交渉
(半人半間)
念じると同時、体がどっとだるくなる。それに加えて、視点が揺れる。
操作権を失い、体の自由が無くなった。先ほどまであったリルの気配が消えうせ、代わりに俺のステータスが上昇する。スキルの精度も上昇し、気配察知の感覚が鋭くなった。そして、言葉を理解できるようになった。
「あなた方は、いったい何者ですか?魔獣、のようですが……」
王女の声は見た目通り幼く可愛らしい。リルに憑依されたからか心に余裕が生まれた。どうやら高貴の姫という能力は肉体を持った相手にしか効果がないようだ。改めて容姿の確認をしてみよう。
綺麗に整えられたサラサラの金髪。透き通るような、それこそサファイヤのように輝く宝石のような眼。白く、みずみずしい肌。長いまつげと、薄紅色の唇。若々しく、柔らかそうな頬。なんだろう、絶世の美少女ってこういうのを言うんだと思う。俺がいた世界よりも手入れは難しいはずだが、黒江のそれよりも丁寧に整えられている髪とか、すごいよな。
いや、まあ、それでも黒江の方が可愛いぞ?というか、あいつの髪がサラサラじゃないのはもともと癖毛だからだし。それでもサラサラのロングヘアにするために美容院で大金つぎ込んで直してもらってるんだ。仕方ないだろ。……俺は誰に言い訳してるんだ。
ちなみにかなのフワフワな髪の毛は別枠だ。二人と比べる必要もなく、可愛いからいいのだ。ナデナデするときに気持ちいのはかなの髪の毛だし、差別化できてる。……俺は何を語ってるんだ。
で、話を戻すと、そんな可愛らしい王女さんが悩ましげな表情で問いかけてきたわけだ。まあ、当然の問いというか、むしろ疑問に思わなかったらおかしいレベルだろう。王女としては、今すぐにでも切り捨てたいはずだ。だが、王女が信頼しているであろうカレラがリルたちの姿を見て安心したように一息ついたこと、そして、敵意が全くないことを理由にまずは話し合いから始めようとしているようだ。
「そうだな。なんと説明すればよいだろうか。まずは魔獣かどうかからお答えしよう。ああ、その通りだ」
リルが答えたとたん、王女が剣を引き抜く。確かな殺意を持って、それを振るう。リル、もとい俺の首筋を狙って放たれた斬撃は、しかし俺の体に触れることもなく止まる。
俺が体の操作権を持っていれば冷や汗だらだらだっただろうが、リルは至って冷静だった。まあ当然だろう。なんてったってこちらには最強の魔獣であろうルナがついている。
気配察知て確認してみれば、俺の隣でいつのまにか人の姿をとっていて、剣を人差し指と親指で掴んで止めるルナがいた。
「なっ!?」
王女としても、かなり自信のある斬撃だったのだろう。しっかりと瞬絶を発動していたし、魔力感知で確認した魔力の流れ的にクイックカットも使っていた。あと、実際に見たことがあるわけでもないから定かではないが、聖剣も使っていただろう。聖剣と言えば、魔剣の対となるスキルだ。魔力を込める魔剣と違い、聖気を込めるのが聖剣。
そもそも聖気というのは神聖属性の能力を使う際に発生する、邪を浄化する粒子レベルの期待のようなものだ。目で見ることはおろか、適性がなければ感知することすらできない。神聖属性の魔法や属性剣が悪魔に対して圧倒的に強いとされるのは、悪魔が感知できない、悪魔にとっての毒である聖気によって勝手に滅ぼされるからだ。
そんな属性を帯びた属性剣術を極めた先にあるのが、聖剣。属性を纏わせて斬撃を放つのではなく、聖気でできた剣で斬る。それが聖剣。聖剣が発動している状態の剣はそれすなわち物質ですらない。粒子レベルで構築された刀身、と言っても刀ではなく剣だが、はありとあらゆる物理現象に捕らわれない。その代わり、邪を浄化するという力が大幅に強化されており、わずかにでも触れただけで存在が消滅する。中和される、とかそんな生ぬるい話ではなく、完全に消え去るのだ。
それならば俺を切り裂いても傷はないのでは?という話になるが、その邪の存在に魔獣も含まれるのだ。魔獣に含まれる魔力のうち、約一割ほどは悪魔のそれと類似しており、その魔力は何と生命の核を覆っている。悪魔の魔力というのはそもそも肉体を持たない悪魔の核を保護するためにある。そして同じく核を保護する役割を持つ、生物の核周辺の魔力はその魔力と性質的に九割九分以上の割合で一致する。
それゆえか、聖気によって浄化される対象にもなっている。
何が言いたいのか、極論を言えば、一振りその剣を受ければたちまち核を保護する者が無くなり、守りを失った核は特に何をされるでもなくとも、自然と散り散りになり、消滅するということだ。
まあなんだ。要約すると対悪魔及び肉体生命体特攻技。それが聖剣。あの斬撃が掠りでもすれば、俺は死んでいたということだ。
さて、そうなるとここで疑問になるのはルナが生きている理由であろう。掠るどころか触るだけでも聖気によって核周辺の魔力が浄化され死に至るとされるその聖剣を、指で掴んで止めるというすご技を披露したルナだが、どうして無事なのだろうか。
まあ、理由は簡単なのだが。
「ディメンション・クラック!?」
おっと、王女が先に答え合わせをしてしまったな。ディメンション・クラック、魔術・空間Ⅳの魔法であるそれは、習得難易度は比較的低めな代わりに、扱いが難しく実用性も低い。いや、正確に言えばルナのような使い方をすれば大いに実用性はあるのだが、それに気づいている者は少ない、という話だ。
