復活
いつからだろうか、俺の意識が戻ったのは。気づいたときには背中から頭にかけて何かに触れている感覚があった。全身がほんのり温かいし、僅かに光が見える。サラサラと草の揺れる音もする。体を動かしている時の感覚が、完全に戻っていた。
目を開けるか、試してみると案外容易に開いた。
「司?」
視界を覆いつくす陽光と青空。そんな景色の端に移ったのは、黒い髪の猫耳少女。その姿が見えると同時に、久方ぶりに耳を撫でる日本語が聞こえてきた。それは、俺の名前だった。
「かな?」
「司ッ!」
至近距離で名前を大声で叫ばれたかと思ったら、抱き着かれた。かなの顔が俺の胸元に押し付けられる。
「かな、痛いんだが?」
「司ッ! 司ぁっ!! づがさぁっ!」
「ああ、そう言えば日本語は通じないんだったな……」
俺の腕と体を締め付けるかなの腕にはかなりの力が入っていて、押し付けられた頭も俺の胸骨をゴリゴリ削っている気がした。でも、それに抵抗する力も出ない。復活直後ということもあるだろうが、そもそも全力のかなに抵抗する力は俺になかった。
助けを求めたくて首を振れば、リルにルナ、カレラや王女の姿も見受けられた。俺が寝そべっているのは、限りなく続くのではと思わせるような草原だった。
いや、ここどこだよ。そして、どうして王女が一緒にいるんだよ。全く状況の理解ができないんだが?
(ここ、どこだよ)
(かな嬢の精霊空間、ユグドラシルだ。別次元というより、別世界と呼べる空間だな。先ほどまで、ここで悪魔掃除をしていてな。少し復活が遅れた)
(それくらいどうだっていいよ……)
皮肉っぽく笑って返すと、リルも僅かに微笑んだ。
いや、悪魔掃除ってなんだよ。さらに状況が読めなくなった。
かなが抱き着いてきているのとは反対側から何かが手を掴んできたと思って見てみれば、俺のそばに膝とついて涙を流すカレラの姿があった。
「――――ッ!―――、よかったですぅっ!」
おっ、聞き取れた。順調に言葉の翻訳ができるようになってるな。
カレラは俺の左手を優しく包みながら、嗚咽交じりに何かを叫んでいた。流れる涙は、うれし泣きによるもということだろうか。そこまで関わりがあった気はしないが、カレラは優しい人間だからな。俺が死んで、生き返ったということでかなり衝撃を受けたんだろうな。復活してここまで喜んでくれるとは思っていなかった。喋ったこともないような仲だが、俺は仲間に恵まれたな。
まあ、カレラからしてみれば尊敬の対象なのだろうし、当然っちゃ当然か? でも、そうなると素直に喜べないような気がして、俺は考えるのをやめた。
そんなことを考えていると、今度はルナが念話で語りかけてきた。
(無事かの?)
(一度死んだことを無事っていうなら、まあ無事だな)
(それは無事というかの。まあ、妾基準だと、という話になるかの)
(じゃあ無事じゃないってことで。でも、おかげさまで元気だよ)
(それは良かったかの)
冗談かなと思ってルナの顔を見てみれば、純粋な笑みを浮かべてこちらを見ていた。言動から死を軽く見てると思えたルナだが、もしかしたら俺の無事を本当に喜んでくれているのかもしれない。そうだとしたら、まあ嬉しいかな。無事を喜んでくれる人とか、今までほとんどいなかった気がするし。
そこで、特に何も考え無しに俺は王女の方を見てみた。
そこには大人びた雰囲気で小さく微笑む王女の姿があった。美しい装飾の施されたドレスアーマーは返り血に染まり、ところどころ腐食している。リルが悪魔の掃除と言っていたし、それなりに激しい戦闘をしていたのだろう。頬にも小さなかすり傷があった。
それが気になって改めて皆を見てみれば、カレラの服もところどころ黒く染まっているし、かなの肌にも小さな傷が何個もあった。ルナとリルは無傷だが、それ以外の三人はそれなりに被害を受けているようだった。
(かな、大丈夫か? 無茶してないか?)
さすがに気になってかなに聞いてみた。
(大、丈夫だよっ! 司こそ、変なところない? 元気?)
(痛みも感じないし、元気だよ。かなのおかげだな)
(ううん、ごめんね。守れなくて……かな、恩返ししたかったのに……)
そう返してきた後、かなは俺に抱き着く腕の力を緩め、顔を胸元から離して俯いた。表情に陰りがあるのは本人が言った通り俺を守れなかったから、なんだろうが……。なんだろう、その、かなに守る対象として見られているのはやっぱり変な気分だな。
もちろん、嬉しいんだけど。できればいつまでも俺はかなを守る側でありたい。でも、確かにかなの方が強いしなぁ……。あれ? 助けるといえば――
(そう言えばリル、お前、俺が死ぬのをただ見てたってことだよな? 助けれくれても良かったんじゃないか? あと、どうして王女がここにいる)
(ああ、そう言えばちゃんとした説明をしていなかったな。実は――)
その後リルの説明を受けて言えるのは、何それ、である。まず、俺が死んだのは王女のせいではなく邪神教徒のせいであるということ。そいつを王女が殺したこと。そして邪神教徒が悪あがきで呼び出した悪魔の掃除をしていたこと。超展開過ぎてついていけなかった。
リルが俺を助けられなかったのは、あのまま順当にいけば俺のスキルが発動して王女の攻撃を避けられると思っていたからであり、邪神教徒の接近に気づけなかったのは邪神教徒の羽織っていたローブが存在感を限りなく隠す代物だったかららしい。まあ、そのローブは王女がそうとは知らずに切り裂いてしまって、もう使い物にならないそうだが。残念で仕方ない。
(さて、そうなるとあとは何をするか、分かるか?)
(……おい、まさか決着を付けろとか言うんじゃないだろうな……)
王女と決着がつかなかった。そして俺は目覚めた。場は整っている。つまり? 王女と決着を付けろとリルは言いたいのだろう。が、断固拒否だ。
(そもそも俺が勝てる可能性があるとでも? 見てたんだろ? どう見ても圧倒されていたじゃないか)
(圧倒されていたわけではないだろう? 先ほども言ったが、スキルの発動さえ間に合えば司殿は生きていた。そこからいかようにでも立ち回れたし、勝てる可能性もあった。それに、見た感じ強化されたのだろう?)
(うっ)
どうやらリルには精魔核を得たことによって俺が強くなったことがばれているらしい。
(他にも何か新たな力を得たのではないか?)
(……もしかしたらリルを憑依してもステータスだけ借り受けて俺が自分で戦えるようになったかもしれない)
(おお、いいではないか。それならば完璧だな。文句は言わせないぞ?)
(なんで生き返って早々戦わねばならないのだ……)
言ってしまえば病み上がり。そんな状態で生きるか死ぬかの戦いをしたくない。
(まあ、ひとまず取り付いてみるぞ?)
(いや、まあいいけど……)
念話でリルと会話している間もかなは抱き着いたままだ。カレラは落ち着いたらしく、涙こそ止まっているが握った手を放していない。
(あー、かな? ちょっと離れてくれるか? リルが体に宿るっていうからさ)
(……もうちょっと)
(お、おう……リルにも言っておくよ)
あどけない表情で語りかけてくるかなの可愛さに負けて、リルを説得し、もう数分の間かなの抱き枕になるのだった。
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