最後に笑っていられたら

「では、始めるとしましょう」

「そうですね。今が絶好のタイミングかと」

「そうか。それならば、この試合が終わってからにしましょう。今戦闘をしている二人はこの中でも強者、消費させておいて損することはない」

「おお、何たる妙案。さすがです」

「そうですね。その次の試合の選手たちも強豪のようですし、次の試合の最中、ということでどうでしょうか」

「そうしよう。では、あとは任せたぞ?」

「お任せください」

「すべては邪神様のために」

「「邪神様のために」」


――

――――

――――――


「さて、そろそろ大詰めだな」


リルのつぶやきに、俺も同意する。カレラとミルドレッドとの試合は、そろそろ終わるだろう。先に限界を迎えたのは、カレラだった。


遠くから見ててもわかるほどに息を荒くし、槍を構えてはいるが苦しそうに肩で息をしている。対するミルドレッドも疲労はかなりたまっているようだがカレラほどではない。ステータスで勝るカレラがこれだけ押されてしまうのは、恐らくミルドレッドという男の強さゆえなのだろう。A級冒険者と呼ばれるキーレよりも強いのではないだろうか。それでも驚くことに種族はただの人間、レベルもそれなりだが、俺達には及ばない。

全く、恐れ入る。案外、人間っていうものをなめていたのかもしれない。レベルでは語れない勘や経験、技量の差が、はっきりと表れていた。


それでも手を抜くことなく、ミルドレッドは堅実に、確実に、それでいて大胆に攻め続ける。どの攻撃が危なくて、どの攻撃ならうまく通せるか。それを常に試行し、見事に通してきた。それこそ針の穴に糸を通すかの如く繊細で鋭く、難しいことを彼はやってのけている。これもまた才能、とでもいうのだろうか。

かなやリルから感じる、戦場に立ってこそ引き立つ本人のすごみというか、迫力というかをミルドレッドからもかすかに感じる。騎士団の副団長という肩書は伊達じゃないってことだ。


かなも食い入るように見ているし、リルもやはり興味津々のようだ。カレラに、というのもそうだがそれなりに実力を認めていたカレラに勝る人間に、というほうが大きそうだがな。俺も、それなりに興味はある。というわけで、まあ俺たちはカレラが負けるんじゃないかって思ってるわけだ。

まあ、それはそれで仕方がないだろう。だって、この国中の強者が集まった大会だぞ?カレラみたいな少女がそう簡単に勝てるわけがない。え?かなたちは、って?あいつらは例外だ。そもそも見た目通りの年齢ではないし、なんなら人間ですらない。

もちろん応援はするが、負けても不思議ではない。その時はそれとなく慰めてやろうと思う。


戦況に戻ると、先ほどよりもひどいことになっている。

カレラは右足にそれなりに深い傷を負い、俊敏性がかなり落ちている。その代わりミルドレッドも左肩を大きくえぐられているが、それでも利き腕である右手が健在である限り彼の勝利は間違いないだろう。じわじわと間合いを詰めるミルドレッドと、危機的状況ながらも必死に応戦するカレラ。かなりの生命力を削られ、残りの生命力は半分と少し。普通の人間であればそろそろ行動不能になってしまう頃だ。超人であるカレラであれども、きついことに変わりはないだろう。もちろん、多少は動けるはずだ。でも、今まで通りに戦えるわけではない。


すでに試合が始まって三十分近くが経つ。観客の熱気は冷めないが、飽きてきた感が否めない。

カレラの傷から血が滴るほどに生命力が削れ、ついにその生命力が半分を下回った。瞬間、カレラの動きが鈍った気がする。さすがに生命力がきついのだろうか。ミルドレッドもそう思ったらしく、一歩踏み込み、剣を振るう。

正直、必殺の一撃。首ではなく胸元を狙っているのは相手を殺すのが目的ではないから。カレラほどの実力があれば、疲れ果てていたとしても死に至ることはないと思っているのだろう。俺だってそれに関してはそうだと思う。カレラだって超人だ、あれくらいの傷はなんてことはない。

