リルのスキル

 アリシアが決闘を受け、訓練場に移動してそして現在。俺は猛烈な不安に駆られながらも王女との決闘に向けて決意を固めていた。

 リルの話が本当ならばオレアスを助けるためには俺が勝たねばならないだろう。何をもってオレアスのためというかは、きっと意見が分かれる。だが、リルはオレアスを存命させるという目的のもとこの提案をしてきたという。亜人国に優位性をとられたとして、その手柄を上げたリルが管理するとリリアに申し出たらどうだろうか。

 リリアはもちろん、亜人国の者たちも無下にはできないはずだ。なんと言ってもリルは何百年ものときを生きるフェンリルだ。リリアもハイエルフで長命種だが、フェンリルには及ばない。そもそも、力こそ正義と言っても過言ではない世界において、戦闘力で負けるリリアがリルに対して文句を言うことは本能的にためらわれるはずなのだ。

 俺はこの世界の出身でないからわからないが、強者であればあるほど自分よりも上位の存在に対する尊敬の念が強くなるという。そういう意味ではルナに対して全く物怖じ気していないリルは異常なんだがな。同族ということでそこら辺は少し勝手が違うのかもしれない。


(なあ、俺本当に決闘しなきゃダメか? やっぱり嫌なんだが……)

(別にいいだろう? 確かに命のやり取りとは言ったが司殿が死ぬ確率は低い。最悪、蘇生が可能だから安心しろ)

(……やだなぁ……)

(駄々をこねるな)


 ……こいつ、俺の従者なんだよな? なんで主従逆転してるの? おかしくないか?


(はぁ……わかった、やるよやる。王女にすぐに始めようと言ってくれ)

(了解だ)


 リルはまあ、間違ったことは言わないはずだ。冷徹者を持つ俺よりも冷徹なうえ過程をよく省略するためよくわからないことを口走っているように聞こえることがあるが、リル自身のいわゆる正義に従って行動していることは変わらない。

 でも、オレアスに対してここまで肩入れする理由は分からないな。現状、人間の国同士でやり合ってくれるならそれでいい気もする。その隙に攻め入ったりできるように俺たちは偵察に来たはずじゃなかったのか? とは思う。

 この決断は俺達、ひいては亜人国のためなのか。それとも、リル自身のためなのか。分からないが、まあどちらだったとしても頼まれたことくらいはやってやろう。俺だって、結構リルをこき使ってきたからな。たまに貧乏くじを引くくらい、広い心で許してやろうではないか。


 すでに俺の体から抜け出し狼状態のリルは、俺から離れて王女のもとに向かう。少し話した後、訓練場の脇の方に移動した。

 観客は国王と女王、カレラの三人。一応、リルが審判という立ち位置のようだ。まあ、寸止めの決闘ではないから、いてもいなくても変わらないとは思うがな。

 さて、リルがあそこに移動したということは王女も準備ができているということだ。腰に差していた剣を抜いて、正面に構えたのが見えた。


 解析鑑定をその剣に使ってみた。


装備:聖剛の剣アロンダイト

耐久力:10000/10000 攻撃力:+23000 魔力:8700/8700


 確か、聖剣とか言われる剣の一種だったと思う。剣聖がかつて使っていたと言われる、国宝とかだったはずだ。特徴はその圧倒的な攻撃力。そして秘めたる聖気。触れるだけで魔を浄化させる性質を持つそれは、どうやら解析鑑定では測定ができないらしいな。性能が上がればできるようになるのかもしれないが、どちらにしたって今は無理なようだ。


(では、始めるぞ司殿。いいな?)

(どうぞ)


 一応、若干恨みを込めた視線を送ってやったが、特に反応はなかった。どうやら何をやってもだめらしい。

 そしてリルは俺には理解できぬ言葉で王女に話しかけた後、前足を立てて姿勢正しく座った。と言っても狼の姿勢正しい座り方なんてわからないがな。そして、あらかじめ開始の合図として決めていた遠吠えを、今始めた。


「アオオオォンッ!」


 やっぱり単純な音くらいなら理解できるようになったらしいな。リルの遠吠えがかなりクリアに聞こえてきた。空気を震わせるその音が聞こえたと同時、目の前の王女の姿が掻き消えた。

