かの。獣王は倒れ、かな嬢は放心状態に」
「予想を言うのであれば、獣王の持つ干渉の能力がかな嬢の危機感を煽り、かな嬢は獣王へと食って掛かった。そして獣王が倒れると同時に意識を支配された。しかし獣王は倒れたためにかな嬢は意識を失ったまま指示を待つように佇むばかりとなった」
「……どうすれば、解放できる?」
「さあな。獣王の持つ干渉能力がどのような権能なのか。我には皆目見当がつかぬ」
「生憎、妾にも理解は出来なかったかの。正確に言えば、妾には解除が出来ない類のものだったかの」
知者二人が言うのだ。そう簡単なものではないのだろう。
「他に、詳しい奴いるか?」
「僕は精神攻撃の類には疎くて」
「俺が正確に検知できるのは対象の位置と存在だけ。精神的な事象についての観測は出来ないな」
「右に同じく」
と続き
「うぅ……私も知識を持ち合わせてない」
「私の魔法は攻撃特化だからね。力になれそうにないわ」
と締めくくられた。
予想通りではあったが、この場の誰もかなの現状をどうにかする術を知らないらしい。
「仕方がない。試したくなかったけど、やるだけやってみるか」
なんたって、かなのためだからな。
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