決断の理由

「い、命……ですか? そんな横暴、許されません。どんな理由があるか、お聞きしたい」


 リルにすごまれて怯える国王とは違い、王女は強気にそう返す。その瞳に、確かな殺意を籠めて。


「いいだろう。単純な話だ。我ら亜人国はオレアスと対等な同盟を結ぶことを望んでいるが、それは周りの情勢が許さないだろう。少なからず、人間国と対等な同盟を結んだとして獣王国に睨まれるのは我らであろうな」

「……だから、父の命をよこせ、と?」

「何も殺す、と言うわけではない。何らかの形でオレアスを制限できればいいのだ。表面上は少なくとも我らがオレアスを半ば強制的に支配するような形で同盟を結ぶ。これを実現できなければオレアス、そして我らが亜人国に待っているのは周りの国からの敵意だ。この意味が分かるな?」

「……」


 リルの発言に、王女だけでなく国王もどこか納得しきれない、そんな表情を浮かべた。


「そして最も簡単なのは国王の命の命運が、我らの手の中にある、と言うことになる。しかし、だ。それはそれで我らも困ることがある。表面上だけであるとはいえ国王の命運を握るのならこの国には置けないが、国王にはこの国を治めてもらわねばならぬからな。ならばこそ、我は王女アリシアとの決闘を望む」

「なぜ、でしょうか?」

「これこそ簡単な話だ」


 淡々とした口調のリルに心の乱れはなく、俺からしてみればかなり意味不明な言葉を連発しているのだがリルからしてみればおかしなところは何もないらしい。

 俺の感覚がくるっているのかと思って隣を確認すれば、カレラもどこか緊張感を漂わせる表情で、その両手の拳に力を籠めている。たとえ慕っているとして、リルのやろうとしていることはカレラにとって親戚を殺す、と言うことになる。 

 どんな感想を抱こうと不思議ではないが、決して良い気分ではないだろう。


「我らが主が王女を倒し、武力面での格差を見せつける。そのための見せしめとして王女に出張ってもらいたいのだよ」

「なるほど……話は理解しました。しかし、あなたの主、ですか? その体の真の持ち主、と言うことでよろしいのですよね?」

「その通りだ」


 その通りだ、じゃねえよ。さらっと流されそうになったがどうして俺が王女と戦わねばならぬ!?


(おいリル、聞いてないぞ!)

(当然だ。言っていないのだから)

(いやいや、当然だ、じゃねえ。死ぬからな、普通に死ぬからな!?)


 王女のステータスは以前見た。その剣筋とか、実力の一端は垣間見た。それだけで勝てる気がしないのにどうしろって言うんだ。


 王女がリルからの言葉についてじっくりと考えている隙に、俺はリルを質問攻めにする。


(そもそも! 同盟を提案したのもそうだが、どうしてここまでするんだよ! オレアスが色々とピンチなのは知ってるが、同盟を結んでどうするって言うんだ?)

(リリア嬢が殺した人間はこの国、オレアスの者だったということだ。それはあくまで人間どもが身に着けていた鎧に張り付けてあった紋章からの推測でしかないそうだが、つまりは亜人国はオレアスと敵対する寸前だ。しかしここで一方的な同盟を申し込み、優位性を確保することでオレアスからの進行だけでなく、それに便乗して他の人間の国が攻めてくる、などと言う事態を防ぐことが出来る。それに、人間の国に足がかりを作っておくことで今後の行動が楽になるとは思わんか?)

(いや……確かにそりゃ、そうだが……それこそ普通に同盟をむすんだらダメなのか? 対等な条件じゃ危ういってのは分かったから、攻めてもっと穏便に――)


 どういうわけか王女と戦わされそうにある状況を打破すべく思いつく限りの言葉を並べるが、どうにもリルは断固として譲らないらしい。


(ダメだ。それではオレアスは、きっと滅ぶだろう。そのようなこと、断じてあってはならない)


 どこか、強い意志を感じた。リルにしては珍しい強情さがどこかリルらしくない。


(それに、この国は今人間の国に狙われていると思われる)

(どうしてだ?)

(ここ数日の調べで分かったのだが、この国の行っている軍事行動のほとんどは隣国、サキュラへの軍事的支援らしい。つまり戦争を始めようとしているのはサキュラなわけだが……それとは別にオレアスは現在邪神教、と言う集団に狙われているわけだ)


 邪神教。つい先ほど聞いたばかりの名前だが、記憶には鮮明に残っているし、第一印象がでかすぎた。あの闘技場でのテロ行為は、確かに警戒すべき点だ。


(リセリアルに総本山を置くその宗教団体は、恐らく邪神復活の生贄のためにオレアスの国民たちを殺す計画を立てている。サキュラへの軍事支援だけでなく、デーモンパレード発生直後。人員が限りなく削減されている状況でのテロ行為。……まあ、そう言うわけだ)

(本格的に邪神教のやつらが攻めてくるってことか)

(ああ。そしてそれを防ぐために、我らはオレアスを表面上支配する。国防が崩れかけているオレアスならばともかく、亜人国が相手となっては邪神教の連中も手出ししずらいだろう。そしてその精神面での防御をより確実にするために、オレアスに圧倒的に力で勝ることを証明しなくてはならない)

(いやまあ、言ってることは理解した……んだけど)


 納得しきれない、と言おうとしたタイミングで国王や女王、カレラに見守られながら考え込んでいた王女が口を開いた。


「その決闘、このアリシアが受けると宣言いたしましょう」

「アリシア!?」

「ア、アリシア様……」


 アリシアの、決意を固めた確かな言葉に国王は驚きを口にし、カレラもつらそうな表情を浮かべて呟く、女王も目を逸らし、俯く。


「ふっ、そうか。そう言うと思っていたぞ。ならばこそ、我が主も喜んで決闘を受けてくれるというものだ」

(誰も喜んでねぇよ!)


 この従者相変わらず勝手すぎるだろ!

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