時は遡り邪神教のアジトに向かう途中、実は少しばかり事件が起きていた。


(そういえば司殿、我の能力を司殿自身で操るようになるための参考になりそうな資料も発見されたぞ)


 王城やその近辺で情報収集を行う中で見つけたのだろう。リルがディメンション・ポケットから一つの書物を取り出した。


(これによれば、魔術・精神の中にあるスピリチュアル・リマインダーという精神記憶を移し替える魔法を応用することで一時的にスキルを移植できるようなのだ)

(なんだそれ……。まあ、試してみる価値はあるだろうが、それってリルのステータスは引き継がれるのか?)

(それは難しいであろうな。我のステータスが司殿に上乗せされるのは我が核そのものとして司殿に宿っているからだ。スキルだけの移植では恐らく無理だろう。だが、スキルだけでも十分に活躍できると思わないか?)

(それはそうだな……。まあ、やってみてくれよ)

(では、妾がやるかの)

(うおぉっ!? 割り込めるのか、念話って……)


 突然ルナの声がして、俺は脳内で驚きの声をあげた。……どんな状況だ?


(妾の魔術・精神の練度もかなり上がった故、リル殿の許可さえあればいくらでも割り込めるようになったかの)

(さすがは何千年もの時を生きる月狼、格が違うな)


 俺の中でのルナへの評価が、何段か上がった。尊敬を通り越して崇拝しそうな勢いだが、性格が少し歪んでいることを考慮して多少なりとも敬意がある相手に止めておくことにする。


(……ちなみに、高位の精神魔法は相手の心を読める、と言われているかの。もっと言えば、記憶を覗けるとも。妾ならばすぐに習得できるかの)

(きゅ、急にどうしたって言うんだ? それはすごいことだと思うが、どうした?)

(特に他意はないかの。言ってみただけかの)


 こいつ、魔術・精神なんてなくても心読んでるだろ。まあ、俺もカマ駆けに引っ掛かったりはしない。俺は成長する人間なのだ。


(ねえ司、どうしたの?)

(ん? ああ、かなか。実はルナが俺を強くしてくれるっていうんでな。ちょっと待っててくれるか?)

(ん、わかった)


 俺が伝えると、かなはその場にペタンと座った。やはりかなは可愛いな。うちのメンツで唯一の癒し系だ。常識人とは言えないが、まあリルとかルナと比べればよっぽどましだろう。


(……それでは始める。しかし、この魔法は大変危険なので命の保証はできないかの。万が一妾の手元が狂って司殿が異常をきたしても責任は取らないかの。それでもいいかの?)

(怖い怖い怖い。やめてくれよそういうこと言うの)


 こいつ、やっぱり心読んでないか? 俺がルナを脳内で馬鹿にした途端にこれだ。それにありえない話ではない。


(というか、こんなところでいいのか? 確かに周りに人はいないが、街中だぞ? 騒ぎになるようなことはないよな?)


 気配察知で確認したが、周囲に人はいない。まあ、貧民街の奥のほうの、それも路地裏だ。誰もいなくてもおかしくはないが妙な静けさに鳥肌が立つ。それに暗い。今更暗闇が怖いわけではないが、不気味だ。つい先ほどクジラが降ってきたばかりなので、どうしても色々と警戒してしまう。杞憂に終わるといいのだが。


(特段大きな儀式を行うわけでもないからな。問題はない。すぐに終わる。では、ルナ女史、頼んだぞ)

(わかったかの)「スピリチュアル・リマインダー」


 俺に向けられたルナの手のひらから光が飛び出し、リルを宿した状態の俺を包みこむ。一瞬怠さに襲われ、足元がふら付いた気がした。と言っても、今の俺は体の操作権を持っていないので気のせいだろう。

 そう言えば、精神に干渉する魔法だって言ってたな。精神ってことは核にも関係しているかもしれない。もしかしたら、魂が何らかの影響を受けたのかも。

 これが異常事態では困ると思いルナに伝えようとしたとき、しんさんから報告が来た。


《報告:核への干渉を確認しました。抵抗に失敗しました。魂の保護に移ります。魂の保護、成功しました。核への影響は精神帯への干渉、及びスキルの移植。実害はないものと判断します。核の精神帯増加に伴いステータスが上昇します》


