戦況

「さて、戦況は悪くない。数で劣ろうとも質で勝っている故、一騎当千の活躍をするものが多い。このままいけば、押し負けることはないだろう」

「そうね。でも、油断はできないわよ。こちらも戦力の七割を投下した。人間軍に残り戦力がどれくらいあるのかわからない以上、警戒は続けるべきね。……はぁ、危険分子は勇者ね。どこから現れるか分かったものじゃないわ」


 開戦から早三日。戦況は亜人軍優勢だ。しかし、けして安心していいとは言えない。

 情報を整理したくても相手の戦力の総数は実はまだ未知数だ。おおよその戦力は司殿と集めた情報から推測できるが、確たるものではない。その上、リセリアルからの援軍があるとしたら、そこに勇者が含まれていたとしても何ら不思議はない。もし勇者がいた場合、状況は二転三転とするだろう。そうなれば、結果は分からない。


 ここ三日での犠牲は我が軍に数十名、人間軍に約千人近くだと予想している。人間軍の被害規模が推測でしかないのは、亜人たちによる大規模魔法に巻き込まれた人数が測定不可だからだ。ほとんどの者は塵も残らず朽ち果てたので数えることもできない。

 しかし人間軍の右翼のほとんどの戦力をを削った、いや、削ったはずだ。あちらはそもそも人数が少なかったため難なく攻略できるだろうと予想はしていた。問題は佐翼。今はまだ優勢だが数に押されて劣勢なることもありうる。本当に、戦争とは何が起こるかわからないものだからな。


「そういえば、リルさんの眷属は使わせてもらえないのかしら? 確か、あなたは眷属を従えるほうのフェンリルだったと思うけど?」

「……そうだな。我が眷属を扱えればいいのだが……あまり気乗りはしない。それに、そもそも力が不完全である故あまり制御も利かないのだ、すまない」

「あ、いいの。こうして協力してくれているだけで、十分だから」


 フェンリルは主に二種類に分けられる。その力の大半を己に注いだ単独行動種。そして、我のように眷属を従える複数行動種。この二種類の分け方は特段決まりはなく、周りからそう言われているだけだ。明確な違いはないが、個体ごとの好みによるところが大きい。あとは、単独行動種にはそもそも眷属を従える系統のスキルを与えられなかった者も多い、ということくらいだろうか。そういうフェンリルは、スキルを与えられない代わりに一体一体の能力が通常のフェンリルたちよりも高い傾向にある。と言っても、そもそもこの世に存在したフェンリルの個体数はそこまで多くないので確定ではないがな。


「でも、リルさんもまだ完全体じゃないのね。それは当然一度死んでしまったわけだし、そんなすぐに万全になるとは思えないけど、本気を出せれば今よりも強いのだと考えると、さすがだと思えるわ」

「お褒めに預かり光栄だが、そちらはそちらで力を隠していると、我は思うのだよ。まあ、誰にだって言いたくない秘密の一つや二つはあるものだ。無理に聞きはしないさ」

「……そう、ありがとうね」


 リリアは一瞬驚いたような表情を作った後、小さく微笑んでそう言った。


 最初に出会った時から、彼女にはハイエルフとは少し違う気配を感じていた。それよりも少しだけ強い、そんなオーラを放っていた。これは、旧知の友であった三代目との違いだ。三代目はこのリリアよりも真面目で、しかしこのリリアよりも戦闘の才を感じなかった。ただ、このリリアが纏う気配はまさしく歴戦の戦士のそれのように思えた。せいぜいが数百歳で放てるオーラではない。

 そんなことを言ったらここ最近若いくせに戦闘の才を発揮する亜人の少女と出会ったが、彼女は例外だろう。精霊種の力を操る精霊使役に関するスキルは血筋や種族ではなく個体ごと、運が良いものにしか与えられないのだから。それこそ、神の寵愛を受けし者、と表現されることがあるくらいには珍しいものなのだ。

 そんな珍しい能力の持ち主ならば、強くて当然というわけだ。


「しかし、困ったものだな。戦況を完全に把握しきれていない以上、我が直接出るには時期尚早。だが、出来ればことが起きる前に現場にいたいものなのだが……。悩ましい」

「リルさんは眷属の使役を得意としているのだし、こういうことは得意だと思っていたわ。意外とそうでもないの?」

「我は眷属の使役には慣れているが、そもそもこの亜人軍は我の眷属ではない。それに、大群と大群の争いというものはほとんど経験がない。いや、一度もないな。そのため、理解しきれないことがあるのだよ。リリア嬢にも何か良い案があるわけではないようだし、悩んでも仕方あるまい。部隊ごとの報告を待ち、そこから戦況を詳しく把握して対処していこう。それでいいか?」

「ええ。元々、戦争とはそうやって戦うものだもの。情報を制したものは戦争を制す、というくらいには情報は重要。元々先手を取られている時点で情報戦ではただでさえ不利なんだもの。一度落ち着いて全体を見渡すことが重要よ」

「参考になるな」


 皮肉気味に笑ったリルに、リリアは微笑みを返した。

 

 戦争は、ここからが本番だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る