感謝、歓喜

 しばらく続いた静寂ののち、それを破ったのは静寂を生み出したソル自身であった。


(何か言ってよ。……はぁ、だってそうでしょう? 司は決して始祖竜に対抗できるほど強くはない。そして私は始祖竜と戦わないといけない立場。連れて行かないで済むなら連れて行きたくなかった。それだけよ)

(そうか。……その、ありがとな)


 ちょっと照れ臭くなったけど、ソルなりの優しさを示してくれたのだろう。確かに、あの始祖竜は俺でどうこうできる相手ではなかった。逃げ回ることができたのは短時間だったからだし、もしソルとかなが始祖竜が始祖竜を攻撃してくれなかったら死んでいた。そうであってもネルがいなきゃ死んでたし、確かに俺がいていい場所ではなかったかもしれない。


(私のわがままだったし、礼を言われるより許しが欲しいわね。その様子だと、気を悪くしているわけじゃなさそうだけど)

(誰が原初の七魔獣に反感を抱くか。それだけでもう死んでもおかしくない。それに、結局俺を助けてくれたのはソルだったしな)

(……あなた、生意気ね)


 今度は別の意味で不機嫌そうに眉を顰めたソルだったが、その場でしかめっ面を浮かべて腕を組むだけで勘弁してくれた。


(はい、この話終わり。それよりネルの話を聞きましょ。たくさん疑問があるわ)


 表情を戻し、ほぼ無表情ともいえる顔になったソルが切り替えるように言う。そしてネルに向かって指をさし、問う。


(そもそも、あなたどうして始祖竜復活に気付いてすぐ来なかったのよ)

(あら? どうして気づけたか、とは聞かないのですか?)


 ネルは驚きを顔に浮かべて口元に手を寄せる。


(馬鹿言いなさい。あの始祖竜の気配を一度感じたあなたが、それを忘れるわけもないし亜人国の王宮からここの気配を探れないとでも?)

(あらあら、相変わらずですねソル。数百年眠っていてもそんなことを覚えているとは、流石です)

(あんた、それ馬鹿にしてるでしょ。何千年も生きている私がである私が千年やそこら寝たくらいで記憶を失うわけがないでしょう?)

(ふふ、そうですね)


 立ち上がり、苛立ちを隠そうともしないソルと、美しく笑うネル。向かいからの知り合いだというが、かなり仲がいいようだ。


(そうですね。私も国王という立場なので準備に時間がかかるのが一つ。もう一つは本当に私が行く必要があるのか迷ったからですね。いらないならそれでよし。必要となればすぐに向かう。その準備はしていましたよ)

(それであのタイミング? もっと早くからくれば楽になったかもしれないじゃない)

(始祖竜の不意をつけたほうが確実でした。それに、私個人の戦闘能力はあなたほど高くはありません。ですから私の微力が本当の意味で必要になった時のために構えていたつもりです)

(……まあ、あなたはそういう人よね。いいわ。もう終わりにしましょう)


 ネルは終始落ち着いて、ソルも最後には納得いったように目を伏せながら椅子に座った。


(で? 他に話をしたい人は?)

 

 ソルが見渡しながら聞いてくるが、特に発言を望む者はいないらしい。かなに関しては寝ていた。


(じゃあ、解散としましょう。司、かなを連れて先に帰りましょう。邪魔になるわ)

(え、あ、でも……)

(司君、行ってあげて)

(まあ、リリアがそういうなら)


 優しい微笑みのリリアに見送られて、俺はかなを背負ってソルの転移魔法で前線基地へと戻った。相変わらず人気はなく、広いだけに不気味だ。ソルとかながいるだけましだが。


(で? 何か話があるのか?)

(ないわよ。ただあっちにいても退屈だしね。あなたこそ私に言いたいことはないの?)

(別に)


 部屋に戻り、かなにベッドに寝かせてからいつもの定位置にお互い座って念話を飛ばす。

 

(強いて言うのなら感謝くらいだけど)

(……あなたって本当に頑固ね。ペースを乱すのがそんなに楽しい?)

(そんなつもりはないが……ジト目はやめろよ)


 呆れたようにため息をつくソルに一応文句を言っておく。


(……じゃあ聞くけど)

(なに?)


 小首をかしげたソルに、俺は聞いてみることにする。


(なあ、ソルは今が楽しいか?)

(楽しいんだと思うけど、急にどうしたの?)

(別に。楽しんでるなら、それでいいんだ)

(ん? やっぱりおかしな人だね、司は。でも、嫌いじゃないよ)


 そういって、ソルは優しく笑った。


(でも、なんで? なんで私が楽しんでると思ったの?)

(いや、だって。ソルがちゃんと笑っているのを見たのは初めてだったし、ネルとの会話も楽しそうだったし。そうなんじゃないかと思ってな)

(……そっか。うん、楽しいよ。でも、忘れないで。今私が楽しめているのはあなたのおかげだから。ね?)

(お、おう……)


 黄金に輝く太陽の狐。その名に恥じぬ輝きを持ったその笑顔。たちまち俺は、魅了されるように見入ってしまった。

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