対等の意味

 交差する剣と剣。混じり合う魔力と聖気。駆け巡る光と氷。そして、響く斬撃の音、入り乱れる、閃光。

 すでに常人では追いきれぬ速さで乱舞する闘志。その戦いを理解する術は、ない。

 閃光に遅れて聞こえてくる音と吹き荒れる風だけが戦場を覆った。


「《魔爪》」

「《クイックカット》」

「《アイシクルアロー》」

「《デュアルスラッシュ》」


 掻き消える音の中には小さく、そして鋭く叫ばれる技の名前があった。そのつぶやきは、確かに魔力に籠り、力となる。激しい切り合いの中で、魔力の光が輝いた。


「《分割思考》」


 小さく呟かれたその言葉の後、二つのの魔法陣が上空に現れる。


「「《アイシクル・メテオ》」」


 二人分の詠唱が叫ばれたのち、特大の氷塊が魔法陣から飛び出した。


「《ハードストライク》」


 剣から放たれた聖なる光が二つの氷塊を砕く。弾けた氷塊のかけらが降り注ぐ。


「「《司水者》(《影分身》)」」


 氷塊のかけらが水へと姿を変え、やがて矢のような形になる。戦場をかける人影が倍に増えた。


「《聖気解放》」


 放たれた聖なる光で、水の矢が搔き消える。それに対する三つの人影が、三方向から襲い掛かる。少女の弾けるオーラで二人が消滅するが、残る一人が技を放つ。


「《クリスタルアイビィ》」


 彼の握る剣から無数の氷の鞭が現れた。少女を覆いこむように突き進んだ鞭だったが、少女の一振りによって切り伏せられる。

 それでも彼は突き進み、大ぶりの一振りを見舞う。少女はそれを受け止める。


「やっぱり、ただ者じゃないな、アリシアは!」

「司も、やはりただものではありませんねッ!」


 火花が散り、一瞬剣と剣の間に弾けるような衝撃が走る。二人はいったん距離をとり、再び駆け始めた。

 激しい打ち合い、氷の魔法、聖気による斬撃、入り乱れる乱闘の中に、それでも輝く二人の剣士は、ただ一心、より強くなるために剣を交える。


(冷徹者を発動してないとはいえ、ここまで押し込まれるとはな!)

(これなら、勝てるッ!)


 連続する打ち合いの中で、やはり自力の差が出た。やがて司は押され始める。


「す、すごい……目で追うこともできないだなんて……」

「なるほど、これが人間の最高峰……なかなか侮れないものかの。もしかしたら妾も――」


 少し離れたところから見守るカレラとルナはそれぞれの感想をつぶやき、


(すごい)


 かなは目を輝かせた。


(だが、簡単には負けないッ!)

(っ!? これは、偽物!?)


 王女の一振りがとらえたのは司の分身。いつの間にか入れ替わっていた司。空振りに終わった斬撃は王女の体を僅かに揺らす。

 その背後から、人影が現れた。


(っ!? やはり、やってくれましたねッ!)


 王女は小さく微笑んだ。


「《聖気解放》」

「なっ!?」


 王女から聖なる光が放たれ、司の体は押しのけられる。ふらついた司の体に、一振りの剣が見舞われる。


「《影武者》」

「なっ、また偽物!?」


 王女の剣が司に触れると同時、標的が掻き消えた。またも空振りに終わったその攻撃は辺りを舞っていた砂煙を振り払うだけだ。

 次に司が現れたのは王女の後方数十メートル。王女はそれに静かに振り向く。


「もう不意打ちはしないのですか?」

「通用しないのは分かったからな。それに、今の俺じゃあどうしても敵わないってことも。だからこそ、次の一振りで勝負を決める」

「いいでしょう。最後に全力を見せて差し上げます」


 共鳴する感情は、ただひたすらに上を目指し続ける向上心。二人の想いが今、交差する。


「《冷徹者》ッ!」

「全身全霊っ、《瞬絶》《聖剣》ッ!」


 司は向上心を力に変えて冷徹者を発動した。辺りの光景がゆっくりになるが、感じる王女の聖気は加速するばかり。


(やっぱり、面白いっ!)


