意志誘導

 獣王国王都ラウド。獣王国にある年の中でリセリアルより最も直線距離が近い都市で、昔からリセリアルとの交流があると噂されている。しかし実態は判明しておらず、獣人と人間の睨みあいは度々起こっているために噂は噂でしかない、というのがほとんどの人の会見となるだろう。

 

 そんな都市に今、かなは潜入していた。


「お嬢ちゃん。ま、まさか黒虎人かい?」

「すげー! 初めて見た!」

「こんな存在をお目にかかれる日が来るなんて!」


 街を歩く度に視線が集まり、歓声や声援、果てには悲鳴まで聞こえてくるほどにかなは注目を集めている。それでも誰もかなに駆け寄ろうとしないのはかなが纏う上級種としてのオーラを前に近づきがたいと誰もが感じてしまうからなのだろう。

 それでも、かなはしっかりと潜入しているのだ。


 せ、潜入しているのだ。


(かな嬢、少し目立ち過ぎではないか?)

(ん、ん……そう思う)

(けれど、これも仕方のないことかの。猫系統の獣人の上級種、黒虎人。そうそうお目に書かれる存在でもないが故に難なく門を潜り抜けられたかの。一応、この大通りも邪魔されることなく進めているかの)

(それは、そうなのだが)


 リルが渋るのも当然だろう。確かにかなの前に人はおらず、獣人たちは道の脇に避け野次馬の如くごった返しているがかなの邪魔をする者はいない。まさしく覇者の道で、左右からは歓声が飛び交っている。

 中には商人や物売りがかなのためにとプレゼントを掴んで手を伸ばすのだが、残念。背丈の低く腕も短いかなには届かないのであった。


「あ、リンゴ。くれるの? ありがと」


 食べ物以外は。


 食べ物が目の前に出されるたび、かなはテトテトと歩み寄ってそれを受け取り、小さくお辞儀をしてお礼を言う。かなは嬉しいことをされたらお礼をすると学んでいた。司が見れば嬉しさのあまり泣いていることだろう。


(かな嬢、あまり他人からの施しを不用意に受けるのは良くない。危険物やもしれん)

(大丈夫。かなは強い)

(そういう問題じゃなくてだな……)

(リル殿、そう焦る必要はないかの。時間はまだある。むしろ、こうして人目を集められたのなら情報を簡単に得られる可能性もある。もう少し様子を見てから住民に尋ねてみることを提案するかの)

(……だな。かな嬢、もう少し時間をおいて、そこにいる獣人どもに話を聞こう)

(ん、分かった)


 引き続き、かなは地元民に餌付けされながら人々によって作られた道を進んで行く。


(ん? そう言えば、これはどこに向かってるの?)

(王城ではないか? この道の先に、あるだろう?)

(ん、見える。大きい。あそこに、行く?)

(もう少し後にするのをおススメするかの。獣王は腐っても一種族を収める者。油断ならない相手かの。妾たちの目的が暴かれ、厄介払いされる可能性もあるかの)

(ん、行かない)


 さらにそれからしばらくして、かなは異変に気付いた。


(あれ? 王城、近くなってる?)

(何? 進んでいないはずだが)

(妙かの。確かにかな嬢は一定範囲内より移動していないはず。それでも、王城へと近づいているのも確か)

(なんで?)


 かなは見上げる城の姿がどんどんと大きくなっていくことに疑問を抱く。


(これはもしや、意志誘導の類か?)

(いしゆうどう? でも、かなにそんなの利かないよ)


 精神へと影響を及ぼす能力を使われていたとして、かなには精神攻撃無効がある。その上、精霊をその身に宿すかなにはそんじょそこらの精神攻撃では傷一つ付けられないバリアのようなものが核を覆っている。精神帯には指一本触れられないだろう。

 もし意志誘導を使われていたとしても、そんな状態のかなに果たして効果が見込めるだろうか。


(それも、そうだ。だが、しかし……この違和感はなんだ?)

(……いや、違うかの。意志誘導は確かにされている)

(ん? でも――)


 ルナの確信を孕んだ言葉に、かなは異を唱えようとする。しかし、それをさらにルナが上書きする。


(違うかの。意志誘導は確かにかかっている。妾達を覆っている、この大衆たちに)

(何? これだけの数の獣人の思考を、同時に操っているというのか?)

(うむ。探知してみれば、この者らには妾ですら干渉できないほどの精神支配に似た術がかけられている。しかしこれは最近植え付けられたものではないのであろう。生まれてすぐ、いや、天性のものとも考えられるほどに深く根が張られているかの)

(それは、いったい……)


 自身の中に生まれる疑問に困惑しつつも、リルとルナは思考を回転させていた。かなに対する注意を怠ってしまうほどに。


(む? お、おい! かな嬢、何を!?)

(いや、これは……これが、獣王の力?)


 リルたちがかなへと意識を戻した時、かなは王城へと向けて駆けだしていた。リルとルナの言葉も耳に届かぬ様子で、一心不乱に。


(まさか、これは……)

(これで、説明がつくかの。やはりこれは同種に対する思考誘導……ッ!)


 これはまずい。そんな警告が二人の中へと響き渡った。


(追うかの)

(分かっている)


 かなが王城へと一直線に駆けるのを追って、リルとルナも影の中を進行していく。

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