ソルの意思

「ソル!?」

「ええ、先日ぶりね」


 そいつは、そのゆっくりと振り向き、その赤い瞳でこちらをとらえた。

 狐の尻尾と耳をくっつけた金髪少女。最強にして最恐の魔獣、ソルであった。


「ど、どうしてお前がここに!? だって、世界樹の奥にいたはずだろ!?」

「少し用事ができただけよ。別に物騒なことをしようってわけじゃないの。落ち着いて欲しいわ」

「いや、突然扉を蹴破ってリリアの目の前に躍り出たらだれだって警戒するし、その言葉だって完全には信用できない」


 キリッした視線で見つめ返してくるソルは淡々と述べたが、俺にはその真意が読めなかった。元々表情を読むのは苦手なのに、相手は数千年もの時を生きる最強の生き物だ。表面上のやり取りだけで勝てる相手ではない。実力でだって到底敵わない、何ができるでもないが警戒はしてしまう。

 片手をかなに抑えられ、今にも攻撃されそうだというのに余裕の態度。よっぽど自信、いや、確信があるのだろう。この場にいる誰よりも自分は強い、という確信が。

 それも当然のことだ。俺はもちろんとして弱体化したリル、かなやリリアにもステータスで圧倒的に勝っているうえに経験の量もまさに桁違いだ。この世界の戦闘力を決める要素はスキルと経験量、つまりはレベルだ。ソルは約レベル90とかいう化け物だ。関わり合いになるだけで死ぬ自身があるね。


「そう? まあ、別に信用してもらう必要はないんだけど。今日はリリアに、四代目女王に用があって来たの」

「わ、私? 何? 言ってみて?」


 ソルに話を振られたリリアは何がなんだか理解できないような表情を浮かべたが、ソルを逆らってはいけない相手と認識したのか大人しく聞くことにしたらしい。若干の焦りを浮かべながらそう聞き返した。


「ただ一つ、聞きたいことがあったの。この戦争で何人を殺すつもり?」

「……必要に応じて、桁は十にでも百にでも、万にでもなるでしょう。だけど、罪なき命は奪いません」

「まあ、正直そこには興味ないの。……そうね、戦争だものね。それを見届けるのも、長命種の役目よね。いいでしょう、その答えで満足よ。ハイエルフのリリア、肝に銘じておいて」


 ソルは小さいながらも高圧的に、鋭い視線をリリアに向けた。


「世界樹は私達原初の魔獣のテリトリーよ。私は自分のテリトリーに関しては厳しいから。……ネルにもそう伝えなさい」

「そうします」


 リリアが珍しくまじめな表情で凛とした声でソルにそう返す。ソルは満足そうに口元を綻ばせ、それでも少し寂しそうな笑みを浮かべた。


「ネルによろしく伝えなさい。私は久しぶりに起きてきたし、ルナは元気してるわよって」

「……」


 リリアは驚いた表情を浮かべた後、いつもみたいな柔らかい笑みを浮かべた。


「かしこまりました。そうお伝えします」

「ええ、よろしくね。ついでに、たまには顔を見せなさいって伝えなさい。私もルナも元気そうな顔を見せてほしいわって」

「それも、重ねてお伝えします」

「……それじゃあ、私は帰るとするわ。また面白そうなことしてたら顔を出すけれど、私を怒らせることだけはしないことね」

「はい、善処いたします」

「それじゃ」


 ソルは終始小さく笑みを浮かべてご機嫌そうにリリアと話をした後、その場をまた音もなく、一瞬で去った。気づいたときにはもうおらず、気配察知でも追いきれなかった。


「本当になんだったんだろうな、あいつは。でも、良いやつなんだろうな」

「そうね。ソル様って、もっと恐ろしってネル様から聞いていたから少し驚いちゃった」

「ネル様? そう言えばソルの知り合いみたいに喋ってたけど、もしかしてまた原初の魔獣か?」

「まあ、司君には教えてあげてもいいかな。実はね、私たちの国王様って原初の魔獣の一体、暗黒虎のネルっていうの」

「マジか……」


 これで原初の七魔獣のうち六体を知ってしまった。こうなると後一体も知ってみたいが、物騒な連中なのは間違いないので知らないほうが幸せだろう。


「あれ? でも、暗黒虎とかっていう名前がついてるってことは魔獣なんだよな? 亜人国の国王っておかしくない?」

「まあ、それには色々理由があるんだけど、ネル様って原初の七魔獣はみんな持っている人化のスキルを極めて、実際に亜人に変化しちゃった個体なの」

「へぇ……ん? いや、それならそれでおかしくないか? 虎なら獣人だろ?」

「あ、そう言えば司君は亜人と獣人の違いは良く知らないんだっけ?」

(教えた覚えはないな)


 なんだかわからないがリリアとリルの二人の共通認識として亜人と獣人には明確な違いがあるらしい。


「まず亜人と定義されるのは基本的に人類の中で一般形と言われる人間以外全部を指すの」

「エルフとかドワーフとか、それこそ猫獣人とかも当てはまるな」

「うん、でも、最初あった人間と亜人って定義だと亜人が多すぎると思わない?」

「確かにそうだな」

「それでね、猫型の亜人と犬型の亜人、狐型の亜人が獣人と呼ばれるようになったの」

「それだと暗黒虎は獣人に含まれるんじゃないのか?」

「まあ、そうなるわね」


 リリアはうふふ、と可愛らしい笑みを浮かべる。

 その意図がよくわからず、俺は小首をかしげる。先ほどからリリアが曖昧な言葉しか使ってこないのはどうしてなんだ?


「実はね、獣人はプライドが高いから魔獣から進化した亜人を獣人と呼びたがらないの。だからネル様は亜人ってことになるの」

「そういう理由なのか。まあ、それならいいのか?」


 でも、そうなるとかなも亜人ってことになるのか。……どうでもいいんだろうが獣人国に行ったときに問題にならないように気を付けておこう。

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