リルの快楽

 残るは二体。まずは女の方に行くとするか。

 遠くから見ていた感じ女の方は魔法使いのようだった。人間の兵士たちを肉壁にして魔法を放ち続けて先に亜人を全員倒す、という考えなのだろうか。最後に自分だけが残っていればいい。そのような思考を持っていそうな自己中、とでも言ったとことだろうか。


 青い髪と青い瞳。年齢としては司殿と同年代だろうが、背丈は低く握る杖の全長とさほど差はない。人間は、このような幼子でさえ戦場に駆り出すほど切羽詰まっているのだろうか。それとも、それが普通だと考えているのだろうか。まあ、以前まで赤ん坊でさえも利用できるならする、という持論を掲げて来た我が言えたことではないがな。


 それにしたって酷い。味方の命も敵の命もなんとも思っていないようだな。味方もろとも巻き込むような広範囲魔法を連発している。また、そんな状況だというのに人間たちが従順なのは集団催眠にかかっているからだな。魔術・闇の中に他人の意思を操る魔法があったと思うが、あれは高位の魔法だったはず。勇者としての実力は先ほどのやつ同様かなりのもののようだ。ただ、やはり我よりは弱い。

 

 余計な命を奪うことの無いよう空を駆け、その勇者の頭上から急降下を入れる。

 足元にかかった影に気づいたのだろう。勇者は上を見上げ、我を見つけた。とっさに魔法を放とうとしたので適当に魔術・空間で転移して地面に降り立つ。

 我が着地した周りの亜人や人間たちが驚きバッ、と距離をとる。我の周りに一瞬にしてできたある程度の距離。それを察知して勇者がこちらに杖を構えなおした。

 

 なるほど、判断力にもそれなりに優れるようだ。しかし、その程度だ。


「《影縛》」


 勇者と我との間には数百人もの亜人や人間たちがいる上に、五十メートル近くの距離がある。だが、あちらが魔法を放とうとしているように、こちらもまたあちらに干渉できるのだ。

 影縛は戦場にいる者たちの足物との影をたどり、勇者に迫る。そして、勇者が魔法を放つその寸前、四足を拘束する。両手を縛り、勇者の手に持っていた杖を足元に向けてやった。するとどうだろうか。勇者の足元が爆ぜたではないか。周りを囲っていた人間の兵士たちもろとも。


「非常に、愉快だな」


 戦闘というのはこういうのが醍醐味なのだ。敵の醜態を眺めながら悠々と勝利する、それが我が求める美徳であり至福だ。趣味が悪いのは重々承知だが数百年も生きていると自身にとっての幸より誰かの不幸の方がよっぽど面白いと感じてしまうものなのだ。これもまた、悲しい性と言われたりするのだろうか。まあ、一向にかまわないが。


 勇者が自爆したことで広範囲魔法が勇者を中心として三十メートル程度に放たれた。その影響で周囲の人間たちはほぼ死滅し、残っていた者たちもわけもわからなくなって暴走し、亜人たちに無謀な突撃をして死ぬか、狂ったように逃げ回ったためすでにその姿はない。

 勇者が立っていた場所には小さなクレーターができており、魔法の威力を物語っている。地形を少しとはいえ変動させるほどの魔法の使い手、というだけでやはり侮れない。だからこそ、戦勝ムードを漂わせている周りの亜人たちに言ってやりたい。あいつならまだ、生きているぞ、と。


「《エアリアル・ブラスト》」

「《司水者》」


 クレーターの中心、まだ砂埃が舞いはっきりと見えないところから魔法が放たれた。


 目に見えず、音もないその魔法を元々魔力感知と気配察知で認知はしていたが、まさかリリア嬢御用達の魔術・自然とは。魔術・自然は長命種の特権だと思っていたが、なるほど、やはり侮れないようだ。

 しかし、そもそも我は魔法使いに対して絶対的優位をとる。司水者を使いこなすようになった我にとって、魔法は魔力の塊。一瞬にして我の支配下となる水に変換し、水滴を作る。


「《カースド・クロスサンダー》」


 砂埃の中から黒光りする二筋の雷が放たれた。しかし、それもまた水に変換される。


「《ヘル・インフェルノ》」


 漆黒の炎は我を覆うだけでなく、残ってる亜人たちも巻き込む勢いで広がったが、それもまたすべて水に変換される。


 砂埃の中から、どっ、と殺気がこぼれた。


「《アトモスフィアブラスト》」


 大気を震わすその魔法は、砂埃ごと勇者の周りの大気・・を押し出す。超広範囲魔法アトモスフィアブラスト。リリア嬢も扱うと言っていたその魔法は込める魔力によっては正面に半径百メートルを超える範囲で円状に空気を押し出す魔法。空気が一秒間に進む距離は二万メートル。おおよそ、秒速二万メートル、ということだ。音よりも早く、超広範囲で攻まる、目にも見えず音も聞こえず、また匂いなどもないその魔法は、一瞬にして我の前まで迫り――


「《司水者》」


 水に変換された。


 砂埃が晴れたことで姿があらわになった勇者は全身傷だらけで、頭からも腕からも血を滴らせている。右目はつぶれているのか閉じており、握る杖もまたボロボロ。そんな状態でもあれだけ高威力の魔法を連発したことは評価に値するが、さすがに魔力と気力が限界らしい。静かに膝から崩れ落ちた。


 魔術・転移で勇者の前に転移し、うつ伏せに地面に倒れているそれに聞こえるように言ってやる。


「言い残したことは?」

「怪物、め……」

「誉め言葉だな」


 やはり、こればかりはやめられない快感かもしれない。我は、溜めに溜めた水滴たちで、勇者の心臓を一突きし、楽にさせてやった。

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