ソル

「ふうん、精魔人? 珍しいわね」


 俺の瞳を覗き込むように前かがみになる、その少女に合わせて俺は後ずさる。一歩二歩と下がると、少女も合わせて進み、距離を詰める。背の問題で見上げられているはずなのに、強大な何かに見下されているかのような圧をひしひしと感じた。


(や、やばくないか? 今すぐにでも殺される気がするんだが)

(大丈夫だ、安心しろ。一撃くらいなら受けても瀕死で済む)

(なにも大丈夫じゃない)


 本当にリルは冗談きつい。俺が死んでもリルが死なないとはいえ、さすがに余裕を持ちすぎだと思う。自分で言ったんだぞ、最恐の魔獣だって。


(か、かな、大丈夫か?)

(……勝てない)

(かな?)

(あの子、強い……勝てないよ司。どうする?)


 視線を動かすこともできず念話だけでのやり取りだが、かながかなり怯えているのが分かった。ルナの時だって、好戦的な態度をとったっていうのに、今回は違う。まあ、多分原因は目の前の少女から迸る殺気だろう。ルナの場合は、出会った時からこちらを試そうとしていた。でも、少女は違う。理由は分からないが、殺気を隠すつもりはないらしく気圧されてしまう。


「え、えっと……あなたは原初の七魔獣のソルさん、ですよね?」

「へえ、よくわかったわね。精魔人ってだけはあるわね。ねえ、ルナって知ってる?」

「ル、ルナ? あ、はい、知ってますよ?」


 予想外の質問でビビったが、彼女からしてもルナは知り合いなのだろう。ルナの口から敵対しているとかそんなことは聞いたことはないが、もしかすると俺に残っているルナの魔力を感じ取った? 核を強化するためにルナに魔法を使ってもらった時に少しルナから魔力をもらったからな。感覚の鋭いものなら気付くこともできるのだろう。


「どうしたの? どこにいるの?」

「今、ルナは人間の国にいます。えっと、俺達の旅の途中で出会ったんですけど、協力をお願いしたら快く引き受けてくださって……それで、その、人間の国の防衛をお願いしました」

「そう……嘘の臭いはしないわね。いいわ、解放してあげる」


 少女がそう言いながら身を引かせ、俺から目をそらしたと同時場を支配していた殺気が消え去った。どうやら、見逃してもらえるらしい。


「それにしても、ルナに頼みごとができるとか、相当信頼されているのね。あなた、どこの生まれ? 精魔人なんて何千年ぶりに見たかしら」


 その場を立ち去るかと思われた少女だったが、クルっと振り返り質問を投げかけてきた。どこ生まれ、とか聞かれてもとても困ります。


「えっと、俺は亜人国の所属、です。一応、四代目ハイエルフの部下、です」

「へえ、ハイエルフ。私、クイーンエルフとしか面識ないのよね。どんな子?」

「静かでお淑やかな人ですよ」

「ふーん、クイーンエルフとは全然違うわね。あの子はもっとおてんばで感情的だから」

「そ、そうなんですか……ところで、クイーンエルフって誰です?」


 サラッと出てきたが全く知らない。なんかすごそうな人ってことは分かるけど。


「あれ、知らないの? 一代目エルフの女王がクイーンエルフなの。寿命が長いから何もなければ今も生きてるはずだけど、行方は分かってないのよね。ハイエルフの知り合いなら知ってると思ったけど」

「ご、ごめんなさい……詳しい話は、聞いてみれば、多分……」

「ねえ君、敬語やめていいよ? ため口でも怒らないから」

「え、そ、そうか?」

「ええ。私そういうの苦手なの。ルナが聞いたら怒るんだけど」


 何だろう、話してみると今どき女子って感じがする。ルナと違って軽いっていうか、親近感を感じるっていうか。殺気さえ放っていなければ普通の女の子にすら見える。まあ、尻尾と耳が生えてるから違うってのは分かるけど。

 少し気になってかなを見てみれば、もうすでに復活していた。ひらひらと羽ばたいている蝶々を眺めながらあくびをしていた。切り替えの早い子だ。


「そう言えばもう一人いたわね。あっちは、黒虎人? 二人揃って珍しいわね。でも、あの子も亜人国の所属なの? 獣人国じゃなくて?」

「えっと、あの子はかなっていうんだけど、俺の直属だからな。多分、今はどこにも属していないってことになるんじゃないかな」

「へえ、なるほど。……あれ? あの子、もしかして精霊使い? あたりの精霊が騒がしいんだけど」

「そうだけど、そんなこともわかるのか。すごいな……」


 俺のことを見ただけで精魔人と当てたり、かなが黒虎人であることだけでなく精霊使いと当てたり、とんでもない少女だった。

 そう言えば、まだ彼女のステータスは見てないな。見てみるか。



種族:魔獣・陽狐

名前:ソル:固有権能陽光:陽光の下にいるとき、状態:天照神になる。生命力が半分を下回った時、妖光発動

レベル:89

生命力:7909/7909 攻撃力:29018 防御力:18291 魔力:20918/20918

状態:天照神

スキル:金陽、魔力感知Ⅹ、気配察知、解析鑑定、魔牙Ⅹ、魔爪Ⅹ、魔術・精神Ⅹ、魔術・空間Ⅹ、魔術・陽光、思考加速Ⅹ、精神強化Ⅹ、自然治癒Ⅹ、魔力自動回復Ⅹ、精神攻撃無効、状態異常無効、即死無効、擬態

権利:基本的生物権、魔術使用の権利、自己防衛の権利、自己回復の権利

称号:殺戮者、陽光の姫


《金陽:大幅に魔力を消費するが、触れた物質を燃やすことができる》

《天照神:身体能力と思考能力が大幅に上昇》

《陽光の姫:陽狐に与えらえる。権能:昼の時間を延ばすことができる》


 天照神。その名に恥じない能力だ。なるほど、あの冴えわたる頭脳は天照によって思考能力が上昇しているからなのか、と一人納得する。ルナと同い年だとルナから聞いていたが、内面は幼く見える。まあ、それでもレベルの分だけ戦闘を経験しているのだろうし、甘く見ることはできないが。

 話してみればいいやつなので、仲良くしたいところではある。


 ……あれ? ちょっと待て、ソル、解析鑑定をもって……。


「あ、今解析鑑定使ったわね? 持ってるのは知ってたけど、勝手に人の能力見るのは失礼ってものじゃないの?」

「お互いさまでは?」

「ふふ、その通りね。まあ許してあげるわ。……でも、解析鑑定を持っている人が他にも……私とあと数人しかいないのに」

「え、何か言ったか?」

「いいえ、何でもないわ」


 何かぼそぼそ言っていた気がしたが、よく聞き取れなかった。


「で、まあ私が解析鑑定を使えることが分かったわけだし、ばれてることもわかっているのでしょう?」

(なるほどな。さすがに鑑定眼の精度が高すぎると思ったが、解析鑑定持ちだったわけだ。驚いた。七つの大罪がそんなものまで備えていると、かなり恐怖だな)


 皮肉っぽくリルは念話で言った。今、めっちゃ不穏な単語が聞こえたんだけど、大丈夫?


「あれ? そんなことまで知ってるの? 全く、有名狐は大変ね」

「えっと、七つの大罪ってことは……」

「うん、結構前に大虐殺したっていう原初の七魔獣、私のこと。まあ、後悔はしてないわ。反省もしてない」

「ダメじゃねえか」


 思わず素で突っ込んだ、が、正直それどころではない。目の前に立っている者が改めてえげつない存在だと分かって、俺は冷や汗を流した。

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