それは遥か昔の物語Ⅲ

 世界樹の、その上空に腐った体を引きずるようにして飛ぶ一体の竜がいた。死せるドラゴンの王にして原初の七魔獣が一体、始祖竜エルダードラゴン。死と力に己を支配された悲しき亡者である。

 薄暗い紫色の肌を持ち、全体の三分の一程度が腐り落ちた一対の大きな羽をはばたかせる亡者は、ただひたすらに力を求めてさまよっていた。

 今回もまた強い気配を感じ取り、ユグドラシルの木へと向かっていた。しかし自身が世界樹の中に入り込んだ時点で強者たちが移動したのが分かっていた。そのため、今はそのうちの行動を共にしている二体の方を目指して移動していた。その足並みは遅く、ゆらゆらと風に煽られながらの飛行ではあるが、確実に目標に近づいていた。その様子を、獲物となった少女たちはしっかりと把握していた。


「また大きくなったんじゃない? あいつ」

「どうやらそのようかの。全く、困ったやつかの。元々杜撰な性格だったことも影響していると考えると、本当に哀れな奴かの」

「その通りね。さて、それじゃあ始めましょうか」

「そうするかの」


 銀髪犬耳少女はため息交じりに。金髪狐耳少女は気怠そうにその身を起こす。そこは世界樹の一角。周りより少しばかり高い木の上。辺りが見渡せるその場所でエルダードラゴンの行動を遠距離透視魔法で観察していた。


「にしてもあんたの目は便利ねぇ。私にはそんな効果の魔法がないから羨ましいわ」

「ソルは魔法がなくとも嗅覚と鋭い気配察知能力があるのではないかの? 必要のない力を強請るより、そちらをより生かす方法を思案するべきかの」

「ま、それもそうね。でも、私は目が悪いから、普通に羨ましいわ。どうして同じ魔獣のはずなのにあなたたちは目がいいのよ。身体能力では勝っているのに、動体視力が私だけ明らかに低いわ」

「神に文句を言うかの。愚痴を言っても仕方がないかの」

「はぁ……なんだか私、最近やつれているわ。ここしばらく悪いこと続きだからね……」


 頭を抱え、大きくため息をこぼした金髪狐耳少女は、気合を入れなおすように小さく息を吐くとその木から飛び降りる。静かに、というより音を立てずに地面に降り立つとその場から移動を始める。銀髪犬耳少女もそれに続く。音もなく薄暗い森を駆ける。ただひたすらに、走り続ける。まるで何かから逃げるように。否、実際逃げているのだ。恐るべき狂気、エルダードラゴンから。


「あと三日でいいのよね? まあ、余裕ね」

「そうやって自分の精神をコントールする自己催眠は非常に効果的かの。続けると良いかの」

「余計なこと言ってんじゃないわよ! 分かっているのならそういうことを言うのやめなさい!」


 出会えば間違いなく殺されるとさえ言われるドラゴンから逃げているとは思えないほど二人の雰囲気は明るかった。それは、自らも強者であるという自覚から来る自信か。はたまたそれこそ自己暗示か。分からぬままであったが、二人の少女は目指す先も、それこそこれから先の未来も考えずにただひたすらに走り続けた。


 エルダードラゴンは少女たちが移動し始めたのを察知していた。それを目指して、進み続けた。森の隅にまだ、もう一人、いや、あと二人の強者が潜んでいることに気付きながらも。


「あなたは? こんなところにいたら危ないですよ。すぐそこに始祖竜が来ていて――」

「承知の上です。そして、あなた様が原初の七魔獣の一柱であることを理解したうえで、ご助力を願いたいのです」

「あなたほどの力の持ち主が、私を頼るのですか? そのようなことをしなくても、自身の力で生き延びられるでしょう?」

「私だけだったら可能なはずです。しかし、私は何百という同志を抱える身。この命を懸けることは惜しみません。でも、同志たちの命も尽きるというのなら、私は耐えられないでしょう」

「そういうことですか」


 森の片隅の、木々の影に覆われた薄暗いその場所で、黒髪猫耳少女ともう一人。特徴で黄な金髪と碧眼。何よりそのものの種族を象徴する長い耳。


「この身を、この命を、この名を懸けて誓いましょう。忠誠を誓います。ですから、何卒お力をお貸しくださいませ」

「……もし私がルナやソルに怒られたら、その時もあなたのせいですからね?」

「甘んじてお叱りを受けましょう」

「そうですか。……はぁ、良いですよ。と言っても、あなたたちがこの戦闘に巻き込まれないようにあの始祖竜を誘導するだけです。もしもあなたたちが標的にされたら防ぐ方法はないので、あらかじめ了承しておいてください」

「ありがとうございます!」


 ネルの前に跪き、感極まった表情で涙ぐみ、心からも感謝を述べるその少女。流れるような金髪と透き通った碧眼を持ち、長い耳をはやしたそのエルフこそ、初代ハイエルフの女王。クイーンエルフにして亜人国の元となった亜人の集落の長。リリアであった。

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