第四章
陽孤
「なあ、ソルは今が楽しいか?」
「楽しいんだと思うけど、急にどうしたの?」
小首をかしげるその少女に、司は答えた。
「別に。楽しんでるなら、それでいいんだ」
「ん? やっぱりおかしな人ね、司は。でも、嫌いじゃないわ」
ニヘラと笑って見せた少女に、司も笑みを返した。
――
――――
――――――
(転移ができないってどういうことだ?)
(わからん。しかし、どういうわけか我のテレポートが妨害されているのは確かだ)
(かなもできない……。ごめんね?)
(いや、かなが悪いわけじゃないんだ……でも、なんでだ?)
オレアスの王都を離れ、世界樹の中に入ったのち、俺達は転移魔法でリリアのもとに帰ろうとしていた。だが、そこで問題が発生した。どういうわけか転移魔法が発動しないのだ。俺の解析鑑定も特に何かを感知することもなく、魔力感知にも反応はない。気配察知やかなの魔術・精霊を使ってみてもわからない。
特殊な結界が張ってあるわけでもないし、魔法の干渉を受けたわけでもない、はずだ。もし本当にそうだとしたら、俺達よりも圧倒的上位者によるものだろう。それこそルナや、それよりも上位の存在によるものだ。
例えば、この世界を管理すると言われている神とか。だが考えてみても答えが出るとは思えず、俺達は再び歩き出した。
「まあ、本気を出して走れば数日もしないうちに着くだろうし、良いか」
その時の俺は、その程度にしか考えていなかった。
(ふう、だいぶ移動したな。あと半分くらいか?)
(二日全力で走って半分。まあ上等だろうな。成長下ではないか、司殿)
(俺の力ってわけじゃないからなあ……まあでもありがとよ)
素直に称賛を受けられないのは、まあ俺が強くなったのはかなやリルのおかげだからだろう。今もなお憑依一体状態だが、そうでなかったらもっと遅かった。かなのおかげで精魔人になれていなかったら、さらに遅かった。走る速度もそうだが、以前までは持続力がリルたちと比べて絶望的に足りてなかったからな。
かなは精霊完全支配を使い続けることで俺以上の移動速度を保っている。世界樹の中には精霊が多く居るので精霊完全支配状態を保つのも難しくないらしい。戦闘においては相手の意表をつくためにあまり使わないようにしているようだが、今回は俺がいま全力で走ったらどれくらいの速度で亜人国に着くか、を検証したくて協力してもらった。
(かなも大丈夫か?)
(ん。元気だよ)
(それは良かった。じゃあ、一旦この辺で休憩にするか? 二日も精霊完全支配は、さすがに疲れただろ?)
(ありがと、司)
(俺が付き合わせたわけだし。それに、俺も疲れたし)
実際肉体的には限界に近いだろう。この世界では核の強さ、わかりやすい基準で言えばレベルによって肉体の強度も変わってくる。レベルが高ければ、体力も攻撃力も防御力も高くなる。もちろん生命力も高くなるし、持続力だって伸びる。
核が強くなること=自分が強くなることと同義というわけで、核が精魔核になったことで俺は急激に強くなった。だが、それでも限度があった。
元々が人間の体っていうのもそうだが、そもそもレベルが低い。今俺のレベルは60未満。全盛期のリルやかな、ルナなどと比べてかなり低い。そうなれば必然的にこの三人よりも弱くなるのだ。
今はリルによる憑依一体状態だからかなよりも走れているが、もし俺単体であったら一日中走った時点で力尽きてるだろう。それだけ、俺はまだまだということである。
(まあ、休憩と言っても大したことはしない。しばらく座って休んで、残してあったご飯を食べて、また出発だ。大丈夫そうか?)
(ん、大丈夫。早くリリアに会いたいから、頑張る)
(そうだな。リリアにもしばらく会ってないよな)
そこまで親交が深いわけではない。でも、リリアは俺の主に当たる。これは精神に直接刻むタイプの制約なので、核が破壊されるかリリアが解除するまで解放されることはないが、決して嫌なわけではない。リリアは俺に優しくしてくれたし、大したこともできない俺を頼ってくれた。ここ数年の間で黒江以外に優しくしてくれた人、というのも大きいが、彼女が俺に注いでくれた愛情は本物だった。
そんな彼女のために、と考えてしまうのは自然なことだと思う。だからこそ何度か死にかけても頑張っているし、挫けずに進んでいける。まあ、実際一回死んだわけだが。
それでもまあ、今こうして元気なわけだしリリアに対する敬意は生きている。そういうわけで、かなと同じで俺も早くリリアに会いたいのだ。
(さて、飯の支度でもするか。リル、ディメンション・ポケットを頼む)
(わかった)
日が沈み、あたりは静寂に包まれる。俺たちが適当な岩場を見つけて背を預け、休憩を始めてから三十分ほどたった。ご飯は既に食べ終わり、俺もかなもある程度の満腹感を得たので、当たり障りのない会話を念話を通じて行っていたのだが、それは遮られた。
(そこの人類。何をしている?)
脳に直接語り掛ける念話。この感覚は以前体感したことがあった。そう、オレアスの商業都市オリィに向かう最中の道のりで、ルナがやっていたような念話。
魔力感知と気配察知を頼りに相手の位置を割り出しそちらを振り向くと、燦燦と輝く太陽に照らされた、黄金色の衣を持つ少女が俺たちが寄りかかっていた岩の上に立っていた。
おかしい、さっきまで夜だったはずだ。それに、こんなに接近されるまで気配を感じなかった。リルもかなも気づいていなかったようだし、何者だ? そんなことを考えていると、リルが焦り気味に言って来た。
(逃げろ)
(え?)
(いいから逃げろ。あいつは――
陽光に照らされて輝く黄金色の頃も、ゆらゆらと揺れるふっくらとした尻尾、風が吹くたびにピクピクと動く耳。背丈はルナほどしかないが、感じる圧はこちらの少女の方が圧倒的に強い。その黄金の瞳に見られているだけで、金縛りにあったような感覚になり――
「ねえ君、聞いてるの?」
一瞬で、俺の目の前に少女は降り立った。気づいたときには吐息が届くような距離にいた。でも、感じるのはロマンティックな雰囲気ではなく、純粋な恐怖。ルナと対峙したときよりも、アリシアと剣を交えた時よりも感じる恐怖。世界の終わりを錯覚するほどの、恐怖だった。
(そいつは、原初の魔獣。陽孤のソル)
リルから念話が届くが、頭に全く入ってこない。俺は他だ少女の瞳を見つめ返すことしかできない。そらしたら、殺される気がした。
(太陽を司る、最恐の魔獣だ)
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