侵略

 ほんの少しの平和な時間を楽しんでいたのだが、どうやらそれも終わりらしい。リルから念話が伝わって来た。


(司殿、問題が発生した。多少無理してでも王城内部へ押し入ってこい)


 珍しく焦りの色が見える内容に、想定外の何かが起きたのだと察する。外から見ても特に大きな変化は無かったのだが、何が起こったのだろうか。どちらにしても、援護に向かうことに行くしかないだろう。


「みんな、どうやら出番らしいぞ」

「出番って? 私たちにも仕事はあるのよね?」

「必要ないよ、私たちだけで十分なんだから」


 ヘイルがすぐに返事をして、黒江がそれを上書きする。


「みんな、って言ってるだろ。付いて来たい奴だけでいいけど、やる気と覚悟があるやつは今から王城に突撃するぞ」

「いいじゃない! 楽しそう! 行くわよ、スーラ!」

「もちろん私も行くよ! テトとリウスはどうする?」

「クロが行くなら、僕も行きますよ」

「……無論、同行しよう」


 各々が勝手に返事をし、スーラも無理やり連れていかれるらしい。要するに、全員出動というわけだ。これは、過剰戦力かもしれない。


「じゃあ、付いて来てもらおうか」


 それだけ言って、俺はラウドへ向かって駆けだした。


「おい! いたぞ!――」

「捕まえろ!――」

「何をしている!――」


 声が聞こえる。とても騒がしくて鬱陶しいが、振り切るのは容易だ。緊急事態とあっては容赦もしてられない。道を塞がれるその端から、俺たちは振り払うようにして進んで行く。掻き分けた数だけ聞こえる悲痛な叫びなんて聞いている暇はない。


「邪魔だから退けって」


 城壁を超え、街に降り立ち王城へと向かおうとするその一歩ごとに一般市民が立ちはだかる。俺たちを正門の前で囲んだ兵士たちではなく、色とりどりの服を着て戦う力なんてないはずの市民たちが俺たちを阻むためにと連携を取って群がってくる。

 それが数十、数百なっているのだから先方の有様を見て諦めればいいものを。それでも無謀に突撃してくる姿があまりに滑稽無灯で嘆かわしい。


 いや、あまりに不自然だ。目の前で仲間が子虫よりも簡単に振り払われているのを見てなお俺たちに向かってくるその姿はまるで、死をも恐れぬ狂戦士。はたまた、その身を支配された奴隷。これだけの数の者が同時にこのような行動をとるのなら、それは後者の方が近しいのだろうか。


「鬱陶しい。けど、分かって来たよ、なんとなく」


 辺りにただやう僅かな魔力は電波に似た何か。情報を伝達し、拡散する領域の構成。そして範囲内にいる条件――この場合何らかの魔力干渉を受けている、もしくは獣人であることなどが考えられる――にあった対象の意識または行動を支配する能力。

 少なからず王都全体に浸透しているであろうその能力を制御するほどの力を持つ者として考えられるのはこの国の王、もしくはその側近以外に考えられないだろう。そうじゃなかったとしたらまだ俺の把握していない存在か。現状では何とも言えないだろうが――


「行ったら分かる。行かなければならない。ならば、行けばいい」


 真相は、そのための手掛かりは必ずそこにある。あるからこそ、俺の忠実な犬は俺を呼んだのだ。


「俺の、かなに手を出すな」


 かなと念話が通じなかったその時、俺の中で何かが目覚めた。そして俺は眠りに着いた。底冷えする氷の棺の内側で宙ぶらりんに漂っている。目の前で起きている惨劇を、まるで他人事のように眺めている。

 霊酷停王の名の下に、俺は敵を端から殺す。


「待って! お兄ちゃん!」


 ……黒江?


「どうかしたか?」


 足を止めて振り返る。そこには、怯え顔の黒江がいた。


「ど、どうしたって……どうしたんだ?」

「こ、こっちが聞きたいんだけど……だって、これ――」


 これ、と言って黒江が指さしたのは黒江の後ろ。そこに広がっていたのは、獣人たちが倒れ伏し酷いものは血を吐いている、地獄絵図。


 一瞬にして、吐き気が込み上げてきた。何なら吐いた。


「おええええぇぇぇぇ――」

「いや、こっちが言いたいよそれ、見せないで、あっち向いて」

「無理、言うな……」


 膝から崩れ落ち、足に力が入らない。正直、生きてる心地がしないくらいに気持ち悪い。


「何正気に戻った瞬間に崩れてんのよ。見っともないわよ」

「だ、大丈夫ですか?」


 ヘイルがいつもの調子でいい、テトが案じるように聞いてくる。後の二人は何をしているのか知らない。けど、きっと今の俺を見ているのだろう。普通に恥ずかしいんだが。


「いや、というか俺何やってたんだ? 殺してないはずだけど……」

「いやまあうん、酷くても致命傷で済んでる、かな。テトが一応死にそうなのは回復して回ってたけど」

「流石に民間人を殺すのは良くないと思いますしね」

「……その元凶の俺に、何とも思わないのか?」

「え? いえ、クロが慕っているお兄さんでしたし、何かに操られている様子でしたし……今は戻っているようですけど。まるで別人みたいでしたよ?」


 まるで別人、ねぇ。


 なるほど……冷酷帝王の影響が、外に出てきたのだろうか。

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