最前線基地
「そこで止まれ!」
「うお、なんだ?」
俺は今亜人国の対人間軍最前線基地の前までたどり着いていた。近くに来てからは気配察知や魔法を駆使して何とかたどり着いた。ちなみに、見当をつけていた場所とはニ十キロほど離れていた。駄目駄目である。
一応会話ができるようにと憑依一体化しているが、ちょうどそれが活きた。門番らしき大柄の牛男に止められたからだ。
その最前線基地は堀に囲まれており、さらにその堀の内側にはフェンスらしきものが張り巡らされていた。かなり近代的な作りになっている。中の建物を見てみればレンガ造りのようだし、中世ヨーロッパ程度には発展しているのだろうか。
そしてこちらを睨むその牛男だが。体長二メートルを超え、その頭には黒光りする角を二本生やしている。またの下から細長い黒いしっぽも見える。上半身裸で、その黒くたくましい筋肉を見せつけてきていた。顔面は牛よりだ。多分、四つん這いになられたらそこまで違和感はないだろう。しいて言うのなら下半身にはいているズボンと、その右手に持つ大きなメイスが異質な雰囲気を放っていた。見た感じミスリル製だが、かなり上等なものだ。いわゆる刻印魔法というものも施されているようだ。魔力感知でなんとなくの性能はわかるし、解析鑑定でステータスもわかるが刻まれた刻印は分からないらしい。
「そこの少年、何用だ? 見たところ人間のようだが」
「ああ、俺人間じゃないし、一応御呼ばれしてる身なんだ」
「なに?」
その牛男が守る入口から十メートル程度離れた場所から牛男と会話をする。遠すぎる気はするが、これくらい距離を置かないと牛男が変に警戒してきそうだったからだ。
「ここの長であるリリア様。その忠実なる奴隷だよ。ああ、偉そうなのは許してくれ。リリア様のお気に入りだから、丁重に扱ってもらわないと困るんだ」
「……話には聞いていた。しかし、本当に人間などがリリア様のお気に入り? いささか信じがたいが、嘘をついている気配もしない。よし、通れ」
「ん、ありがとな」
厳つい見た目の割に話の通じるやつで助かった。難なく最前線基地への侵入を果たした俺はさっそくリリアを探す。と言っても気配察知で見当は付けていたのですぐに居場所は分かった。最前線基地の中央。建物が集合する場所の一室にかなと二人でいた。ただ、その場所がまた面倒そうだった。
(うーん、警備が厚いな。いや、別に潜入しようってわけじゃないからいいんだけど)
(絡まれそうではあるがな。どうする?)
(だから行くしかないだろ。別に疚しいことがあるわけではないんだし)
しかしこうも警備が厚い場所に向かうとなると緊張する。
リリアがいる部屋を中心に警備兵らしき気配がなんと五十程度ある。しかも一体一体がそれなりに強い。どうしたものか。とまあ悩むこともなく俺はリリアがいる部屋に向かった。途中何度か厳つい人、人? に出会ったが特に何か言われることもなく無事にリリアの部屋についた。
コンコンコン――
「どうぞ~」
「失礼します」
なんとなく雰囲気で敬語で入ってしまった。中にいるのがリリアたちだと分かっているのだからむしろ逆の方がいいんだろうが、入室時に敬語になってしまう癖は学生だったら分かると思う。ま、今の俺は無職なんだけど。
入室先でソファに腰掛けて優雅に紅茶を飲む美少女、リリアを見つけた。相変わらず流れるような金髪とお胸が魅力的である。少し視線をずらしてみれば絨毯の上で丸くなっているかなもいた。どうやら今はお昼寝中のようだ。猫のように丸くなってぐっすり眠っているその姿は本当に愛らしかった。
「お疲れ様~。やりたかったことはできたの?」
「ああ、一通り済ませてきた。リリアの方は何かやってるのか?」
「ううん、今は皆の準備中。国王様からは承認していただいたし、リルさんの意見を採用して今から作戦を実行するの。だから物資とか兵士とかの輸送とか、そういう準備を進めているところなの」
「なるほど。何か手伝えることはあるか?」
「嬉しいけど大丈夫。最近はここを空けてたし、仕事も何もなかったからね。みんながやる気でやる気で。その仕事をとっちゃったら何をされるかわからないよ?」
上品な笑いを浮かべながらリリアはそう言った。冗談のつもりなんだろうけど割と本気でビビったのでやめてほしい。さっきの牛男みたいなごろつきたちが襲ってきたら俺はどうなってしまうのか。
「そういうことじゃあ、しばらくゆっくりさせてもらおうかな。……いや、そうなると本当にやることなくなるな。どうしたものか」
「外でかなちゃんと遊んで来たら? 私が相手して上げられたらいいんだけど、仕事がないとはいえ今はここを離れるわけにはいかなくて」
「それもそうか。じゃあ、かなが起きたら遊びにでも行こうかな」
俺で遊び相手が務まるかは微妙だけどな、なんて考えていたその時――
ドンッ
部屋の扉が勢い良く開かれた。
直前まで気配察知や魔力探知に反応はなく、また音も聞こえなかった。リリアも気づけていなかったらしく驚きを隠せていないようだ。これは相手が俺やリル、リリアの探知系スキルを掻い潜り、さらには五感さえも完封する実力者がこの場に侵入してきたということ。
いち早くその正体を確かめねばと考えをまとめるまでにかかった時間が約百分の一秒。そして振り向いたときには、すでに気配察知に映る気配はリリアの目の前にあった。
(やばいっ!?)
この状況ならばリリアが狙われたと考えるべきだ。分割思考を完全には使いきれてないので思考加速としてしか使えていないが、その引き延ばされた脳内時間をフル活用しても相手の動きをとらえきれなかった。リリアもまたちょうど扉の方に振り向いたところであり、そして目の前にまで移動してきたそいつに気づいたところのようだ。しかし、もしもそのそいつがいまリリアに対して攻撃を仕掛けたのならば到底間に合わない。
(クソッ、間に合わない!?)
正常な姿勢でそいつの行動を制限しようとしたら到底間に合わない。我が身をなげうつ覚悟でリリアの前に飛び出ようとしたその瞬間、気配が動いた。それはリリアの前に立つそいつのものではなく――
「――」
「む?」
そいつの行動を阻むようにして躍り出た、かなのものだった。いつの間にか動き、そいつの腕を左手でつかみ、動きを封じている。右手には魔爪を発動しており、すぐにでも攻撃できる姿勢をとっていた。それなのになぜ攻撃をしないのか。その理由はそいつの、その正体にあった。
「ソル!?」
「ええ、先日ぶりね」
そいつは、そのゆっくりと振り向き、その赤い瞳でこちらをとらえた。
狐の尻尾と耳をくっつけた金髪少女。最強にして最恐の魔獣、ソルであった。
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