選ばれたものの力

(かなちゃん、始祖竜は早い。だからこそ私たちが魔法を発動しようとしていることに気付いているうえで、躱せる気でいる)

(ん)

(でも、私は確実に当てるわ。だから、始祖竜の動きが鈍ったところを、かなちゃんは狙って)

(わかった)


 上空六百メートル。始祖竜が飛ぶのよりもよりも高い場所で二人の少女が詠唱を続けていた。すでに、二人の頭上には無数の魔法陣が浮かんでいる。それは紛れもなく、最強の魔法を放つためのもので。二人分の詠唱魔法に使う魔力が、空気を揺らし震わせる。


「《赤き灯は我が下に》《黄金の輝きは真なる姿を示し》《聖炎に抱かれる》」

「《この世のあらゆる理よ》《この世のあらゆる真髄よ》《この世の終結たる聖霊よ》」


 少女二人分の凛とした声が、透き通る空に小さく通る。


(まったく、本当にやめてほしいわね) 


 詠唱の合間、ソルは思考を走らせる。

 

(始祖竜も、そしてせっかくであった子たちが犠牲になるのも。うんざりだし、勘弁よ)


 泣きそうなほどに、吐き出しそうなほどに。きっとずっと、苦しんで今うような。悲しみの溢れるような、狂えるような、狂おしいような。愛と、力と、欲と。熱と冷えと、そして――


「《光は――


 絶望を塗り替えし、希望へと変える。しかしそのたびに、絶望はバケツをひっくり返したかのように。大きく、広く、一度に――染まっていく。だがそれでも、少女は時を紡ぐ。


――希望の礫なり》」


 楽園への――


「《――門出なり》」

 

 焼却せよ――


「――《万物よ》ッ!」


 そして、光は放たれる。 

 数百の魔法陣の頂上から、地上へと突き抜けるように一直線に進む光が、しかして光よりも早く進み――


 空気は震え、雲は散り、あたり数キロに及ぶ範囲で衝撃が走る。目になど留まらぬ。その残像すらも、見えたと思った時には消えている。消してとらえられぬ光速の、さらにその上を行く最速の魔法。


「《シグマ・コロナ》ッー!」


 触れただけで灰すら残らず消え去るその光は、放たれたと同時刹那の輝きと圧倒的な熱量でもって。熱波と激しい衝撃で空を歪めながら。始祖竜の、その巨体の心臓を、貫いた。


 リリアや憑依一体を行った司の全力さえ労せずして追い越すだけの圧倒的なスピードの始祖竜の滑空は、しかし意味をなさず放たれたと同時に始祖竜へと着弾した光により、失速する。始祖竜は細い光一筋に貫かれただけとは思えぬような悲痛を叫び、地面へと落ちる。


(今よ!)

(ん!)


 空が、割れた――


「《エレメンタルフォース・アトミックノヴァ》ッー!!」

 

 この世のすべてを浄化する絶対の精霊魔法。森羅万象に干渉する精霊の、すべての力を開放し存在そのものの改変を行う。圧倒的な魔力とそれを操るだけの力。そして何より触れたものすべてを消滅させるほど精霊を巧みに操り、従わせるための精霊からの愛を受けていること。発動の条件は、されどたやすくしかして不可能と思われた。

  

 精霊完全支配。


 その力は神に与えられたもの。万物を生み出したその存在が作り出した力ゆえに、世界の森羅万象への干渉を許された力。それこそまさに、圧倒的なまでの――


 神の力。


 ソルのそれと比べればはるかに遅く、しかし音速すらも超える速度で半径何百メートル級の円状の光が始祖竜めがけて降り注ぐ。

 いつもの始祖竜であれば容易に避けられる速度。しかし、とうの昔に腐っていたとはいえ心臓を貫かれた始祖竜の動きは一時的に鈍っており、かなの魔法は阻まれることなく始祖竜の体を焼き尽くす。触れたそばから浄化されていく肉体が、消えゆく魂が、変わりゆく悪感情の塊が。声を上げて暴れ狂う。苦しみを、痛みを、自身の消滅を嘆くように奇声を上げる。

  

 汚染された肉体は浄化される際に、多大な痛みを伴う。良薬口に苦し、なんて言葉がある。毒を以て毒を制す、などという言葉もある。悪きを裁くために必要なものは痛み、苦しみ。その悪きが強ければ強いほど、濃ければ濃いほど、治すときにかかる負担は大きくなる。浄化とは、そういうものなのだと、この世の神が決めた。


「さすが、ね……」

 

 ソルはぽつりと、魔力の残滓の残る空中で、魔法を放った余韻に浸るかなの隣で、そう呟いた。

 ソル自身、かなの力を信頼してとどめを任せたところはもちろんある。しかし、自分の詠唱魔法よりもはるか上の威力を持つ魔法を、もちろん長い詠唱が必要とは言え代償なしに使ったかなにある意味の感心と尊敬の念すら送った。詠唱魔法を扱えるだけでそもそもが天災と呼ばれてもおかしくないだけの実力を持つものとされている。しかし、本来詠唱魔法とは扱えるとしても代償を必要とするか、最悪の場合その命すら賭すことがある。だというのに。大量の魔力を使うだけで済むのはそれこそ一握りの者たちだけだ。

 ソルはその一握りである自覚はある。ただそれ以上に、その一握りの者になるための努力、そして才能を得るために必要な労力の多さも、困難さも理解している。


 だからこそ、賞賛を送るのだ。


(やるわね、かなちゃん)

(ん、これくらいなら、お安い御用)

(ふふっ、あなたらしいわ)


 また一つ、認められる相手ができた。それがどうしようもなく、嬉しくて――


 その喜びに浮かれてか。それとは別に始祖竜を倒した・・・と思い、油断していたか。その存在に気づけたのは、少し後からだった。


 気配察知に、始祖竜のいた場所に、怨念が、恨みが、悲しみが。その塊が、うねっていた。

 気づくと同時に、体は動いていた。


 始祖竜の残滓ともいえるその塊の標的は。最後の力を振り絞り、その虐殺の本性をさらけ出して狙うのは――


「司ッ!」


 寸前まで始祖竜の気を引き、始祖竜の最も近くにいたその男。

 

 司であった。

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