そもそもルナはつい最近になってから魔術・空間を使えるようになった。リルの使う闇空間の中で修行するうちに使いこなせるようになったと聞いたときにはそれなりに驚いた。魔術・空間そのものの習得何度は他の属性に比べてもトップレベルに高い。でも、まあ魔術・月光を扱うルナがからしてみれば大したことでもなかったのだろうな。雰囲気的には、いつでも使えたけど今まで興味もなかったから使わなかった、みたいな感じだろうか。そうなんだろうな。
ディメンション・クラックというのは真空空間を皮膚、もしくは皮膚が振れている者の周りにまとわせる魔法だ。真空空間、と言っても普通にすり抜けられる。剣で斬ろうと思えばそのまま切り裂けるし、殴ろうと思えばそのまま殴れる。相手の皮膚全体をディメンション・クラックで覆って窒息死させれば強いのでは?とはいかず、選べる対象は自分だけ。むしろ自分に使うときに誤って窒息してしまうことがあるくらいだ。それだけ扱いが難しいということだし、実用性がないということでもある。
だが、僅かな利点を挙げるのならば魔力、邪気、聖気といった粒子レベルの物質の侵入を許さないことだろう。例えば魔法として放たれた魔法を防ぐことはできないし、内部魔力爆発のように魔力が爆発力に変換されていた場合の魔力を防ぐこともできないが、体に有毒なほどの魔力濃度の濃い場所にいても体が汚染されることはない。
高位の悪魔やアンデット、邪人などと言った存在が放つ触れるだけで精神異常に陥ると言われる邪気も影響を受けない。そして聖気の影響を受けないというものがある。
しかし、まあ文面を見てもらえれば分かるだろうが、そんな場面に遭遇することは、滅多にない。だからこそ、ネタ枠としてすら扱われる魔法なのだが……ルナは完璧に使いこなし、王女の剣を受け止めたわけだ。
「はぁ……気持ちはわかる。人類の敵であるはずの魔獣を聞いて、思わず手が出てしまったことも、何の被害もなかったので許してやろう」
「っ!?」
「だが、ひとまず話をしよう。我らはアリシア姫、貴女と争いに来たわけではないのだ」
「……要件を聞きましょう」
リルの至って冷静な対応と、高貴の姫が発動しているにもかかわらず余裕の態度に驚いて、王女は小さく声を上げる。だが、リルの話を聞いて思い直したのだろう。ルナに解放された剣を鞘に納め、リルに向き直る。
「共闘しよう。貴女がどれくらい今の状況を理解しているのかはわからぬが、この闘技場は狙われている。信じてくれなくとも構わぬが、これは我らによるものではなく、人の手によるものだ。貴女ら王族に恨みを持つ国民か、この国オレアスに敵意を向ける他国か、はたまた別の勢力か。なんだとしても、脅威であることには変わりない。そして、貴女たちはいま現状の把握に手を焼いており、対処どころの話ではない。そうだろう?」
「……ええ、その通りです。あなたの言う通り、私たちは完全に後手に回っている状態にいます。国民の避難すら終わっておらず、相手の素性もわからない。目的から何までそのすべてが分からない。困り果て、家臣にはすでに逃げ出したものまでいるとの報告もあります。国家として対応に当たるにも指揮系統も乱れ、まともな統括もできていない。以前デモンパレードが発生したという知らせを聞いたとき以上の絶望感が押し寄せていると言えるでしょう」
「いい答えだな。素直なのは悪いことではない。では、その誠意に応じて自己紹介でもするとしよう」
何だろう。リルがいつにもまして真面目に話をしている。最初こそ面倒臭そうな態度をとっていたが、今は至って真剣な様子だ。こんなにキリッとしたリルは初めて見たな。
「我の名はリル。闇に紛れ、夜を支配する影狼にして、亜人国対人間軍戦線総指揮官直属部下、の眷属だ。わけあって我が主は言葉が話せぬ故、我がこの体を借り受け、代行として交渉を進めるためこの場に参上した所存だ」
「……先ほど空鯨の墜落を阻止しよとしていたその体の持ち主が、亜人国にある戦線の総指揮官の直属の部下で、あなたがその眷属、と。なるほど、理解しました。しかし、なぜそのような亜人国の重鎮が直接私のもとへ?」
「正確には貴女に会うのはもう少し後の予定だった。そして、こうして話す予定はなかった。だが、事情が変わった、とでもいうのだろうか。貴女に一つ、提案をしようと思ってな」
「提案、ですか?内容をうかがいましょう」
王女はルナの実力、そしてリルの肩書を考慮したうえで下手に出ることにしたらしい。まあ、正しい判断だろうな。
だが、リルちょっと待て。お前の肩書は嘘ではないかもしれないが真実でもないだろう?俺が亜人国の重鎮ってことになっているがこのままその設定を貫き通した場合国家間で問題が起こるのではないか?まあ、元々仲悪いからそこまで問題ないかもだけど。
「提案の内容だが、まず前提としてこれはあくまで提案であり、強制するつもりはない、ということ。そしてこの提案を受け入れようが受け入れまいが我らが貴女、及びこの国に対して何の脈略もない攻撃をしないことを約束しておこう。我は自由意志を尊重するのでな」
「……そうですか。で、提案の内容とは?」
「では、単刀直入に言おう」
リルは賢いよな。ちゃんと王女に対等な関係でありたいっていう意志を伝えられるんだから。それも優位性はこちらにあると言っているような言い回しで。こういうところは参謀か何かに見えなくもない。多分、俺よりもお前の方が重鎮にふさわしいぞ。
で、俺も気になる提案の内容だが、それなりに衝撃的なものだった。
「我が亜人国と、同盟を結ぼうじゃないか」
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