 上手く行っている、ということでいいのだろうか? それに、ステータスが上昇するのか。いいな。リルは無理だろうと言っていたが、実際上昇したみたいだし、いい感じだ。

 とか思ったのがいけなかったのかもしれない。


《報告:精神帯、及び隣接する魔力機関への損傷を確認。警告:核損傷率20.9%。抵抗を開始します》


 あ、あれ? 実害はないんじゃ……。


《報告:使用された魔法の性質変化を確認。名前:司に対する魔法が干渉した名前:リルの核と名前:ルナの放った魔力の適合率、0.2%。性質変化により、放たれた魔法が精神破壊魔法へと変化。……抵抗に成功しました。核損傷率31.9%。精神活動への支障なし。修復所要時間七十二時間。一時的にステータスが低下します》


 ……言葉も出ない、とはまさにこのことを言うのではないだろうか。スキルを貰って、俺が強くなる? はは、俺の精神の三割がぶっ壊れたらしいが、何か? でも、幸いステータスの低下だけで済んだようだ。大事な記憶とか失われなくてよかった。


《報告:記憶の破損を確認。修復を試みます》


 ……えっと、もうかなり重症なのでは? あの、大丈夫だよね? 記憶を完全に忘れたら、何を忘れたかすら忘れるんじゃないか? 大丈夫、だよな? 俺、何か大切なこと忘れてないよな!?

 い、いや、今はそんなことよりもルナに文句を言ってやらねば。


(おいルナ! 何してくれてんの!? 本当に手元を狂わせるとは思ってなかったわ!)

(わ、妾とてリル殿と魔力の適性がここまでないとは予想していなかったかの……。我が眷属でなかったのか?)

(そのはずだが……。まあ我はルナ女史の直系ではないからな。しかし、我もここまで適性がないとは、予想だにしていなかった。悪い、今回ばかりはこちらの不注意だ。許してくれ、司殿)

(お、おう……素直に謝られるとそれはそれで調子狂うな……)


 今までが今までだっただけに何だか釈然としなかった。


(しかし、その影響で我にも被害が出たぞ……。本来魔力で補われるはずの核の一部が完全に消滅している。修復にどれくらいかかるか、分かったものじゃないな……)

(俺のほうも結構な被害を受けた。三割くらいの核が削れたっぽい)

(さ、三割、だと? よくそれで意識を保てているな。核はいわば目に見えない本体だ。核の損傷をわかりやすく言えば肉体の損傷だ。つまり司殿は肉体の三割を失ったに等しいはずなのだが?)

(えっ……それやばくね?)


 肉体の三割って……え、洒落にならないよね?


(それなら、司殿の冷徹者というスキルのおかげだと思うかの。精神強化の上位版である冷徹者は魂の保護と核の強化にも優れているはずかの。精神帯は、まあもともと脆いから仕方ないかの)


 ちなみに精神帯とは魂を覆う魔力、核の一部で、主に記憶や意思、スキルやステータスを管理する部分のことだ。精神帯は核全体の約八割を占め、強くなれば強くなるほど、精神帯も大きくなる。だからスキルが増えたりステータスが上昇したりするらしい。

 だから、この世界ではステータスが上がれば強くなるわけではなく、強くなることでステータスが上がるらしい。まあ、感覚的にはあまり変わらないが。


 で、その精神帯以外の核が魂を守る壁のような役割をしている。全体の二割程度しかないが、魂を中心に球体に広がる核の、もっとも内側に形成されるその部分は、精神帯よりもはるかに薄いがその保護力は精神帯の数百倍に上るという。そしてこの壁が壊された時、精神帯だけでは保護しきれなくなり、生物は死ぬということらしい。相変わらずこの世界のルールは難しい。理解し難い内容であった。


(ま、まあ大丈夫ならそれでいいや。……で、多分リルのスキル自体はもらえたけど、成功か?)

(目的は果たしたが……)

(成功かと聞かれると、微妙かの)


 気まずそうに眼をそらすルナと、声音からわかるくらい怠そうなリル。

 二人の反応からして失敗ではないが成功でもないらしい。でも、俺としてはスキルを入手できたわけで、嬉しいのだがな。


(ステータスが低下したのは痛手が、リルのスキルも借りられたし、いい感じだな。これで今度からこの体を自分で動かしながらリルの力の一部を使えるわけだ。いつ使うことになるかはわからないが、楽しみだな!)


――

――――

――――――


 なんて言っていたのが数時間前。俺はなんてお気楽な奴だったんだと恨みたくなる。

 早速リルのスキルを使ってはいるが、実際はお前が想像していたような活躍ではなく、死と隣り合わせの決闘でだがな!

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