カレラとアリシア
「我が亜人国と、同盟を結ぼうじゃないか」
我が亜人国とか言っているのは気になるが、それ以上にその内容に驚いた。もちろん、大した立場もないのに勝手に言っている、ということも疑問の対象ではあるが、そこではなく同盟を結ぶという内容そのものに驚いたのだ。
そもそも人間と亜人ってのは敵対関係だ。種族が違うこともそうだがそれ以上に過去に起こった戦争が原因だ。何百年もにらみ合っている人間と亜人の国で同盟?普通に考えたら無理だ。
持ち掛けられた方は普通に何か企んでると思うだろうし、そうでないとしたら持ち掛けた国がどちらかの国に手を借りなければ滅亡する危機にある場合だろう。どちらにしたってうまくいくわけがない。そんな状況で同盟を持ち出すというのは、さすがに予想できなかった。
だが、まあ理解できないわけではない。オレアスは人間の国の中でも最も武力を持つと言われる国だ。そんな国と同盟を結ぶ利点は多く、またオレアスはデモンパレードや未知の敵対者により混乱状況にある。さらに王族に近づいてきたのは天人である王女ですら勝てないと思われるような魔獣。
まあ、リルはともかくルナは亜人国の所属ではないけどな。それは言わなければばれることはないだろうし、勝手に勘違いしておいてもらうとして、だ。こんな状況で同盟を断れば?何をされるか分かったもんじゃない。王女に対してどんな判断をしても理不尽に殺すことはしないとリルは伝えたが、どうしたって殺される未来が脳裏をちらつくはずだ。
高貴の姫がなぜか聞いてないのは王女もわかっているだろうし、明らかに不利なのは王女だ。と言っても、俺達も実は危うい状況なんだよな。でもまあ、そんなこと言いだしたら何もできなそうな気がするのでいったん忘れるとしよう。
「同盟、ですか。……もちろん、内容によりますが、一考の余地はあるでしょう。どうですか?いったん落ち着いた場所で話し合う、というのは。この国の国王である父も交えての交渉の方がそちらとしても都合がいいかと思いますが?」
「それもそうだな。では、こちらからは司殿と我、そして――」
リルは王女から少し視線を外す。そこには、いまだに唖然とした様子のカレラが立っていた。
「カレラ嬢を出すとしよう。かな嬢と、ルナ女史には留守番を頼むとしよう」
「承知したかの」
「ん」
ルナとかなは小さく頷く。反対意見はないかと思われた、が。さすがに口を出すものがいた。
「ちょ、ちょっと待ってください!どうし、いや、どうして私なんですか!?い、いえ、別にアリシア様との交渉が問題というわけではなくてですねっ!亜人国の代表として、交渉に参加しなくてはならないのですよね?それっておかしくないですか!?」
「まあまあ落ち着け。言ってしまえばカレラ嬢は顔つなぎだ。どうやら王族にも顔が利くらしい故な」
「っ!?そ、それは……その、そう、ですが……」
カレラは慌てた様子から一転、不安そうな表情で王女を見る。王女は視線に気づいたのか、静かにカレラの方に振り向いた。
そして、無表情にも近しい顔でぼうっとカレラを見つめた。
「な、なんでしょうか?」
「いや、カレラお姉さまは相も変わらずお美しいなと思っただけです」
「ぶほぉわぁっ!?」
小さく呟かれた王女の言葉に、カレラは思いっきり吹いた。
「だ、大丈夫ですか?カレラお姉さま」
「ゲッ、ゲホッ……な、何を、ゲホッ、おっしゃっているのですか?私など、アリシア様の前では道端の石も同然で!」
せき込みながら答えるカレラに、王女は続けた。
「ふふっ、何を言っているのですか?カレラお姉さまは私の憧れの人。誰が何といおうと、私はカレラお姉さまをお慕いしていますよ?以前みたいに、アリシアと呼んでください」
「そうはなりません!以前ならばともかく、いえ、もちろん以前も問題ではあったのですが!今の私はたかが騎士爵の凡人にも等しい身分です!アリシア様に向かって、そのようなこと!」
「そうですか?私は寂しいですよ?」
「お、お戯れはおやめください!」
何だろう、ここまでうろたえるカレラを初めて見た。王女は小さく笑いながら、冗談口調でカレラとの会話を楽しんでいるようだ。どうやら、二人は以前は親戚のような、と言っても実際親戚だが、本当に仲のいい関係だったようだ。それこそ、姉妹のようにも見える。まあ、今の状況を見たらどちらが姉でどちらが妹かは判断がつかないが。
「お楽しみのところ申し訳ないが、交渉はそれで構わないか?」
「はい、構いません。父や母も、久しぶりにカレラお姉さまのお顔を見たいでしょうから」
先ほどまでの緊迫した表情とは一転して、王女は楽しそうな笑顔でそう言った。どうやら久しぶりのカレラとの会話がよほど楽しかったようだ。
そして、それに、と続けた。
「観戦している間も、大きくなっただとか、美しくなっただとか、逞しくなっただとか。結構高評価でしたよ?それに、国のためとはいえ身分をはく奪してしまったことに対する罪悪感も感じていた様子でした。正式な場でないのは申し訳ないですが、私たちは一度くらいちゃんとカレラお姉さまに謝るべきですので」
「だ、駄目ですアリシア様!王族が、そう簡単に謝罪など。口にしただけでも問題です!今すぐ取り消してください!」
