空鯨
突然、魔力感知が反応した。
場所は上空二千メートル。反応はでかい。全長五十メートル越え。高さも十メートル近く。幅は二十メートルくらい? 横向きの尾ひれと、横に長いヒレ。気配察知で確認したところ、そのシルエットは、クジラだった。
突然のこと過ぎて一瞬対応が鈍ってしまったが、問題ない。かなも気づていいるようだし――
「
控室から飛び出した俺は上空に向けて氷の塊を放つ。突然の行動に観客もカレラも驚きを隠せないようだが、そんなことに構っている暇はない。
降ってくる、まあクジラとしよう、クジラの速度はかなりのものだ。二千メートル程度、二十秒もあれば地面に突撃してしまう。どこからともなく現れた空飛ぶクジラが、不意の事故で不時着してきたとはとても思えない。絶対に、人的要因が関わっている。
と言っても、今犯人を捜すのには時間が足りない。
すでにクジラは目視で確認できるほどに落ちてきている。舞台の上に大きな影を落としながら落ちるクジラの巨体を、俺の放った氷塊たちが貫ていく。一つ一つが半径一メートルほどの氷塊とは言え、クジラそのものの質量が大きすぎる故に全然小さくなっていない。穴が開いただけで被害が小さくなるとは思えなかった。
と言っても、このままいけば舞台に落ちる。それならば、かなとカレラが避ければ被害は何もない。しいて言うなら舞台が使えなくなるくらいだが、人的被害がないのならばそれが一番だろう。
だが、その考えは甘かった。
(司、会場、右のほう。何かいるよ)
(何?)
言われて右に目を向けると、確かに魔力感知に普通の人間ではない魔力の反応があった。
お互い思考加速を使っているためその会話は一瞬で終わったが、終わったと同時に俺の体は動きだし、一秒する頃には会場にいた謎の魔力の塊のもとにたどり着いていた。
目を見開いたそれは、朽ち果てた顔をした、人間だった。
顔の所々が崩れ落ち、腐り、右頬に至っては骨をむき出しにしている。左目も眼球が飛び出ているし、深く黒いローブをかぶっているが、首元の皮は剥がれ落ちている。
ローブの襟から覗く右手も骨だけで、左手は肉が残ってはいるが腐って灰色っぽくなっている。
目を見開く、と言ってもまだまともそうな右目を見開いていただけ。顔の皮も剥がれ落ちているため表情をうまく読み解けないが、少し後ろに反っていることから驚いているのだろう。
解析鑑定をかけてみると、人間のものではなかった。
種族:創造性生命体・ホムンクルス
名前:スーレ
レベル:10
生命力:10/10 攻撃力:21 防御力:80 魔力:90/90
状態:不死
スキル:不死者、腐食、毒生成、物理攻撃無効、瞬間治癒Ⅰ、即死無効
権利:*>@?▲◆#▽
目を疑った。まず最初に、こいつは生き物ではない。いや、生き物ではあるが普通の生き物ではない。異世界物で言うところの、アンデットというものだろうか。
不死者というスキルは、一度死んだ肉体に砕けることのない強い意志を持った魂が宿り、決して消えることのない肉体を手に入れたものに与えられるスキル。
肉体の腐食は進むが、完全に崩壊することはない。生物として活動する最低限の状態で保たれ、永劫の時を生きられるようになるというスキルだ。
続いて、種族。キメラやゴーレムといった、何かの生物によって生み出された生物たちの総称を、創造性生命体という。その中でも、こいつはホムンクルスであるらしい。言ってしまえば、人造人間であった。
その証拠として、この世界で生まれたすべての生物に与えられる権利、基本的生物権を持っていなかった。権利の欄にある読めない記号のようなものは、擬似的に生み出そうとした基本的生物権か何かだろうか。よくわからなかったが、こいつが自然発生した生き物ではないことだけは分かった。
レベルは低く、ステータスも大したことないが肉体が崩壊することはない、という不死者故の特性として、物理攻撃が無効になる。さらには肉体維持をする必要がないため、本来の再生能力や維持能力を限界まで解放した瞬間治癒を獲得している。これは本来肉体に必要なエネルギーが限りなく少ない種族にしか与えられないスキルで、魔力の消費も少なく治癒を行うスキルだ。
それと即死無効。確か、かなも持っているスキルだ。即死系スキルを無効化するだけでなく、一撃で自身を葬るような攻撃を一度だけ無効化する能力を持つ。このスキルがまたずいぶんと優秀で、初見の攻撃であればどんな攻撃であろうと無効化してくるのだ。