 ニッ、と笑った司は、右足を引いて、前傾姿勢をとった。王女もまた、剣を正面に構えた。


「「いざッ!」」


 二人の重なった声と同時、暴風が吹き荒れ、大量の砂埃が舞い上がる。

 一瞬の後にお互いを間合いにとらえた二人は、精一杯の笑顔とともに、全力の一刀を放った――


 二人の足元が大きくくぼみ、クレーターが出来上がった。舞い上がる砂埃は暴風によって空へ舞う。

 空間を支配していた聖気と魔力が弾け、心地よい風が吹き込んだ。


「ったく、結局こうなった」

「でも、嬉しそうですね」


 クレーターの中心には、体を地面に投げ出し王女を見上げながら悪態をつく司と、それに視線を返しながら小さく呟くアリシアがいた。


「はぁ……全身が痛い。頭が痛い、足が痛い、腕が痛い。でも、楽しいな。どうしてだろ」

「全力で体を動かすのって、とっても楽しいですよね。私もそう思います。……立てますか?」

「手を貸してくれ」

「ふふっ、わかりました」


 楽しげに笑いながら、アリシアは司の手を取った。そして手前へを引き込み、司を立ち上がらせる。

 立ち上がった司は激痛が走る頭を抑えながらも笑って言うのだ。


「ありがとな」

「いえいえ、お互い様です」


 ――

 ――――

 ―――――――


「では、また。今度は正式な交渉の場を用意してお待ちしていますので」

「ああ、またな。カレラも、元気にしろよ」

「は、はいっ! それでは皆さん、また会いましょうっ!」


 カレラは涙ぐみながら、手を振っていた。


 すでに精霊空間は消え去り、王城の前。そこで俺たちはカレラとアリシアに向かい合っていた。


 俺とアリシアの戦闘が終わったのち王城に戻ると、魔法によって眠らされていた国王と女王を発見した。かなの魔法で魔法を解除して、二人を起こしたのち、アリシアがここまでの経緯を説明した。そのおかげで俺が勝つことはできなかったが、王女の意見によって亜人国との交渉は成立した。


 後でリルにそれでよかったのかと問うたが、良い案があるという。

 これから正式に同盟を結ぶ準備を始めることになった。その手続きのため、司たちは一旦亜人国に帰ることにしたのだ。


 で、その案はと言うと。


「じゃあ、その間の防衛はルナに一任するってことで。あとは任せたぞ、ルナ」

「任されたかの。できるだけ早いお迎えを待っているかの」


 手薄になった国の守りをルナに任せるというものだ。元々世界樹の中で広大なテリトリーを誇っていたルナだ。ルナ自身嫌がってはいなかったし、きっとこの国を守り切ってくれることだろう。 


「善処するさ。まあ、あんまり期待はすんなよ? どうしてか俺は強敵と戦わされる運命にあるみたいだから」

「分かったかの。気長に待つことにするかの」

「でも、よろしいのですか? ルナ様は司にとっても大切なお仲間のはず……」


 そろそろ別れの時間となったためルナとあいさつを交わしていたところに、アリシアが割り込んできた。


「まあ、一時的にだし。同盟結ぶ前にこの国に滅びてもらっても困るし。実際、空鯨を落としたり王城にばれずに忍び込んで王家を眠らせたりするような実力者集団だ。アリシアが強いのは知っているけど、心配だからな」

「そ、そうです、か。……はい、ありがとうございます。ルナ様も、よろしくお願いします」

「任せるかの」


 少し頬を赤くして、誤魔化すようにルナにお願いするアリシアに、ルナは笑顔で答えた。


「さて、それじゃあそろそろ出発しますかね」

(そうだな。さっさと帰って、リリア嬢を説得しなくては)

(司、リリア元気かな?)

(ん? 大丈夫だろ。リリアなら。久しぶりに会うのが楽しみだな)

(うん!)


 空を見上げれば、すでに日は暮れて、橙色の光が差し込んできていた。


「じゃあ、またな、アリシア」

「はい、また会える機会を楽しみにしています。……愛する人……」


 言葉の最後に付け足されたアリシアのつぶやきは、小さく消えていった。


「ん? 最後何て言った? 小さくて聞こえなかったんだが……」

「いえ、何でもありません。また会った時、もっと強くなっていることを期待していてください」

「……それじゃあいつまでたっても俺が勝てないじゃないか」

「ふふっ、それでは、司も強くなってきてください」

「頑張るさ」


 最後までヘラヘラと笑いながら、俺たちはその場を去ったのだった。。


 高貴の姫はアリシアの固有能力だ。どんな相手に対してもプレッシャーを与え、自身の感情を整えて常に精神的に優位性を確保するという能力なのだが、実は相手によっては効果を発揮しない。

 アリシア自身よりも圧倒的に上位者ならば、そもそもプレッシャーを受けなかったりするが、そうではなくてそもそも効果対象外の存在がいる。

 その者こそ――


「私の、未来の旦那様。また会えることを、楽しみにしていますよ」


 ――神に認められた、剣聖の恋人となるものだった。

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