スイーツ店

「で、気分転換のために散歩に来てもお菓子かよ」

「城にはない品だった故に」

「別にいいけどよ」


 ルナが俺を引っ張って連れてきたのはスイーツ屋さんだった。棚にたくさんのスイーツが並べられていて、ルナでなくとも目移りしてしまう。そうは言っても、俺は昔に比べて大分食べる機会が減った。

 なんというか、甘いものの良さをあまり覚えていないせいで最近は欲しいとも思わなくなったからな。特段食べてみたい、と言う欲望は湧いてこなかった。


「あ、ルナ様だ!」

「む? おお、いつもの娘ではないかの」

「食べに来てくれたの!? 選んで選んで!」


 ルナに駆け寄って来たのは熊耳の亜人の少女だった。いや、見た目は獣人なのだが世間一般的には亜人に含まれるのだろう。だからこそここに住んでいるのだろうし、以前聞いていたことだからな。

 獣人は誇り高く、魔獣から獣人に進化したものをよしとしなかったり、猫科や狼科、狐科の亜人だけを獣人と呼び、それ以外を亜人とするらしい。だから、この子も亜人だ。


「ふむ、ではどれか頂こうかの」

「おい、金はないぞ」

「ううん! お金はいらないよ! ルナ様は、この前助けてくれたから!」

「助けてくれた?」


 俺の話を無視して店を歩き出したルナを止めようとして、俺は少女に止められた。


「うん! お城の近くでお散歩してたら、人間の勇者が襲ってきて。でも、ルナ様が助けてくれたの!」

「ああ、あの時の」


 恐らく、リリアとネルが同時に襲われた時の話だろう。その時に助けられたのか。


「全部私の手作りだから、好きなだけ食べて行ってくださいね!」

「うむ、遠慮なくそうさせてもらうかの」

「まて、少しは遠慮しろ。あの、さっきの言葉は撤回したほうが良い。たぶん、ここに在るやつ全部なくなる」

「構いませんよ? また作ればいいですから!」

「……なるほど、ならいいか」


 どうやら、この子もこの子でどこかずれてるらしい。まあ、俺の育った場所とは環境が違うし、常識が違うのも当然か。


「ところで、あなたはルナ様の何なんですか?」

「え? 俺か? うーん、友人?」

「へー、お友達なんですね。妬ましい」

「え?」


 呟きに驚いて顔を見れば、一瞬殺意の籠った、それも猛獣が浮かべるような獰猛な視線を向けられていて。しかし、それは一瞬で元の笑顔へと戻った。


「いえ、何でもないですよ!」

「そ、そうか? な、ならいいんだが……」


 怖すぎだろおい。食われるかと思ったぞ。

 もしかすると亜人は普通こんな感じなのかもしれない。意識しておかないと、不意に殺される可能性もある。やっぱり亜人は亜人だった。


「でも、結構仲が良さそうですよね? 本当にただの友達ですか?」


 なんだろう。目を合わせてないから定かじゃないが、また殺意を向けられている気がする。後、声音が先ほども子どもながらのものよりずっと低いんですけど。


「えっと、どっちかって言うと戦友? 旅仲間? まあ、一緒に命かけて戦ったりしたから、普通の友人よりは仲いいかもな」

「へー、そうなんですね! 妬ましい」

「っ……いやその、ま、まあどっちかって言うと俺はルナに従う部下みたいな? う、うん、そんな感じなんだよな!」


 なんだかいけない予感がした。だから突発的に言ってみたのだが、どうやら彼女の機嫌が回復したらしい。


「そうなんですね! では、お兄さんもどうですか? ルナ様の僕でも、ルナ様が丹精込めて育てているんでしょうし、たくさん食べて大きくなってください!」

「う、うん、ありがと」


 ……機嫌、回復したか?


「む? 司殿、どうかしたのかの? 顔色がよくない……もしや、ここらの環境に慣れず、病でも患ったのかの?」


 後ろのところでお菓子を見ていたルナが、背後からそう言い寄って来た。


「ほれ、少しでこを貸すかの」

「え、ちょっ!?」

「なっ!?」


 背伸びをし、顔を近づけてきたルナが俺のおでこへと自分のおでこを重ねる。当然息遣いが聞こえてきたり、甘い(お菓子の)匂いがしたりして、一瞬で意識はルナへと集約された。


「ふむ、特段悪症状があるわけでもなさそうかの。ほれ、少女よ。此度はこの程度で失礼させてもらうかの。美味な菓子を、どうもありがとうかの」

「いえいえ! いつでもいらしてくださいね、ルナ様!」


 笑顔を向けて立ち去るルナを見送る熊耳少女。今はルナがメイド服を着ているのでそこには違和感が飽和してたのだが、俺はそれどころではなかった。

 途轍もない、殺気を感じていたからだ。


「司、さん? って言いましたよ、ね? 殿、ってどういうことですか? 今のって何ですか? ルナ様に心配してもらえるって、何様ですか?」

「え、っと……失礼しました!」

「あ! おい待てこの嘘つき!」


 店を飛び出し、ルナに追いつくように全力疾走した。少女も続いて店を飛び出してきたが、ルナの姿が見えたからだろうか。殺気を仕舞い、笑顔へと戻ってこちらへと手を振っていた。ただ何となく、その笑顔の裏で俺のことを恨めしそうに睨んでいるような気がしたが……。


「む? 司殿、そんなに息を切らして、どうしたのかの?」


 追い付いたルナの顔を見てみれば、そこには悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。


 ……やられた。


「俺をはめやがったな!」

「ふふっ、妾は面白いものが見れて、気分も良くなったかの。気分転換の付き合い、感謝するかの」

「こいつめっ!」


 思わず湧いた怒りで拳を握るが、その振り下ろす先が見つからなくて肩を落とした。


「ふむ、どうかしたのかの?」


 振り下ろせるわけがない。さっきまで暗い顔をしていたルナがこんなにも笑っているのだ。


 夜道を照らす月のように輝く笑顔を浮かべるルナに、俺は少しばかり、魅了されてしまったのだった。

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