物理攻撃は無効。即死属性も無効。そして何なら魔法も確実に一度は防がれる。それに生命力が少ないから、初見でない攻撃でも必ず一度は即死無効が発動する。瞬間治癒を使われれば生命力はまたすぐに回復する。もし生命力が全回復してしまえば、また即死無効の効力が発動し……。という無限ループが始まる。
何だろう、よくやってたゲームに似たような戦法があった気がする。こいつが意図的かどうかはわからないがあえてレベル下げて道具を使って無限耐久みたいなやつ。俺はあれであのゲームのネット対戦を引退してストーリーだけ楽しむことにした。
そんな思考に要した時間、約一秒。こいつをどうやったら倒せるかという思考に要した時間、約千分の一秒。
「
目の前に三本の氷の矢が現れる。それらを時間差一億分の一秒ごとにスーレという名のホムンクルスに向かって放つ。一秒もする頃には、そいつは死んでいた。
だが、それから約一秒後、そいつの魔力が高まった。最近何度も遭遇した、内部魔力爆発。死に際魔力が内側から爆発するという、機械に着いた自爆装置みたいな厄介な現象。原因は分かっていない。いや、わかっていなかった、が正解か。
俺は今、どういう理屈なのかはわからないままであったが、こいつがここにいる理由は理解した。
危惧してはいたが、人為的に引き起こされている事件で間違いないだろう。人造人間が、内部魔力爆発? これは間違いなくいわゆるテロだ。こいつが弱いのは、簡単に死ぬからだろう。死ぬと都合がいい、と言った方がいいかもしれない。こいつが死ねば、内部魔力爆発で周囲の人々はたちまち木っ端みじん。大量殺戮を目的にした何らかの組織、または個人の犯行に違いない。
そして、あのクジラ。不自然に振ってきたクジラ。名を空鯨と呼ばれる魔獣で、その名の通り空飛ぶクジラだ。普段は大きな雲の中で生活しているという。このクジラは特殊で、たくみに魔術・水を操り自身の体を空にとどめているという。そうして雲の中に迷い込んできた他の魔獣を食らって生活している、別名食らい雲。雲が次々と魔獣を飲み込む姿からつけられた異名だそうだ。
そんな空鯨だが、皮が厚い代わりに内部がもろいという。それこそ、目の前のホムンクルスが内部魔力爆発で起こせる規模の爆発を起こせば、普通に死ぬ。
全てが分かった、というわけではない。ただ、今起ころうとしていることは、全てわかった。
「
目の前のホムンクルスが氷の中に閉じ込められたのを確認して、その場を離れる。
ホムンクルスを処理するために要した時間、合わせて六秒。その間に会場にいた観客の二割は逃げ出していた。だが、それでも数千を超える規模の人間が、会場の中にとどまっていた。
気配察知で探ってみると、数万を超える人間が闘技場の舞台を中心とした半径一キロメートル圏内にいる。
半径一キロメートル圏内、というのは、今まさに降ってきていてる空鯨が内部魔力爆発を起こしたときに大きな被害が出ると予想できる範囲だ。
(かなッ!! 皆を守れぇっ!)
(うんっ!)「
かなの呼びかけに答えて、全身に鎧をまとった大男が舞台の上に現れる。そして大盾を掲げ、叫んだ。
「
「
そしてかなもおなじみアークプリズムを天に向けて発動する。
ウォーリアーとかなによって生み出された二つの半透明の壁は、舞台を中心にお椀のような形で広がっていく。そして空鯨を受け止めるように展開したそれに、空鯨が突撃した。
ほどなくして、空鯨の体から大量の魔力が溢れだす。悪魔の時ほどではない。その時の一割近くしかない魔力だが、それだけでも十分脅威だった。あの悪魔が異常だっただけで、この量の魔力が爆発しただけでも、被害は絶大だ。
数秒後、空鯨の巨大な体が、爆ぜた。ドッ、と黒い魔力を吐き出しながら轟音を立て、魔力障壁をじりじりと削る。以前悪魔の内部魔力爆発を防いでいた時はすぐに割れたが、今回はかなりの間耐えている。だが、防ぎきることはできなかったようだ。
ピキッ、とひび割れるような音が鳴り、バリイイィンッ、とガラスが割れるような音が響いた。一層目の薄い半透明の壁が砕けたのだ。
だが、その時のためのかなの魔法。残りの爆発の影響はエレメンタルフォース・アークプリズムによって吸収された。
俺が空鯨の存在に気づいてから今に至るまでの時間は、約三十秒ほど。だが、なんだろう。今までの試合全てを合わせたのより、ずっと大きい疲労を感じたのだった。
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