勇者討伐

 残るは一体。


 人間の勇者も存外大したことはない。これで格としては天人であるアリシア姫と同等と言われているのだから人間の適当さが分かる。たとえ同じ種族だったとして力の差があるということを、理解していないのではないだろうか。我が知っている人間の中には、勇者や天人でもないのにそれと同等の存在まで上り詰めた方もおられるしな。

 さて、最後の一体も楽しませてくれるといいのだが。


 また戦場を移動する。今度は戦線の左側だ。中央と右側は亜人優勢で戦況が進んでいるのでもう心配はいらないだろう。いざというときも、この戦場程度なら気配察知で網羅できている。余裕だな。

 

 残る勇者はガタイのいい男だったはずだ。槍を持っていた気がするが、果たして実力のほどはどうなのだろうか。三体の勇者の中では一番落ち着いている雰囲気があったが。


 今回は空を飛ばずに戦場を直接駆ける。邪魔者は適当に躱し、目的の人物へと迫る。気配察知で感じった大きな反応がこちらに向き直ったのを感じ、我は影分身を発動する。ぶつかり合う兵士たちの足元の影のおかげで、影狼の能力はある程度使える。まずは籠手試し、ということで影分身で呼び出した三体の分身たちを先行させる。


 入り乱れる兵士たちの中にいるその勇者は、鎧に身を包んだほかの人間の勇者たちとは違い上半身裸だ。その逞しい肉体をあらわにしており、筋肉で盛り上がった上半身で勇者自身の身長ほどありそうな金属製の槍を振り回し、亜人たちを切り伏せている。リーチもあり、その上鎧を着ている亜人ですら鎧ごと砕くほどの攻撃力を持ち合わせ、繊細な突きも合わせてた戦いをしているようだ。

 先歩での二人と違い派手ではないが、確実に実力を持っている。堅実な奴、と言えばいいのだろうか。これは、勇者として生まれ自分の力に酔っていたような先ほどの二人のような反応は期待できなさそうだな。


 そんなことを考えていると、勇者を取り囲んで戦っていた亜人たちが吹き飛ばされた。人間の兵士たちも距離をとり、勇者の周りに少し開けた空間ができる。急に兵士たちがその場を立ち退いたことにより影が無くなり、先行させていた分身たちが消える。なるほど、賢いな。


 それでも我自身は止まることなく勇者の前に躍り出る。我のことに気づいている様子だった勇者は静かにこちらを振り向き、口を開いた。


「さきほど、ミラとデュークの反応が消えた。お前か?」

「ふむ、それがもし二人の勇者のことを言っているのなら、我が殺したな」

「そうか……。あの二人は未熟だっただろう。弱かっただろう」

「そうだな」


 静かに目を伏せ、勇者は淡々と語る。我もまた、それに対して淡々と答える。

 この男の反応は知っている。どうやら我の見立ては間違っていなかったようだ。まず間違いなく、この男が三人の勇者の中で最も強い。


「だがな、俺の大切な仲間であり、これからが楽しみな奴らだったんだよ!」


 声を荒げるわけでもなく、怒り狂うわけでもなく。静かに怒りをためていた勇者は、それを大声にのせて吐き出した。そして、我に向かって駆けだす。

 

「この俺が、敵をとってやろう!」


 勢いよく距離を詰めてきた勇者は、我の体に向けて鋭い突きを放ってきた。後退しながらそれを交わすと、体を一回転させて勢いを殺さぬようにさらにもう一撃。横に跳べば横なぎが襲い掛かり、それも躱せばさらに追撃が。なるほど、本当に実力は他の二人とは比べ物にはならないくらいあるらしい。

 まあ、それはあくまで先ほどの二人を基準とした場合、だがな。


 確かに迷いがなく、隙もなく鋭い攻撃を連続で出し続けているその技術には称賛を与えるべきだろう。しかし、勘違いをしてはいけないことがある。戦いとは技量だけが勝負ではない、ということだ。当たり前のことだが、我はこの体では少なくとも槍を扱うこの勇者相手に近接戦闘を仕掛ければ負けかねない。だが、足の速さで言えば我が勝り、また持久力も我に軍配が上がる。つまり、だ。避け続け、相手の消耗を待ち、確実に仕留めればいい。


「ぜぇ……すぅ、はぁ……クソッ!」


 このままではらちが明かないと悟ったのか、勇者はより攻撃を激化させる。勢いが増した攻撃は確かに我に届きそうになる、が、実際は当たることはなく空を切り、地面をたたき勇者の体力をより消耗させる。余計な力をやりに込めるようになり、空振りをした際に体がぐらつくようになってきた。

 どうやら、潮時だな。

 見計らったかのように、空に雲がかかった。


「《影縛》」

「ぐっ!?」


 勇者の四足を拘束する黒い帯。これにより、奴は完全に動けなくなる。万全の状態ならばともかく、疲弊している今ならば抜け出すすべはない。


「ここまで強い魔獣がいるだなんて情報は、全く受けていなかったのだがな。俺でさえもここまでもてあそばれてしまうとは。いやはや、司祭様の情報網も信用ならないな」

「っふ、所詮は人間の所業よな。高貴なる種族である我ら魔獣に貴様らごと気が勝てるとは思わぬことだ。言い残したことはあるか? 聞くだけ聞いてやる」


 悔しそうにつぶやく勇者に、我は猶予を与えてやる。勇者はどうやら腹をくくったらしく、笑みを浮かべて言った。


「どうやら俺たちは、手を出してはいけない相手に手を出したらしい。まさに、飛んで火にいる夏の虫、というやつだな」

「まさしく、その通りだろうよ。《暗黒海洋・絶封》」


 空中に漂っていた魔力が水へと姿を変え、勇者の身を包む。そして、勇者を包んだ水滴ごと影空間に放り込んでやる。


「これで仕事は終わりだな」


 あとは任せた、とだけ亜人たちに告げ、我はリリア嬢の待つ狩り拠点へと魔術・空間の転移魔法で移動した。

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