笑顔の理由

 七千年。その時を、そのすべてを見てきたわけではなかったのだとしても生きてきたルナの言葉は、どうしても重いところがあった。なるほど、この世界の仕組み、ね。


「ソルは知ってるのか?」

「知っているも何も、必ずしもそれが真実とは限らないかの。あくまで妾の予想でしかなく、証拠の根拠もない空論かの。それでも、司殿がソルに知られてはいけないと思ったように、現実的な話ではあるということかの」

「……」


 ソルは、ああ見えて小心者なのだろうと前から思っていた。

 どちらかと言えば利他的で、好奇心だけで動いているように見えて思慮深く、力が大きく殺しも平気でやるのかと思えば、そこにははっきりとした自分なりのルールがあって。だからこそ、無秩序に、不条理に、理不尽にそのルールが破られることを酷く嫌って。


 だから、あんなふうに俺のことを心配できるのだろう。だから、あんな風に怒れて、戦えるのだろう。


 そんなソルが、もし、例え真実でなかったとしても世界の流れを知ってしまったのなら。そこに現れる感情が、果たしてどんなものになるのかは、考えるまでもなかった。


「直情的、且つ単調。ソルの怒りの原因は単純であることが多いかの。そうであることは決して悪いことではない、けれど、時には世界の破滅すらももたらすかの。かつての始祖竜などとは違う。理性のないままに暴れまわる猛獣ではなく、その、深い憎しみと怒りですべてを薙ぎ払う姿に慣れ果てた時、それを止めるすべを妾は持ち合わせていないかの」

「たぶん、俺もあいつの本気の本気を見たことがあるとは言えない。だけど、未知数なのはわかる」


 だって、始祖竜を相手にした時に使ったらしい力を、ソルは垣間見せたこともないのだから。


「……すまないかの。考えても仕方のない話をしたかの。忘れてほしい」

「まあ、そうしておくよ。その方が都合がいい」


 都合が悪いことは忘れる。それが俺の主義である。


「さて、それじゃあ外にでも出かけるかの。気分転換と言えば、散歩を言うものも多い。試してみる価値はあるかの」

「お、いいな。行ってみるか」


 ルナと肩を並べて、と言ってもルナの方がかなり目線が低いが、歩くなんて経験は今までなかなかなかったからな。それなりの時間を一緒にいたが、お互いのことをまだまだ知らないし一緒に何かをした思い出もあまりない。

 物騒なご時世だからこそ、今あるこの関係を大切にするべきだと、俺はそう思うのだ。


「らしくないことを言っても、格好は付かないものかの」

「だから、さりげなく思考を読むな。なあ、俺は精神関与系の能力に対してはめっぽう強いはずなんだ。どうしてまだ意識を読める?」


 本当にスキルや魔法ではなく個人の技量なのだろうか。対人能力は低い癖にいやらしい力を持っていやがる。


 そんな下らない会話をしながら、俺たちは白を出た。城下町へと下り、辺りを見渡しながら散策する。


「へぇ、結構発展してるんだな。人間の国とは趣旨が違うかもだけど、しっかり整備されている」


 どちらかと言えばアジア系の街並みをしていた人間の国々とは違い、こちらは西洋の雰囲気に似ている。一応、ここからさらに北側に行けば海があるが、その影響だろうか。


「うむ、予知街並みなのは同感かの。妾は、このような環境を知らないかの。けれど、温かく、心地よいことは分かるかの」

「だな。これだけ住民が笑ってれば、ネルも達成感あるだろうな」


 街を行く人々の笑顔は、張り付けられたような偽物でもなんでもなく、純粋なものに見えた。この笑顔を守ろうと必死になってしまうネルの気持ちも、なんとなく分かると言うものだ。


「でも、この人たちも危険に晒されるかもしれない。その時は、出来るだけ助けてあげないとな」


 流し見ついでに解析鑑定をかけてみれば、そりゃあ一般的な人間よりは強いし、スキルも揃っているのだが戦闘員として活用できるかと問われれば怪しい。それこそ、リルを倒す前の俺と同等かそれ以下のステータスの者ばかりだ。

 自分の命は自分で守れ、なんてよく言うが、これじゃあ自己防衛もままならなくても不思議ではない。


「基本的に、集団における戦争では少数精鋭が直接相手国へと攻め込むことが正攻法とされているかの。住民を失えば、それは国家ではなくなってしまうからかの。だからこそ、ネルは民を守るために前線を設け、相手の侵入を出来る限り防ぎ、もし国内に敵が侵入してきたのなら、最悪己が対処してでも国民の安全を確保してきた。そう聞いているかの」

「ふーん、大変なんだな」


 少し聞けた、この世界での集団戦の在り方は、一人一人の技量や力量ではどうにもならない俺たちのいた世界とは少し違うかもしれない。けれど、国家の在り方や、王の在り方は似通ったところがあると思う。

 まあ、うちの国は王政ではないけど。それでも、民衆が文句を言わないのは王が民衆の期待に応えているから。それくらいのことなら分かっている。


「む? ……ほう、司殿、興味深いものがあるかの。こっちへ来るかの」

「え? お、おいっ、引っ張るなって!」


 裾を引っ張って俺を引きずるルナに少し視線を向けながら考える。


 なんだ、世界が変わっても、種族が変わっても大きな変化は無いじゃないか。みんな、争いが無くて平和なほうが、笑っていられる世界じゃないか、ここも。

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