俺の妹はこんなに可愛い
で、結局俺たちは一旦街に戻ることにした。先日振りと言えば先日振り、しかし久しぶりな感じしかしない街並みに、ほんの少し安心してしまった。
ちなみに、ノット人間のお三方には以前のように変装やら潜伏やらで隠れてもらっている。そこら辺はしっかりしなくては。
「でも、どうするの? お兄ちゃんたち行く場所無くなっちゃったんでしょ?」
「……住む場所以前の問題なんだよな。正直、俺はこっちに来てから何か目標があるわけじゃない。ずっとだけかのお願いとかを聞いていただけだし、黒は見つけたし……かなもいるから、やることが見つからない」
こっちに来てからはリリアやネルに何かを頼れていたり、黒江を探したり以外に特に何もしていない。やりたいこともやるべきことも、亜人国に帰ることが躊躇われる現状では見つかりそうもなかった。かなとリルはこっちにいるし、ソルは一人でもなんとかなるだろう。
こうなると、本当にやることがなかった。
「それなら、またしばらく一緒にいる?」
「それもいいんだけどな……やっぱり、どうにもすっきりしなくて」
「どうかしたの?」
当然のことだろう。俺は言われるがままにここに来て、今に至る。結局ネルの現状は確認できなていないし、ソルの様子も分からない。実は何度か念話を繋げようとしているのだが、繋がらないのだ。
ただ、これがソルが何か大変な目にあっているから、と言う理由になるかと言われたらそうではない。世界樹は魔力の流れが複雑で、念話が度々通じ難くなる。かなにしっかりと繋がったのは、恐らく俺たちの間に主従関係があるからだ。この念話はスキルや魔法の技量が必要な物ではなく、権利のようなものであるために不具合は起きにくい。
要するに何が言いたいかと言うと。
「色々と気になることが多すぎる。ついさっきまで関わってたことを簡単に投げ捨ててきたせいで、どうにも落ち着かないんだ」
「まあ、そりゃあ、ね」
歯切れ悪く、黒江は言った。
「お父さんやお母さんが居なくなった、直後の感覚に似てるのかも。つい最近まで当然だったことが、急に離れて取り返しのつかないくらいの関係になっちゃう。でもさ、それって結局、時間が経てば忘れちゃうことだったよね」
「……そう、だな」
「だよね。だから――」
続く言葉を予想して、それが外れて目を見開いた。
「忘れる前に、確認してみたらいいよ。そしたら、すっきりしするはず」
「え? ……いや、俺はてっきり忘れろとでもいうのかと」
「何言ってるの? そう言う喪失感も、孤独感も知ってるよ。まったく、私がこっちの世界に突然来て、一人ぼっちだったのを忘れてない?」
少しだけ、黒江は遠くを見る。そこに何があるわけでもない。ただ、俺からだけは目を逸らしていたい。そう言っているようだった。
「寂しかったもん。一人でいると。みんなどうしたのかな、大丈夫なのかな、って心配になった。心細くて、胸が苦しかったもん。だから、分かるよ。今すぐにでも、見に行きたいんでしょ?」
「ああ。でも、ルナはやめたほうが良いという。身に行ったら、そこで何もかも終わってしまうかもしれないらしい」
「うん、さっき聞いた。確かに、そんな状態じゃあ、なかなか行こうと決心は付かないかもしれない」
けど、と続けた。
「あとになって、全部が終わった後で最悪の結果を知るよりは、いんじゃない?」
「……だな。けど、そうは言ってもすぐに戻るわけにはいかないよな」
「え? なんで?」
「だって、ルナが心配するからな」
ソルのことも、ネルのこともリリアや亜人国のことも心配だ。けど、それと同じくらい今ここにいるルナのことも心配だ。同じくらいに、ルナも俺のことを心配してくれているんだろう。
「それを、あんまり無碍には出来ないさ」
「へえ~、そんなこと考えられたんだ、お兄ちゃん」
「酷いなおい……とも言えないな」
「まったくだよ」
えへへっ、と黒江が笑って見せる。そんな笑みを見ていたら、本当に寂しがっていただなんて考えられない。でもまあ、そうやっていつも無理をするのが黒江だったよな。そうなのだとすれば、この笑顔も偽りでもないにしろ、無理に作ったのだと無いにしろ、何かしら不純物が混じっている、そんな笑顔なんだろう。
「無理は、してないよな」
「うん、してないよ。今は一緒に居られてるんだから、なにも文句はないよ」
「単純な奴だな」
「単純なくらいが、たくさん悲しめるし、たくさん喜べる。たくさん泣けるし、たくさん笑えるんだよ」
「そうかもしれないな」
本当に、そうかもしれないな。
俺の感情はもう、簡単なことじゃ揺さぶられない。もしかしたら俺も黒江の兄らしく、前までは直情的で感情的だったのかもしれないが。その頃の感覚は、もう忘れてしまった。
「黒江」
「ん? どうしたの改まって」
「いや、ちょっとな」
咄嗟に口に出ていた。本当に、どうしたんだろうか俺は。改まって言いたいことなんて、思いついていないのに。それでも――
「ありがとう、って言いたかったんでな」
「ふふっ、そんなの、耳に胼胝ができるほど聞いてるよ。何百も、何千も」
「これからも、聞かせることになりそうだ」
「むしろウェルカムだよ。感謝は女を可愛くさせるんだから」
相変わらず、うちの妹は愉快な奴だった。
まったく、可愛い妹だよ、本当に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます