心に響くもの

「ねえ、そろそろ本気を出していいんじゃない?」

「相手の不意を付け、という話だったからな。ここまでくれば問題無かろう」

「よし、じゃあ行こうか。でも、ヘレン様も珍しいよね」

「確かに。私たちに戦争に参加しろ、というのもそうだが相手の不意を付け、というのも珍しい。まあ、念には念を入れよ、ということだろうな」

「軍単位での戦闘は俺達も未経験だからな。きっと、今までとは勝手が違うのだろう」

「相手が亜人だから、っていうのもあるのかな」

「馬鹿か。相手が亜人であろうと魔獣であろうとやることは変わらない。亜人など、下賤な生物の集まりだろう? 人間のなり損ない共だ。俺たちに敵うわけがない」

「ま、それもそうだよね。じゃあ、しゅっぱーつ!」

「ああ」

「だな」


 そんな会話が、人知れず行われていた。


――

――――

――――――


(そう言えば、そろそろリルたちが出発してから一週間が経つな。どんな状況なんだろう)

(まあ、亜人たちの軍が不利ってことはないわね。そもそも人間たちは弱いんだもの、いくら数をそろえようとも亜人に勝てるわけがないのよ)

(だよなー、って、なんでお前がいるんだよ)

(え? 気付いていたから念話使ったんじゃないの?)


 いや、それは咄嗟に思いついたことを、目に入った生物に伝えようとする人間の性でして。


 いつもの部屋の中、ベットで眠るかなの寝顔を眺めながらぼんやりと考え事をしていた。いつも通りいつの間にか現れていたソルは椅子に座り、机に膝をつきながら俺の目を見ながら念話を交わしていた。念話を使う時でも相手の眼を見たほうがいいのだろうか。


(いや、まあいいや。でも、どうして亜人優勢って断言できるんだ? 俺が集めた情報だと亜人と人間の数の差は歴然だったぞ?)

(いや、だって亜人一人で人間百人は勇に殺せるし)

(……分かっちゃいたが人間弱すぎだろ。え? もはやいじめじゃん)

(もともと世界のバランスっていうのはそういうものなの。今の今まで人間が滅んでないのは、生態系が崩れないように獣人や亜人たちが気を付けていたからにすぎないの)

(え……今、かなり衝撃的な事実を知ったのだが? 人間が生きてるのって、奇跡みたいなものってことなのか?)

(ええ、その通りよ)


 人間が弱いのは知っていた。知ってはいたがそこまでとは思っていなかったし、滅んでないのがおかしいって言われるほどって。しかも、それが慈悲によるものだとか。色々とこんがらがってきた。俺は、詳細な説明を要求した。


(まあ、簡単な話よ。弱い魔獣とかの抑止力として人間は有用だった。だから亜人と獣人は繁殖を止めなかった。元々個体数の少ない亜人や獣人は小さい領土の管理だけで手いっぱいだったからね。ちなみに、大昔に亜人の国が行った魔人の研究だけど、言いなりになる人間みたいに繁殖力のある存在を作り出そうとしたものだったの。ただ、失敗に終わったけど)

(……なるほどな、それは納得だ。世界の作りがいかに残酷なものなのかよく理解したよ)

(神の作り出した世界だもの。誰かが作ったものならば、結局は不完全で、どこかの誰かが損をするし苦しい思いをする。調和の保たれた世界とか、そもそもあり得ないのよ)


 ソルは小さくため息をついてから続けた。


(考えても見なさい。私やルナといった存在がそもそも世界のバランスを無視していると思わない?)

(……確かに……)

(でしょう? 神の使いとか言われている私達だけど、神をもし創造主と定義するのならこの世界の住民はすべて神によって作られた存在。神の使いと言っても過言ではないはずよね? 特別扱い受けてるの、おかしいでしょ?)

(それ、自分の存在を否定してないか?)

(ええ、してるわよ)

(は?)


 真顔ですごいことを言ったソルに、俺も思わずマジトーンで聞き返した。


(だって、言ったでしょう? 大虐殺を起こしたのは私なのよ? どう考えたってこの世界にいていい存在ではない)

(……それは、違うんじゃないかな。ソル、自暴自棄になってないか?)

(どうかしら。なっているのかもしれないし、そうではないかもしれない。こう、何千年も生きているとね、よく自分を見失いうものなのよ。と言っても、ここしばらくは寝ていたし、ネルやルナと比べたら抱えるものも少ない私は、少しは楽なのかもしれないけど)


 ソルはたまに、何もかもを諦めたような表情をする。それは、決まって過去の話をしている間だ。なんとなく、前の世界にいた頃の俺が、毎日鏡で見ていたような顔にも思えた。でもきっと、もっとずっと深刻な問題で、俺には想像もできないような壮大な悩みで。


 なんて、ずっと思っていた。今なら違う、ってそう言いきれる。別に、何か劇的な変化があったとか、ソルに強い思いを抱いたとかそういうわけではないんだけれど、ふと思ったのだ。この少女は、俺と同じなのでは? と。


(なあソル、ちょっといいか? お節介かもしれないんだが)

(どうしたの? 私が後ろ向きだって言いたいの?)

(まあ、それはそうだ。ただちょっと、俺の妹の言葉なんだけどよ)


 一呼吸おいて、昔黒に言われた言葉を思い浮かべる。


(誰かに迷惑かけるのも人生だし、自分の好きなことをやるのも人生だ。後悔してもしきれない、恨んでも恨み切れない。そんな風に思うことがあったのなら、それを人生の枷にするんじゃなくて、力に換えろ。例えばそう、自分の過去を笑い話にでもすれば、友達の一人でも作れるんじゃない? って)

(何よ、それ。あなたの妹、変わっているのね。でも、そう。そんな言葉をあなたに伝えるってことは、あなたも苦労している人なのね)


 ソルは、頬杖を解くと両手を机について体を支えて立ち上がった。


(そこまで言うのならいいわ。私、ちょっとだけやる気出すから。あなたが後悔するくらいには、本気でね)

(……本当に、響く人には響くんだな。まあ、お手柔らかに)


 実は今の言葉、俺にはよく分からなかった。きっと、元々俺の心は擦り切れてなんていなかったから。後悔も、恨みも強いものではなかったんだと思う。だから、意味が分からないと黒に言った。黒は言った、響く人には響くよ、と。本当に、その通りだったようだ。


 ソルは、輝くような笑みを向けてきた。

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