兄妹愛

 宣言したところで、人の気配が近づいて来た。それなりに遠くてすぐにこちらに辿り着く様子はないのだが、どうにも嫌な予感がした。だから逃げようとして、足を止めざる負えなくなった。


「ああ!! お兄ちゃんいた!!」

「げっ」


 そう言えば忘れていた。黒江の仲間の一人はとんでもない探知能力の持ち主だった。


 とんでもない速度で走って来た黒江の拘束から逃れる手段を、生憎と俺は持ち合わせていなかった。いや、持っていても使う気になれなかった。


「もう……心配したんだよ?」

「うっ……悪かったとは思ってるよ……」


 黒髪黒目の美少女にして我が愛妹は、薄っすらと涙を浮かべて上目遣いで抱き着いて来た。可愛いことは確かなのだが、つい先日黙って置いて言った手前素直に喜べなかった。


「なんで、行っちゃったの?」

「……必要だった、って言ったら納得してくれるか?」

「無理」

「だろうなぁ……」


 うちの妹は甘えたがりの時は甘えまくるののを、俺は知っている。


「あはは……お久しぶりですね、司さん」

「……」


 苦笑いを浮かべながら近づいてくるテトと、相変わらずの仏頂面であるリウス。歩み寄ってくる二人を見ながら――


 俺はルナへと視線を移した。咄嗟に移動した視界の中に、狼の耳と尻尾を生やしたルナがいた。後の祭りだた。


「あれ? ……あれ? ルナさん? 獣、人?」

「まあ、分かってはいたが。ああも大胆に街に居られたら、逆に疑えないと言うものだな」

「ふむ、隠していたつもりはないかの」


 黒江と妹に拘束された俺以外の会話である。

 あんまり声を上げないらしいテトと元々物静かなリウス、そしてルナの三人で行われる会話じゃあ、この程度で終わるのも納得である。

 いや、マジで一人一言二言で終わってるんだが、それでいいのか? 俺ならもう一つや二つ言っておきたいことが出来るものなのだが。


「ねえ」

「ごめんて」


 目を逸らしていたら怒られた。


「でも、安心したよ。元気そうじゃん。ちゃんとご飯食べてる? 服は洗ってるの? かなちゃんの毛並みは週に一回は整えてあげてる?」

「お母さんか」

「それで、どうして戻って来たの? 理由もなく帰って来たわけじゃないんでしょ?」


 なんとまあ察しのいいことか。いや、無言で立ち去ったやつがいきなり帰って来てもただ帰って来ただけだなんて思えないのが当然だろう。


「俺たちが身を置いていた亜人国に、このルナ曰く俺たちの居場所はもうないんだとよ」

「どういうこと?」

「とにかく、あそこはもう危険なんだよ。少なくとも、俺やルナにとっては居づらい環境らしい。だから、ルナの憂いが晴れるまでは帰れない」

「かなちゃんたちは?」

「ああ、ソルは分からんがかななら呼べば来てくれるだろ」


 考えてみればかなも『邪神』になる資格は、可能性は持っているわけだもんな。呼べるうちに呼んでおいたほうが良いだろう。


(かな、聞こえるか?)

(ん、聞こえるよ。どうしたの?)

(いや、ちょっとな。今どこだ?)

(ちょうど、お城に戻るところ)


 かなに念話を使ってみたら問題なく通じた。どうやら間に合ったらしい。


(リルはどうした?)

(横にいるよ)

(俺の位置分かるか? リルも連れてこっちまで来て欲しい)

(ん、分かった)


 と言うわけで、来てもらった。


「ん、来た」

「はて、何用か」


 そんな二人を見て、またも小さく声を上げるテトとリウス。


「は、はは……かなさんも獣人で、もう一匹は影狼ですよ……」

「気配を微かに感じていたが、なるほど、潜伏に特化した魔物だったわけか」


 かなを呼んだところで黒江の拘束も緩くなる。まあ、緩くなっただけで解かれることはなかったが。


「かなちゃん、久しぶり」

「ん、久しぶり。二人は仲良し?」

「え? ああうん、まあ仲良しだよ」


 黒江が抱き着いていることを行ったのだろう。いや、そんな可愛らしいものではないのだが。

 まあ、仲が悪いかと問われればそうではないだろう。


「悪いな、突然来てもらって。まあ、主な理由は俺とルナにあるらしいんだが……見ての通り俺は忙しいから、詳しいことはルナに聞いてくれると助かる」

「分かった」

「そうさせてもらおう」


 頷いて、二人はルナの下へと向かった。


 続いて俺も目の前の妹をどうしたものかと考えるのだが、なかなか良い考えは浮かんでこない。こういう時は直接聞いてみることにする。


「で、何をしたら話してくれるんだ」

「何もしなくていいよ。しばらくこのままね」

「……分かったよ」


 気が強いししっかりとした妹ではあるが、その実中学生でしかない。親からもほとんど相手にされずに育ってきたし、寂しがり屋なところは大いにある。まあ、俺たちが居なくなってからもテトやリウスとは仲が良さそうでよかった。仲間がいるってのはいいことだ。


 にしても、ルナの慌てようはやはり異常だった。


 あいつ自身自覚していたようではあったが、本能がやばいと懸命に告げていたのだろう。ああも冷静さを欠いたルナの姿も、なかなか見ない。


 そもそもネルが邪神になったとして逃げる必要はあったのだろうか。理性を失ってしまったのならともかく、ソルの話を聞いた限りでは理性を完全に失うわけではないようだし、様子を見てからでも良かった気がするが。


「お兄ちゃん、抱き返して」

「……はいはい、分かりましたよ。でも、あんまり兄にそんなこと頼むもんじゃないぞ」

「大丈夫、嫁入りはまだまだ先の予定だよ」


 そう言って笑う黒江を優しく抱きしめてやれば、そんな考えもどこへやら。


 まあ、今くらいは妹との時間を大切にしてもいいだろう。

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