高貴の姫

「今日この日、この場所で、我々が何をすべきなのか。わかっているな?」

「はっ」

「貴様の犯した失態、どう挽回する? 言ってみろ」

「この身を賭してでも、必ずや成功させて見せます」

「よろしい。では、秘薬の使用を許可しましょう」

「ありがたき幸せ」

「邪神様のために、何が何でも成功させなさい」

「御意。邪神様のために」

「邪神様のために」


――

――――

――――――


「結局、なんだったんだ……」


 思わずこぼれたつぶやきは、誰に拾われるでもなく消えていった。

 今状況を正確に理解できているの者は、果たしてどれだけいるのだろうか。俺以上にこの件に関しいて理解できている者すらいなさそうだ。観客席を見てみればいまだ混乱は収まっていない。

 出口という出口に人が犇めきあい、我先にと逃げ出す者たちとの間で騒動も起きている。中にはその場でうずくまるものも、人として出してはいけないものを垂れ流し社会的に死亡寸前の者もいる。ああ、可哀想に。

 特に混乱しているのは、俺が人造人間を倒したところだな。いまだに残っている骨が凍り付いた氷塊の周りでは、怖いもの見たさに近づく者、後ずさりする者、発狂するものなどもいる。数千単位での騒動は収集が難しいらしく、王国騎士団だか兵士団だかは分からないがそれっぽい集団が闘技場の外にいるが、人の波に押されて中に入ってこれていない様子。


 ふと気になって王家の観客席に目を向けると、王女以外の王族はすでにいなかった。王女だけ残して逃げたのか? とも思ったがどうやら違うらしい。気配察知で探ってみれば、王女の後ろでなにやら呼び掛けている者がいる。恐らく近衛兵か何かだろう。どうやら王女が逃げようと言われても逃げないでいるらしかった。

 そしてその王女は、観客席の淵の上に立ち、俺の方をただ静かに眺めてきていた。


 ひとたび目が合うと、小さく頷いたのち、その場から飛び降りた。


「ちょっ!?」


 思わず声を上げるが、考えてみれば王女は天人。俺だってあれくらいの高さから落ちたくらいでは死にはしない。あの王女ならば余裕なのだろう。


種族:人類・天人

名前:アリシア・オレアス:固有権能高貴の姫:絶対的精神的優位性を常に纏う

レベル:49

生命力:5691/5691 攻撃力:7912 防御力:5901 魔力:3990/3990

状態:正常

スキル:属性剣術Ⅹ、聖剣Ⅹ、自然回復Ⅸ、魔力自動回復Ⅱ、物理攻撃耐性Ⅲ、魔法耐性Ⅲ、精神攻撃耐性Ⅱ、状態異常耐性Ⅳ、精神攻撃耐性Ⅴ、思考加速Ⅷ、瞬絶

権利:基本的生物権、自己防衛の権利、自己回復の権利、魔術使用の権利

称号:剣聖の姫、瞬絶の剣士


 改めて解析鑑定を使ってみるが、とんでもないステータスの持ち主だ。

 レベル50に達してすらいないのに、あのステータス。全盛期のリルに及ぶと言っても過言ではないだろう。それに、スキルだ。剣士に特化したスキルたちは王女の戦闘能力を純粋に向上させる。あれだけのスキル、どのように獲得したのか。普通ならそんな疑問がわくところだが、俺は知っている。

 というか、この国の王族について調べたことがあるやつならだれでも知っているだろう。王族は隠していない、ある一つの事実。王族は先祖返りを起こす。

 この国の起原は一人の剣聖だ。大英雄と評されることもあるその男は、その武術をもってオレアス周辺の村々を統合し、国を作った。それ以来、大きな戦力を持つ国として何百年もの歴史を紡いでいる。そんな国の中でも王族はその剣聖の血を直接受け継ぐ者たちだ。英雄の力を色濃く引き継ぐ中で、あることが分かった。


 ちょうど今から三百年前の事らしい。この国の辺境でデモンパレードが発生した。歴史に残るデモンパレード達と比べると規模は小さかったが、それでも受ける被害は尋常ではないものになる、と予想されていた。国を捨てて逃げるしかない、という声も上がったという。

