強者の由縁

 戦場のど真ん中に、大声を上げながら暴れまわる一人の男がいた。


「さあさあさあ! きやがれ雑魚共! 亜人と言っても雑魚だなぁ!」


 ゲラゲラと汚い言葉を吐き散らしながら剣を振り回し魔法をまき散らし亜人たちをなぎ倒す。一人、また一人とその剣の餌食になり、倒れていく。強力な亜人も、賢明な亜人も。魔法使いも武術使いもみな、虫けらのように殺されて。

 勇者だなんだと呼ばれているようだが、まるで悪魔のような奴だ、と我は感想をこぼした。


 ぼさぼさの短髪と黒い光を血走らせ、殺に飢えた暴虐の勇者、とでも表現すればいいだろうか。奴の方がよっぽど怪物だろう。それに、見たところかなりの数の亜人を殺めている。これ以上の横暴は許すわけにはいかないだろう。


 我は戦場へと降り立った。先ほどまで魔術・空間の応用で飛んでいたのだが、それがまた難しい。制御が困難ではあったが、安全地帯から敵を観察する手段としては最適だろう。


 そして、目の前に突然割れた現れたことでそいつは目を見開いた。それでもそれなりの実力があるからだろう。すぐに距離をとる。

 何の情報もない相手には距離をとって慎重になるべし、が定跡である以上それを忠実に守れるだけで強者であるということが予想できる。基礎がかけた力だけの脳筋かとも思ったが、調子に乗っていたのは亜人たちになら負けないと判断したからだったようだ。

 ならばこそ、オーラを隠すつもりのない我を見て驚くのは妥当だな。 


 勇者は口を開いた。


「何者だ、お前」


 剣を正面に構え、我に鋭い視線を向ける。

 先ほどまで最前線でぶつかり合っていた人間の兵士も亜人の兵士も今は一定の距離を空けて我と勇者の動向を見守っている。本能で感じ取ったか、何が何だかわからないだけか。どちらにしても、我らにかかわってはいけないと悟ったのだろう。


 正しい判断だな。


「何者か、と問われたのならとある主の一従者、と答えるのが正解かと思うが、この回答で納得できるか?」

「……まあ、別に関係ないな。どうせ、俺が殺しちまうんだからな! ちょっとばかり強い魔獣のようだが、調子に乗るんじゃねぇぞ!」


 勇者が踏み込んで間合いを詰めてくるが、先ほどまで亜人に見舞っていたような迷いのない攻撃ではないな。恐らくこちらを探る意図があるのだろうし、わざわざ策にはまってやる義理もない。


「《陽炎》」

「うらぁあっ!」


 勢い良く振るわれた勇者の剣は、我の一寸横を通り過ぎ、地面に突き刺さった。

 勇者は再び驚いたような表情をとると、剣を引き抜き距離をとる。何をした、そんなことを考えていそうな顔だ。他の表現をするのなら、見ていて滑稽な顔、と言ったところだろうか。

 我は性格が悪いので、見ていて本当に面白い。他人が困惑し、動揺し、怒りをあらわにして正常を保てなくなり、理性を失うその姿が。たとえ命への価値観を見直しても、この感性ばかりは変わりそうにない。


「な、何をした? 俺が見誤った? いや、そんなバカな……」

「試してみるか? どこからでもかかってくるがよい」

「ッチ! 舐め腐りやがって! 死ねぇ!」


 再び振り下ろされた剣もまた、我には当たらない。


「死ねッ! 死ねッ! 死ねって!」


 横なぎ、振り下ろし、突き。様々な剣技を見せてくるれる勇者であったが、その攻撃はすべて当たらない。当然だろう。影狼としての能力に覚醒し、完璧に使いこなせるようになった我の陽炎は、生半端な実力や攻撃ではとらえることなど不可能。 

 今まで司殿やかな嬢に隠れてルナ女史に付き合わせて特訓とした甲斐があったというものだ。強者として努力する姿を見せるのはプライドが許さなかったが、こうも成果が実ると思わず口元が緩むな。


 勇者何度も、いや、何十回も剣を振るったが、そのすべてはかすりもしない。鋭く、確かに正確で、迷いのなかった剣さばき。優秀で、確かに人間としては強い部類なのだろう。それは認めてやる、だがな。


「上には上がいる。そう、我の上にもまた、な」

「なっ!?」


 我が魔力を高めたのを感じたのだろうか。勇者がたじろいた。すぐに背を向けて逃げ出そうとするが、もう遅い。その背に向けて、我は魔法を放つ。


「《アイシクル・アロー》」


 我の目の前に現れた氷の矢は、一直線に勇者の胸元を貫いた。どっと血を流し、勇者は膝をついた。

 悠然と歩み寄ってみれば、悔しそうな顔でこちらを睨んできた。何か言いたいことでもあるのだろうか、止まってみれば、勇者は口を開いた。


「化け物、が……」

「それは誉め言葉というのだ」

「クソ……が……」


 やがて勇者は静かに目を伏せ、ピクリとも動かなくなった。最後の最後まで、滑稽な奴だったな。攻撃を一度も当てられないという恥を晒すだけではなく背を向けて逃亡するとは。久しぶりの良質な喜びを味わった気がするな。


 周りを見渡せば、人間も亜人も共に呆然としており、何が起こったのか理解が及ばない様子だ。

 まあ、圧倒的上位者同士の戦闘で、片方が一方的に殺されたのでは驚くのも無理はないだろう。ここはひとつ、渇を入れてやるとするか。


「亜人共、我のことは知っているな。さあ、邪魔者は排除したぞ。残るは凱旋のようなものだ。片手間に片づけてやれ」


 亜人たちを振り向きそうつ気てやれば、亜人たちは勢い良く腕を掲げた。


「「「「うおおおおおぉぉぉおおお!」」」」


 大地を揺るがすほどの叫びとともに、絶望に顔を染めた人間の兵士たちに襲い掛かった。


 残るは、二体。

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