ソルの本音

(あら、どうやら戦争も大詰めのようよ)

(もう突っ込まないからな)


 昼下がり、いつの間にか昼寝をしているかなを膝にのせて小首をかしげたソルが急にわけのわからないことを言い出した。ここ最近思うのはソルはもしかするとかなが寝ているタイミングを見計らっているのでは? というものだ。多分俺と話がしたいからなのだろうが、そもそもその意図が分からない。そして何より、いつも気付かない間に来るその技術は何だ。それなりに強い俺の感知を毎回完全に潜り抜けるのは自信をなくさせる行為だやめてほしい。


(戦場にあった三人の勇者の気配が消えたわ。近くにリルっていうあなたの従者もいたし、きっとそいつがやったのね。さすがあなたの従者。かなり優秀じゃない)

(いや、リルに対する評価とかどうでもいいけどどうしてここから戦場の様子が分かるんだ? ここから何キロ離れていると思ってる)

(私の範囲察知魔法結界が世界樹のほぼ全域に展開されているから世界樹の外側百キロまでは私の領域ね)

(衝撃設定をいまさら増やすな)

(ただまあハイエルフとルナのテリトリーには干渉してないから安心して頂戴)

(そういう問題ではない)

  

 といった具合に確かにソルとの会話は飽きない。相手が長寿で物知りだから様々なことが分かるし、俺がいた世界とは全く違った価値観を共有出来て楽しかったりする。しかし、それとは別に純粋にこのソルという存在が恐ろしい。敵としてではなく常識的に。この前は人間の肉っておいしいのかなって聞かれた。……やっぱり敵として怖いかもしれない。


(いやでも、リルは勇者を三人も倒したのか? 相変わらずすごいな)

(当然でしょうね。あのリルっていう個体はまず間違いなく生まれたばかり、もしくは力を付けていない勇者なんかじゃ止めようがない位に強いわ。確かに勇者は強力な存在だけどあの個体は重ねた月日が違いすぎるもの)

(生きた長さによって強さが変わるってのはお前のおかげでとても分かりやすく理解できているよ)

(それは良かったわ)

(それが本音ならポジティブすぎるだろ)


 最近ソルの態度がより柔らかくなってきた気はするが、素が現れてきたのだろうか。少し思考がおかしな方向に曲がっている時がある。今みたいに極端にポジティブだったり、皮肉を皮肉と受け止めなかったりあたかも俺がおかしいみたいに言ってくることもある。そのせいで最近俺は疑心暗鬼になりかけた。


(それで? 勇者を倒したってことは戦争はもう終わりそうなのか?)

(終わりそうっていうべきか、あるべき終わりそうっていうべきか、終わらされそうというべきか。わからないけどまあ終わるでしょうね)

(……どういうことだ?)


 隠すつもりもなく何かしら意図を込めたその言葉に対して、俺は興味を抑えられなかった。というか、ソル自身は俺が聞かなくても言う気でいそうだが。


(言わなかったかしら? ここら辺に始祖竜を封印したのよ。あの始祖竜は力が弱まっているだけで、しかも復活の条件は大量の命が近くで尽きること。当然、今戦場になっている地もその封印の近くに当たるわ)

(はあ!? それ、なんで戦争を止めなかったんだよ!)

(どちらにしても被害は出るし、人間はともかく亜人たちはそれを承知の上で自分たちのプライドを背負ってたかっているのよ。あのリリアっていうハイエルフが私の知っているクイーンエルフの子孫なら伝え聞いていないわけがないもの)

(だ、だって始祖竜って相当やばいんだろ? ……もし本当に復活したら、どうなる?)

(それこそ戦場は地獄絵図になるでしょうね。一方的に一体のドラゴンに蹂躙される、それこそ何百年後にも語り継がれるような大厄災に)


 なんでこいつはそんなことを何気ない表情で言えるんだ。それこそまるで、死ぬことが当たり前のような――


(死ぬことは当たり前。生きている以上当然のことよね)

(え?)


 今、思考を読まれた?

 俺は、いつの間にか暗く、重く、不穏状態に陥った現状に、混乱した。


(年をとれば魔法だけじゃなくて感覚、思考、それこそ自然現象のほとんどを完全と言っても相違ない程に理解できるようになる。例えば、かなちゃんが何分後に目覚めるのか、とか。あなたが次に何を考え、どんな行動をとるのか、とか。始祖竜があとどれくらいで復活するのか、とか)


 そんなことを念話にのせて伝えたソルは、いつの間にか膝に寝させていたかなを床に下ろし、俺の背後を静かに歩いていた。驚いて振り向いてみれば、なおもソルはすました顔で言葉を続ける。

 嫌な、予感がする。


(正直、つまらないの。結果が分かる世界っていうのは。それこそ、未来のない生命のように。くだらないし、虚しい)


 静かに目を伏せて、歩いた先にあった机に手をつきながらソルは言う――


(こんな世界、滅べばいい)


 ――と。


 それは衝撃の宣言で。でも、ソルはいつも通り。いつも通り無表情で、いつも通り淡々としていて。そのいつも通りは、俺の知るいつも通りとは何かが違ったのだろうか。何か、思考を支配されているような、操作されているような。ソルが、俺の知るソルではなくなっていっているような――


(例えば、始祖竜にすべての命を根絶やしにされたら、きっとつまらない世界ではなくなる)


 少しずつ、視界が朦朧とし始めた。終点が合わなくなり、ソルの顔がぼやけ始める。


「何が、起きて――」

「―――、――――殺す」

「……えっ?」


 理解できない。いや、出来ないはずのその言葉を聞いたのちに、俺の意識は暗転した。


 本当に、何が起こっているんだ? 

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