 だが、ちょうどその代の王族の子息であるところの王子が現場に行くと言い出したのだ。国王はもちろん、当時の国民たちは必死に説得を試みたが、王子の決心が揺らぐことはなく、王子は護衛もつけずに人目を避けてデモンパレードが起こった現場に向かった。

 その頃にはすでにいくらかの村々が滅んでいたという。王子がデモンパレードによって発生した悪魔たちに接触した時、悪魔たちの総数は五百を上回っていたそうだ。

 冒険者の基準で言うと悪魔一体一体の平均ランクはC。当時の王国騎士団が総動員で対応しても対処しきれないとされていたが、王子は一人で悪魔たちに挑んだという。

 そして、なんと王子はたった一人で悪魔の軍全を滅ぼした。


 これは、この国に伝わる言い伝えの中では剣聖の伝説の次に有名なお話だそうだ。この国に住む人間なら知らぬ人はいないとすら言われているらしい。

 まあ、何が言いたいかっていうとだな、王族の中には剣聖の力に匹敵するような能力を持って生まれる者がいる、ということだ。それを先祖返り、などと言ったりするそうだ。そして、今の王女、アリシア・オレアスはそんな先祖返りの子、と呼ばれているのだそうだ。

 先祖返りの子は剣聖の持っていたスキルや権利、称号や身体能力の一部を受け継いだ強力な戦士とされるらしい。そんな話を信じられるか? と尋ねられたら、まあ俺はすぐに頷く。だって、そうでなかったとしたらありえないような強さを持つ少女が目の前にいるのだから。


 ドレスアーマーと言ったらいいだろうか、ドレスのようにひらひらした長いスカートとふんわりした印象を持たせる青色の服を着た王女は、少量の砂ぼこりと小さな音と共に着地した。かなほどではないが尋常ではない身のこなしだ。

 流れるような金髪と、透き通った青色の瞳。剣聖の血を色濃く受け継ぐのほど鮮やかな色になるという、髪と瞳。特徴的であることから、他国からは金髪王族と呼ばれることもあるらしい。

 青を基調とし、ところどころに白色のアクセントがある服がそれらの特徴をさらに引き立て、鮮やかな印象を持たせる。


 地面に足を付けた王女は悠然とこちらに向かって歩き出す。受ける覇気がすごかった。こちらを注視しながら歩いてきているのだが、可愛い女の子に見つめられて嬉しいとかそんな感想を抱くことすらできないほどのプレッシャーを感じる。確か、高貴の姫、といっただろうか。彼女の固有能力によるものなのだろうが、仮にも超人である俺がここまで気圧されるとは。


 俺の手前一メートルほどまで近づいてきた王女は、俺に向かって口を開く。


「――――、――――……? ――――?」


 やっぱり、分からない。王女も王女で混乱しているようだ。俺が無視しているわけではないということをわかっているのだろう。小さく首をひねり、右手を顎に添え、どうしたものかと考え込んでいる様子だ。

 そんな可愛い仕草に見とれるわけにもいかず、俺は改めて状況確認を試みる。観客席には、もうほとんど人はいない。国の人たちによる誘導が上手く行っているようだ。

 舞台の上に立っているのは俺とかな、カレラと王女。かなとカレラは俺と王女を少し離れたところから見守っている。こういう時、カレラが積極性をもって王女と話してくれると嬉しいのだが、それは無理そうだな。完全に恐縮というか、怯え切っている。

 王女の年は多分十二歳とかそこらへんなのだろうが、高貴の姫という固有能力と王族という立場のせいでカレラは挨拶をすることすらできていない。凄まじいオーラだってことは、まあわかるが王族に挨拶もしないのはそれはそれでどうかと思うぞ。

 かなはその場に座っているし、助けてくれるやつはいないらしい。そんなふうに絶望していた時、気配察知に見知った反応が二つあった。


 そしてその二人は、この場にいてはならない二人でもあった。


 王女は当然、その二人、いや、二体に気づいている。腰に差してある剣に手をかけ、警戒している。まあ、当然だろう。だって、そこにいたのは――


(では、この場は任せてもらうぞ、司殿)

(妾らの出番も、少しは譲ってもらうかの)


 リルとルナ、人間にとって天敵と言える、魔獣たちだったのだから。

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