それは遥か昔の物語Ⅳ

「じゃ、一旦別行動ね」

「計画通り、ってところかの?」


 二人の少女が始祖竜から逃亡を開始して約半日が経った。二人はなおも深い森の中で移動中だ。


「そうね。ネルの方がどうかは分からないけれど、私たちは順調なんじゃないかしら。体の調子もだいぶ戻ったし、魔力も十分って感じね」

「それは上々かの。妾も万全と言っても相違ないかの。正面から張り合ったって、五時間は稼いで見せるかの」

「すごい自信ね、頼もしいわ。よし、それじゃあまたあとで」

「約束の地で、かの?」

「ええ、約束の地で」


 二人の少女はそこで会話に区切りをつけると別々の方向に向かって走り始めた。二人の目的はただ一つ。この戦場で、生き延びること。


 一方そのころ、もう一人の魔獣の少女はクイーンエルフの少女と行動を共にしていた。


「私たちに協力してくれるというのはとても嬉しいです。でも、それではあなたまで危険に晒されてしまいますよ? 私たちとしては他の方々が巻き込まれるのは本望ではないのですが」

「忠誠を誓うと名を懸けて約束した身です。命朽ち果てようとも尽くして見せます。それに、仮にもクイーンエルフです。いくら力あるお方がいるとは言えど、何もせずに指をくわえて待っていては神に与えられたこの肩書に汚名をかぶせることになりますので」

「あなたも頑固者ですね。あなたに協力をして貰ったところでできることは少ないはずですよ。この森の半分以上を支配下に置くあなたであろうとも、個人の力では到底始祖竜には及びません。私は始祖竜に及ぶとは言いませんが対抗できる最低限の力を持っている自負はあります。しかし、あなたにそのような力があるようには見えません」


 クイーンエルフと彼女が治める領土の民たちを最低限保護する約束を交わしたとはいえ、足手纏いを連れて行くつもりはない、と黒髪猫耳少女は非情に告げる。クイーンエルフは目を伏せ、考えるような素振りをとったのち、顔を上げて堂々と言い放った。


「私の力では到底及ばないことは理解しています。ですが、ネル様方もまた始祖竜には敵わない。そのはずです。少しでも自身たちの生きる希望を持てるように私は何でもしたいと思っています。こちらから加護を願っておいて勝手なのは承知の上です。ですが、今私に何ができるかと考えたのならこの私の持つ力のすべてを使い果たしてでもネル様方の手伝いをすることだと、そう判断したのです」

「……本当に頑固者のようです。私の仲間にも、頑固者が一人いるのです」


 黒髪猫耳少女は一瞬驚いたような表情を浮かべた後、クイーンエルフに背を向け、微笑を浮かべ、目を閉じながらながら語った。


「その頑固者は自分の信じたものを守り抜くために、貫き通すために全力で生きています。目的を達成するためならば数百年間いがみ合っていた同族の力も借りようとするほどです。頑固者で、馬鹿真面目で、それでいて情熱的な、そんな方。私が尊敬を向けるその、誇れる仲間は言いました」


 そこで一呼吸おいて、黒髪猫耳少女はクイーンエルフに向き直る。静かに閉じていた目を開いて言う。


「生きる意味なんて必要ない。生に価値なんていらない。だから、やりたいことだけをやればいい、と。やりたいことのためならば、死んでも構わない、と。生に価値を持たせることに拘らない彼女はとても強い。何にだって全力で真っすぐで、信念のままに本気で取り組む。そんなあの人が眩しくて、私はあの人の仲間になりました」

「……ネル様がお慕いする、その方のお名前は?」

「ソル。私と同じ、原初の七魔獣の一柱です。とてもいい人なんですよ」


 黒髪猫耳少女はにこりと微笑んで、耳にかかった髪を指でどけながら続けた。


「あなたもまた、ソルと同じ頑固者ようですし、何かの縁です。命の保証はしませんが、同行を許可しますよ」

「っ!? あ、ありがとうございます! この身を賭して、全力で協力いたします!」

「はい、頑張ってください」


 クイーンエルフは感極まった様子でその場に膝をつき、頭を下げる。黒髪猫耳少女はそれを優しい微笑みで受け入れ、励ましの言葉をかけた。


「では、そろそろソルともう一人の仲間が行動を開始した頃なので私たちも移動しましょうか。きっと、これから面白いものが見れますよ」

「お供いたします」


 こうして、二人は森の中を移動し始めた。

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