王女の言葉に食って掛かるように必死に訴えかけるカレラ。王女はそれに、再び笑みをこぼす。
「やっと、昔のようにしかってくれましたね」
「え……あ!?いや、その……すみません!アリシア様に向かって、あのような言葉をッ!」
勢いよく頭を下げたカレラは綺麗に腰を曲げて謝罪した。九十度まで曲げられた腰とか、そうそう見ないぞ。だが、カレラのそんな謝罪もよそに、王女は楽しそうに笑っていた。
「ふふっ、いいですよ。私が悪いのです。王族として、いつも責務を全うするために頑張る父や母を邪魔していた私を、必死になってしかってくれたのはカレラお姉さま、貴方様だけでした。対等に遊んでくれたのも、貴方様だけでした。私はそれが、とても嬉しかったのです」
どうやら、王女にとってカレラは大切な存在のようだな。
王女の言葉に恥ずかしくなったのか、上げられたカレラの顔はほんのり赤く染まっていた。
「その、ありがとうございます。そう言ってもらえて、光栄の極みと言いますか、嬉しいです。でも、今後はそのような発言はご控え下さい。その、私はもう大した身分のない凡人ですから」
「騎士爵で大した身分のない、というのもおかしな話ですけどね。……さて、世間話もほどほどに、いったんこの場を離れるとしましょうか?いつまた襲われるかわかりませんし。交渉の席はすぐに用意します。リル様にも、急ぎ王城にお越しいただきたく思います」
「分かった。こちらはこちらでやることが残っているが、すぐに終わる。そうしたら向かうとする。ただ、この見た目で街を出歩くわけにもいかぬ上に、密談を望む故歓迎の支度はいらぬ。ことを大きくしたくないので、出来れば王族とその側近以外への情報共有は避けていただきたい。我らは転移魔法が使える故、直接貴女のもとに参上しよう」
「分かりました。では、そのように手配させていただきます。では、後ほど」
王女は小さくお辞儀をすると、闘技場の出口に向かって歩き出す。俺たちもそれを見送った後、早急に闘技場を後にした。
(で?リル、やることってなんだ?)
(敵の拠地でもつぶしておこうと思ってな。すでにほとんどの人員は逃げて出したようだが、物資が残っていた。再び基地を作られても面倒なので、後片付けだ)
(……色々と仕事が早くて助かるよ)
まさかもう敵の拠地とその中探索を終えているとは……。何なら、相手の正体も本当は分かっているのかもしれない。そう思って聞いてみた。
(ああ。敵は邪神教と呼ばれる集団だな。邪神復活をもくろみ、邪神への供物として生命の魂を集めているようだ。今までも何度か村々を襲ったことがあるらしいが、その存在自体曖昧らしい。詳しい情報はなく、集団の規模も本拠地も頭もわからぬようだ。まあ、予想ではリセリアルに本拠地があると思うがな)
(本当に仕事が速いな……。いや、まあそこまでわかってるなら十分だろ)
(いや、戦力がまだ見えていない。安心するのは時期尚早だな)
(所詮は人間の集団だろうが。俺たちの過剰戦力具合を見てみろよ)
リルは自分が弱いとでも思っているのだろうか。どう考えたってそんなことはあり得ない。何なら過剰戦力も甚だしいわ。王女相手ならルナでも苦戦すると思っていたら、余裕そうだったんだぞ?もう向かうところ敵なしだろ。
(そうは言うがな、ルナ女史だって王女相手に本気の殺し合いをしたら怪しいのだぞ?最悪致命傷をもらう)
(凄まじい再生能力を持つ月狼なら殺しきれなければ致命傷も無傷も同じだ)
そもそも王女側に勝ち目がない時点で異次元なんだ。天人っていえば人間界最強の存在に当たるはずだろ?なんでお前はそこまで心配性なんだって言ってやりたい。
(それに、ルナ女史がいつまでも我らに味方してくれるとは限らない)
(……なんだよ、せっかく目を背けていたのに)
(わかっているのではないか。だったら、司殿ももう少し危機感を抱いておけ)
(わかったよ)
リルの言う通り、ルナがいつまでも味方してくれるとは限らない。別に、俺達のルナは協力関係でも主従関係でも何でもない。ルナの好奇心を利用して一緒に旅してはいるが、仲間と言い切ることは難しい。何千年も生きる魔獣が何を考えているかなんて、俺には到底理解できない。
確かにルナは俺たちに対して一定以上の好感を抱いてくれているとは思う。だがそれだっていつまでもつか。せっかく良くしてくれているルナに対してこういうことを考えるのは不躾だが、不安がぬぐえないのは仕方のないことだろう。
そう、俺達だって決して安全な立ち位置とは言えない。先ほどリルが言ったように、ルナさえいれば王女には勝てる。だが、ルナがいなければ?王女に勝てるものは、俺達の中にいるのか?否、存在しない。
もっと言えばこれから相手しようとしている邪神教という集団への対策にも支障が出るかもしれない。ルナさえいれば安心、は逆に言えばルナがいないと困る、だ。
つまり、俺達と王女たちの運命はルナ一人に委ねられているわけだ。今まで目をそらしていたが、そうなった時が一番怖い。王女と同じで俺達もまた、かなり危険な立ち位置にいるのだ。
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