移ろい変わる

「よく来てくれました、リリア。元気そうで何よりです」

「はい。国王に置かれましても、ご息災のようで何よりです。近頃はまた力をお上げになったとか。このリリア、あなた様に負けるよう精進する次第でございます」

「はい、無理せぬよう、精進してくださいね。……さて、今回は私に提案がしたいとの話でしたが、それはあなたに従える奴隷、人間に関係が?」

「はい。今回、私の従者である司が人間国オレアスから有用な情報を多数収集してまいりました。その情報をもとに案を練り、この度進言させていただきたく参りました」

「そうですか。私とあなたの仲です。言ってみてください」


 薄暗い部屋の中、玉座の前に跪くリリアともう一人、国王を呼ばれるものが話をしていた。国王と呼ばれる者は玉座に腰掛け、大仰に足を組むがその視線にはリリアに対する親しみが込められていた。


「これより私は最前線基地にて戦争準備をさせていただきます」

「なるほど? つまり、サキュラとの戦争を申し出る、と言うことですか。しかし、現状では攻め込むのは困難、と言う話でしたよね?

「いえ、今回人間国オレアスから同盟の申し出がありました。対等な同盟を結ぶ、とまではいかなくても不可侵条約を結べば少なくとのかの国との戦争時に横やりを入れられることもないでしょう。オレアスの支援がないのなら勝算は十分。それと――」

「それと?」

「今回は心強い協力者がいます」

「なるほど? どなたなのでしょうか」


 リリアの発言に、国王は少しだけ口角を上げて問う。


「世界樹にあるダンジョンの、そこを支配していたフェンリル。ご存じですよね?」

「もちろんです。五百年前かつて世界樹のダンジョンに出向いた時、彼がそこの支配をしていました。そんな彼が、どうかしましたか?

「実は私の従者である司がかのフェンリルを下し、従えたのです」

「まさか……聞いた話だと、あなたが買ったのはあくまでただの人間、と言うことだったはず。本当にそんな力を持っているのですか?」

「恐らくですが、かのフェンリルが油断していたこと。そして、司のもう一人の従者の力による影響が大きいかと」

「もう一人の従者?」


 国王は気分が乗ってきたのか食い気味に聞き返す。その顔は楽しそうに笑っていた。


「黒虎人のかな、という名のようです。特殊個体で精霊を操れる力を持っていました。どうやら司の旧友のようで、私と互角の魔法戦を行える程度には力のある強力な個体です」

「黒虎人で名持、さらに精霊使い、ですか。なるほど、確かに強力な助っ人です」

「少なくとも、偽りの力ではない、とだけ」

「そうですか。ふふっ、なるほど、いいでしょう。あなたが勝機を見出した理由が分かりました。元よりかの国とは決着をつけておきたかったですし、停戦の期限も既に切れています。あなたの考えるように、やってみてください」

「はっ、感謝します」

「久しぶりに、世界が動きそうですね。この国の将来のために、頑張ってください」

「必ずや朗報を持ち帰ってくることを、このリリアの名に懸けて誓いましょう」

「その名に懸けて、ですか。……ならば、失敗はあり得ませんね。いい知らせを待ってますよ」


 国王は大きく笑みを浮かべ、期待した瞳でリリアを見た。リリアも小さく笑みを浮かべた後、その場に立ち上がりその部屋を後にした。

 一人になったうす暗い部屋の中で、国王はなおも笑みを浮かべていた。


「この数百年の停滞がついに動き出す。そして、その鍵となったのがたった一人の人間、ですか。……あなたもそろそろ目覚めるころですよね。どうせなら、見ていてください。これから面白いものが見られそうですよ」


――

――――

――――――


「動き出せば、均衡が崩れる。それを知っている彼女ならば、今回の件をどう捉えるか、簡単に想像できる。……あの子が鍵になっているっていうのなら、殺すのも辞さないかもしれない。私も、どうなってしまうか分からない、か。……傷つけたくないな、誰も」


――

――――

――――――


(さて、俺達も出発の準備をしないとな)

(そうだな)


 リルによる憑依一体を解除した俺とリルはリリアの家で出発の支度を進めていた。どこへの? と問われたら、亜人国である。

 かなとリリア先に行ったが、俺達は別件で遅れた。それで俺達だけ今から向かうわけだ。


(にしても結構かかったな)

(すまぬな、付き合わせてしまった)

(まあいいさ。どうせまだ開戦まで時間がある。あそこには俺も世話になってたし、後片付けくらい手伝うさ)


 俺たちが作業をしていたのはリルの住み着いていたダンジョンだ。久々に来たということでリルが生態系の変化がないかとかを気にして確認しに来たのだ。そのついでリルの魔力が残っていないかとかも調べた。戻ってくる気はないのだし、リルのような強力な魔獣の魔力が残っていたらこのダンジョンに新しく住み着くことが難しくなる。かなり広く、リルですら全容を把握していない規模なので他のものに有効活用してほしいのだとか。


(でも意外だったな。お前だったらテリトリーを侵されたくないとか言いそうなのに)

(我とて本来は上に立つべき上位魔獣。テリトリーの保持は確かにプライドとしても尊厳としても必要だろう。だが、今となってはただの従者。それがテリトリーを気にするのは見当違いもいいところだ。我はそこまで傲慢ではない)

(まあ、確かに傲慢ではないよな。プライドは高い気がするけど)

(それを言うな。癖だ。数百年間維持してきた貫禄だ。仕方のないことなのだ)

(ほらやっぱりプライド高い)

(うるさいぞ)


 と言ってもリルのプライドはウザくないので俺はそこまで気にしていない。それに、確かにリルはもともと最上位の魔獣。自身のプライドを持つのも普通というか、尊厳のために自分を誇示するのも大切だよな。


(それじゃ出発するとして、場所分かるか?)

(大体の場所はわかるが詳細な位置は分からないな。まあ、行ってみればわかるだろう)

(そうだな。まあ行くとするか)

(だな)


 そして俺たちは目的地も定かでないままに出発したのだった。

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