開戦
「なるほど。人間軍というのは狡猾らしい」
「そうなのよ。一人一人が弱い分、数と策略で戦ってくる。それが厄介なところなのよ」
戦況を見てみれば決して有利でもない。大きく戦力を分散した人間軍に対してこちらの戦力も分散させざる負えなくなり、最適な配置をさせることが難しい。さらに言えば人数はあちらはこちらの六倍ほど。
せいぜいが五千体ほどの亜人軍に対して人間軍は三万。全戦力を投下したのではないかと思えるほどの規模だが、人間軍は士気が高い上に人間そもそもの性質として数が多い。兵士を招集すれば若者は積極的に軍に所属するし、母数が多いというわけだ。中には老兵もいるようだし、数だけ見たら油断はできない。
相手の陣形は主に左翼に二部隊、右翼に五部隊のアンバランスな編成だが、これは左翼に戦力を裂いても世界樹を使ったゲリラ戦をこちら側が使えるからだろう。右側から確実に正面から数でつぶそう、という考えだろう。こちらは少数精鋭の部隊が二十ほどに分けられている。今は右翼に六部隊、左翼に三部隊派遣しており、残りは待機中で状況に応じて随時支援に向かわせる手筈になっている。しかし、部隊の配備でこちらが相手に合わせている時点で、後手に回っていると言えるだろう。
「それにしても、本当にどうしてこっちの動きを読んでいるのかしら。この日に攻めるなんて宣言した覚えないわよ」
「内通者でもいるのかもしれぬな。まあ、関係はない。負けることも大した被害を出すこともないだろうからな。時と場合によっては我も出る、安心するがいい」
「……リルさん、あなたどうしてそこまで私に協力的なの? 司君の従者なのはわかってるけど、それでもここまで必死に私に協力してくれる理由にはならないわよね?」
ここは戦場に貼られたテントの一つ。亜人軍の最後尾に設置された簡易軍事基地であるこの場所では、待機中の兵士や通信使、救護隊などがいる。そして、それらすべての管理を行うのが本来のリリアの仕事だ。そもそも戦闘民族であるエルフはその手の才能が優れており、たやすいことであるとされているが今回はリルという頼もしい見方を連れてきている。しかし、そのリルが付いてくる理由がわからない、というのがリリアの言いたいことだった。
リリアの質問にリルは狼特有の突き出したような口で小さく笑うとこういった。
「ただ、我に興味があるというだけだ。指揮を執るのは慣れているが、軍と軍との戦闘は経験にない。ここらで一つ、体験しておきたいと思っだけだ」
「そんな理由で、ねぇ。やっぱり、私にはあなたがよくわからないわ~」
肘をついていた机に突っ伏しながらリリアはそういう。リルはそんなリリアを見ながら満足そうに体を起こした。
「それでいいさ。我はそもそも何者にも理解されぬ生物故、理解されても困るからな。フェンリルが希少種とされる理由は、そもそも生まれたフェンリルたちが姿を見せることが少ないからだ。狼というのは皆警戒心が強いからな。力を得れば得るほど外界にいる者たちを恐れ、姿を現さないものなのだ。そのため、外界に出た時に働く好奇心は強いのだ」
我のようにな、と冗談交じりで言うリルに、リリアは驚きの目を向けた。
「リルさん、あなた冗談何て言うのね。固い人だと思っていたけど」
「人ではない。だがまあ、冗談は嫌いではないぞ。誰かを揶揄っていたり騙している時の快感は素晴らしいものだからな」
「あ、やばい人だ」
「だから狼だ、人ではないと言っている」
少しだけ、二人の間に和やかな空気が流れた。
「戦地についてからあなたの指揮を見させて貰ったけれど、怪しいところはなかったわ。もし内通者がいるのなら、と言われて真っ先に疑ったのはあなただったから、謝罪させてほしいわ」
「無用だ。疑われて当然だからな。しかし、考えても見てほしいがここで我を疑ったらリリア嬢は司殿を疑うことと同義であるということを」
「もちろん、それも考慮してあり得ないっていう結論を出したの。……戦争は別に楽しいものじゃない。総指揮を預かる私にとっては作業みたいなもの。だから、退屈するかもしれないけれどこれから少しの間よろしく頼むわ」
「ああ、任せろ。ただ、部下を失う苦しみは分からない。我の部下は一体一体が意思を持つということはほとんどない上に、いくらでも呼び出せるからな。そこだけは覚えておいてくれ」
「ええ、わかったわ。私も似たようなものだし。お互い大変ね」
リリアの笑みには、いつものような優しさは含まれていなかった。
戦場についてすぐ、亜人軍の先頭を進んでいた部隊が人間軍と接敵した。すぐに情報は伝達され、対応が開始される。不意を突いて一気に攻め込むという手筈だったはずが、逆に押されていることにリリアとしては困惑を隠せなかった。リルが言った内通者の存在、ありえるとしたら亜人国の重鎮だろう。ネルに報告に送った作戦の計画書を何者かが人間に伝えた、としか思えなかった。
それが何者であろうと、帰ったらお仕置きをしてやると誓ったリリアだった。
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