生姜焼き

「準備は順調に整っています。リセリアルから勇者が派遣され、戦力は大きく向上。オレアスからの軍事支援が途絶えたのは誤差程度でしかないのでご安心を。これより進軍を開始いたします」

「うむ、良きに計らえ」

 

 それは、とある城の一室で行われた、怪しい対談だった。


「目的はただ一つ、悪の排除だけ。必ずや、目的を果たして見せましょう」

「期待しているぞ。それにしても、まさか亜人たちが魔人を従えているとは。そなたの話を聞いたとき、わしは驚愕した。しかし、そなたの援助のおかげで事なきを得られそうだ」

「ええ、必ずや。この軍事行動が成功すれば、あなた様はこの国の英雄として今後永劫語り継がれるでしょう」

「そうよな。富や名声にはさほど興味などないが、国民から慕われる国王であることに悪いことはない。後は頼んだぞ」

「御意に」


 薄い笑みを浮かべ、玉座に背を預ける男に頭を下げる男は、最後にこう言った。


「そして、最後にご報告です。私はこの作戦が終了した後、すぐにリセリアルへと帰還いたします。あちらでやり残したことがありますので」

「そうか。その暁には土産を持たせよう。そなたの我が国への貢献は素晴らしいものだからな」

「ありがたき幸せ。それでは、失礼いたします」


 そう言って頭を上げ、体を起こした男はもう一人の男に背を向けて扉に手をかける。押し開き、廊下に出て、扉を閉める。そして浮かべたのは、冷笑だった。


「まったく、愚かな人間だ」


 小さなつぶやきは、誰の耳にも入ることはなかった。


――

――――

――――――


(さて、それじゃあ昼飯にするか)

(ん、楽しみ)


 今朝、リリアとリルは出かけた。亜人たちを率いて、人間の国、サキュラの方へと。これから戦争が始まるのだという。到底信じられないけれど、本当のことのようだ。何よりも、出発前に亜人たちが浮かべていた表情が物語っていた。決死の覚悟、ってやつかもしれない。緊張の面持ちで整列した亜人たちは、その屈強な見た目に反して真面目な顔つきだった。それだけ、これから向かう先が恐ろしいと思っているということ。それが戦場であるから、あんな表情だったんだと思う。


 俺には、戦争についての知識なんて小中学校で習う歴史の教科書の内容の半分くらいしかない。まともに授業を聞いてなかったし、聞いていた部分も大半は忘れた。でも、戦争のたびに多くの人が死に、その代わりに勝者が何かを手にしていたんだと思う。

 もちろん違うこともあるのかもしれないけれど、きっと間違いとは言い切れない。何かを得るためには、守るためには戦わなければいけなくて。その戦いには必ず勝敗が存在して、勝者には一定の権利が与えられる。誰が何と言おうと、勝者であることを否定などできないし、敗者が勝者に物申すことは許されない。ただ、たった一つの目的のためにその戦いが起って、何百、何千って命が犠牲になって。それって、本当に意味のあることなのかな、って考えたことはある。きっと、必要なんだって今は考える。


 戦いは何も生まないかもしれない。でも、確実に何かを守る手段として、いつどんな時も確立されている。


 だから俺は、少しでも強くなりたいんだ。


 フライパン片手に思考に走る。それでも料理を失敗しないのは分割思考のおかげだ。一つの頭を何等分もして一度に色々なことを考える。つまり、マルチタスクを可能にするスキルだ。今までまともに使ったことはなかったが、戦闘に有用そうなスキルを探していたら一番役立ちそうなのがこれだった。しっかりとマスターすれば、俺でも剣で戦いながら魔法を使う、みたいな格好いいことができるようになるかもしれない。スキルの多重使用とか、魔法の連続攻撃とか、そういうド派手なやつが。それはロマンだし、ぜひとも習得したいということで日常生活で慣らしている最中である。


(さて、今日は生姜焼きだな。まあ、これが生姜かどうかはわからないが)


 生姜らしきものを片手に、俺はかなに念話でそう伝えた。この生姜らしき物、見た目も香りも生姜っぽいし、少し味見してみたら生姜だったけど、異世界の食材が何かはよくわからなかった。しんさんに問うても、生姜とは言われなかったし。


(生姜? おいしいの?)

(俺は好きだったぞ、黒がよく作ってくれたんだ。かなも食べてみれば、きっとおいしいって言うと思うぞ)

(ん、食べてみる)


 ここは基地の一室、厨房の隣に設置された個人用のキッチンとダイニングだ。普段はリリアなんかが使う用だそうだが、人は俺たちのほかに残っていないので勝手に使わせてもらった。材料なんかが少しだけ余っていて、それを腐らせて無駄にするのも良くないはずなので、誰も文句は言わないだろう。あったとしても言わせないので問題はない。


 さて、そんなダイニングに設置された机の上に生姜焼きを置き、その隣にキッチンにあった野菜と果実を使って作ったミックスジュースを置いておく。かなは野菜をあまり食べないが、野菜の味を極限までなくしたこのジュースなら飲んでくれるかもしれない。


 俺としては生姜焼きなんて作ったことはなかったが、しんさんがレシピを教えてくれた。なんと、俺が覚えていた料理のレシピは分かってしまうらしい。さすがはこの世のすべてを網羅する世界の書の管理者だなと感心すると同時に、あれ? 生姜焼きこの世界にあるのか? と疑問に思うが触れないでおこう。


(どうだ?)

(……)


 早速生姜焼きに手を付けてくれたかなに問うと、かなは咀嚼をし、飲み込んだ後に神妙な表情でひとつ頷いた。


(ん、美味しい)

(そりゃよかった!)


 追記、ミックスジュースは飲んでもらえなかった。

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