 そして、一瞬の後目の前に現れ、その時にはすでにその右手に握る剣の刃が俺の首に触れる直前であった。


 まあ、知ってましたとも。俺の目では王女の姿をとらえられないことも。王女が確実に殺すために首を狙ってくることも。


 王女の剣がの首を通る。が、俺の首が切られることはない。


「なっ!?」


 王女が切断したはずのはいまだ健在で、元気にその場に留まっていた。まあ、それは幻影なわけだが。

 実際には屈んで斬撃を躱していた俺は王女を見上げる形で魔法を放った。


―――ゼロ・―――――――チェイフィング


 王女の足元が凍り付き、摩擦を奪う。一切の抵抗を失った王女の体は、大きくぐらついた。

 俺はすかさず、その小さな体を支えた。前のめりに倒れてきた王女は腹のあたりをしたから俺に抱きかかえられる形で静止する。

 何が起こったのか理解しきれていない様子の王女は、しばらくその格好で固まっていたが、すぐに持ち直したのか剣を逆手に持って俺の背中に突き刺す。が、剣は俺の背中を滑り突き刺さることなくさらに王女の体を揺らした。

 剣に引っ張られた王女の体は横に倒れそうになるが、俺はまだ抱き着いたままだ。倒れることなくとどまる。剣で刺すことをあきらめたらしい王女は俺の腕を勢いよく振り払い、距離をとった。まあ、賢い判断だな。


 ゼロ・チェイフィングは足元の摩擦を消す魔法ではなく、物質に生じる摩擦を一定範囲内無くすという魔法だ。俺は低い姿勢でいたためその効果を受け、王女の剣は突き刺さることなく背中を流れたわけだ。つまり、ゼロ・フェイチングの範囲内にある体はどんな攻撃であろうと受け流す。

 しかし――

 

「痛てて……」


 背中に生じた痛みに、思わず俺は顔をゆがめる。少し確認してみれば、服の背中部分は切り裂かれ、そこからあらわになった素肌は腐ったように黒くなっている。聖気の効果っていうのはすさまじいらしいな。


 でも、王女の方を見てみれば驚きに目を見開くばかりだ。まあ、仕方ないだろう。普通の人間は聖気の影響を受けないのだから。というか、魔獣であっても聖気を浴びてこんなふうになることはない。これは、俺の体だから起こる、不可解な現象なのだ。

 その説明はいったん置いておくとして、決闘に集中しなくてはない。


 俺は痛む背中を気遣いながら、再び王女に向き直った。先程まで立ち尽すだけだった王女だが、俺が向き直ったことで再起動したらしい。しっかりと剣をこちらに向けてきた。

 多分、もう小細工は通用しない。きっと、王女もこちらの陽炎に気づいただろう。詳細は理解できていないだろうが、効果については大体理解しただろうな。


 陽炎は相手の視界を惑わすスキルだ。自動で発動するのだが、相手に視界に映る自信の姿を数瞬固定できるというものだ。相手と自分の接触の直前に発動してくれるから、賭けみたいなことしてもなんとか通ったりする。

 さっきのだって王女が初めて会った時に俺の首元狙ってきたから、という理由で屈んだら陽炎がいい感じに発動してくれたから生きながらえただけで、狙ってやったことではない。正直、心臓バクバクだった。本気で死ぬかと思った。

 再起動した王女は一歩踏み込んで俺に切りかかってきた。今回は聖剣発動、属性剣術も使っているみたいだ。まあ、これも避けられる気はしないな。そもそも、思考加速を全力で使っても切られそうになっていると気づいたのは実際に剣が首元に触れてからだ。完全に手遅れである。まあ、それが実体であれば、だがな。

 首を切り裂かれたその俺は、その場から掻き消えた。


「っ!?」


 王女は驚きを超えを上げることもできず、その場に一瞬固まった。かなり隙だらけだったので俺は魔術・空間、ディメンション・ゲートを使って王女の背後に移動した。すぐにお久しぶりのホワイトクリスタル・ロングソードを突き出し、その白い刀身を王女に叩き付ける。

 が、王女は一瞬で振り向き、俺の剣を自身の剣で受けた。氷でできた剣はアロンダイトに触れると同時に砕け、能力にしたがって小爆発を起こした。

 王女の視界を一瞬奪うことに成功したので俺はその場で影潜伏・・・を使って身を潜めてみた。ちょっと外を覗いてみると、王女は俺を完全に見失っていた。


 ここまで戦って分かったが、やっぱり影狼・・の能力って陰湿だ。これらのスキルを使っているやつにまともに戦う気があるとは思えない。まあ、俺はまともに戦う気はないんだけどな。

 そうは言っても便利だよな、リルのスキルって。使ったことはなかったが俺の性格に合ってると思う。リルのスキルを使えるようにしてくれたルナには感謝だな、と今頃王都の周りを巡回しているであろうルナに感謝の念を送った。

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