俺ならあれくらい生命力が残っていれば十分戦える。カレラは俺よりタフだからな、問題ないだろう。

そんな風に戦況を見ている、俺が思っているのとは違う展開になっていた。


思考加速がなくとも追いつけるほどの速度ではあったが、それは人間における最高速に近しいものだったように思う。

ミルドレッドの剣が、止められた。何にかって?カレラの槍ではない。そもそも、隙をさらしたカレラでは、あの体制からミルドレッドの攻撃を防ぐことはできない。別に、白刃取りってわけでもない。指だけで止めるとか、そんなルナにしかできなそうな神業をこなしたわけでもない。

では、何でかって?それは、自身の腕で、だ。


「なにいいいいぃ!?カレラ選手、その腕でミルドレッド選手の斬撃を防いだぁ!?右腕に深く切り込みが入ったが、大丈夫なのかあぁ!?」


右腕の、骨に届くくらいだろうか。それくらいには深い傷を、カレラは負っていた。大きく切り開かれた傷口からは大量の血が流れだし、見ているだけで鳥肌が立つくらいには痛そうだ。

だが、カレラの顔を見ると、苦しんでいない。それどころか、薄く笑みを浮かべていた。楽しそうに、嬉しそうに。もっと言えば、好戦的で、挑戦的な笑み。戦いを楽しんでいる、戦闘狂の笑み。

でも、俺にはその笑みの理由がわかっていた。そう言えばそうだったな、って感じだが。

カレラには奥の手があった。不死鳥と言われる、カレラのスキル。リル曰く、不死のスキル。フェニックスが宿していたと言われる太古のスキル。

生命力が半分を下回った時に発動するそのスキルは、生命力が一になるだけではなく大量に魔力を消費するという代償を持つ代わりに、一定時間の間を獲得するスキル。炎属性の攻撃の威力と、身体能力も上昇する。

全身が傷だらけになろうが、首を切り落とされようが生命力が減ることはなく、死ぬことはない。本来ならば生命力の高い生物か体のほかの部分を切り落とされようが活きられる生物と相性がいいスキルだが、もちろん人間が持っていても強いスキルだ。どれだけ自分を犠牲にしようとも死ぬことはないのだから。


ただそれでもカレラが不利なことに変わりはない。今は自身の腕を切らせることで剣の動きを止めることで攻撃を防いでいるが、それがいつまで続くかはわからない。不死鳥があれば死なないが、それが痛みを感じない事とはイコールではない。さらに言えば血が減れば人間の器官がまともに機能しなくなる。じきに動けなくなる。それをきっと、カレラもわかっている。だけどやっぱ、負けたくはないはずだ。

ああ、だからか。カレラが笑っていたのは。まだ戦えることが楽しいのだと思っていたけど、違うんだ。カレラは純粋に、勝ちを確信して、笑みを浮かべていたのだ。

リルも、気づいたようだ。


「カレラ嬢も、ただでは転ばぬ、か。さすが、とだけ言っておく。我は、そろそろ行くとしよう」

(なんだ、もう行くのか?最後まで見て行けよ)

(その必要はない。カレラ嬢の勝ちは確実だ。また今日帰ってきたらねぎらいの言葉くらいはかけてやる。だがな、まだ手放しに賞賛できるほどではない。カレラ嬢だって、自分でわかっているはずだ。超人としての種族的優位性を持ちながらも、それでも勝てない自信の愚かさに投げていているはずだ。だから、駄目なんだ)

(なるほどな)


リルもまた、色々と考えているのだ、と改めて思う。そしてリルは俺の体から抜け出し、闘技場を後にする。体の違和感が抜けた時には、闘技場の舞台の上で俺が想像していた通りの展開になっていた。


舞台の上が、燃え上がっていた。言葉の通り、焼けていた。しかしその中で、一本の腕が掲げられていた。揺れ動く炎の中でもなお、悠々と、悠然と佇むその姿。大きく燃え上がる煉獄の中で、小さく立ち上がったそいつ。


包まれる炎の中で左腕を掲げるのは、カレラであった。

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