激闘

さて、準々決勝、カレラの番だ。ここを勝つことで準決勝進出が決まり、かなとの戦いになる。……そう考えたらやる気を失いそうだな。俺ならば確実にやる気を失うね。その場で棄権を宣言するところだが、カレラはそうではないらしい。やはり、戦闘狂になりかけているかもしれない。

領主さん、ごめん。


「さて、またまた期待のカード、カレラ様!対するは王国騎士団でも一目置かれる最強剣士、王国騎士団副団長、ミルドレッドォッ!!」


王国騎士団、また出てきたな。まあ、さっきの試合は騎士団の傘下組織である兵士団とかだった気がするが。王国騎士団と言えばカレラが一応籍を置いているこのオレアス王国直属の舞台の一つだ。王国中の有能な戦士たちがスカウトされ、精鋭たちで構成された剣聖が作った国の何相応しい戦力を誇る軍隊だ。

聞く限りでは人数の規模もかなりのもので、精鋭だけで構成されていると言っておきながら五万はくだらないらしい。その傘下である兵士団はその数倍の数がいるが、それよりも戦力で勝ると言われているのだからすごい。普通の人間間でそこまで実力差があるとは思えないが、個々人の技量はともかく、連携や作戦行動をまともにできるかどうかで組織そのものの戦力は大きく変動するからな。きっと、そういう理由なのだろう。


そして、そんな組織の副団長だ、弱いわけがない。仮にも精鋭たちと言われる組織をまとめ上げるだけの実力が備わっているはずで、副とはいえ万の人に的確な指示を下せる判断力を持っている。武闘会でここまで勝ち上がってきた、では済まされないくらいの強者たるゆえんが彼には会った。

戦士というよりは山賊に近いような鋭い目つきと肉体。筋骨隆々、とでもいうのだろうか。ただでかいだけではなく、しっかりと鍛え上げられた肉体をお持ちだった。

目の上には大きな切り傷が刻まれており、それがなお彼を悪人顔にさせている。歳は四十を超えるくらいだろうか。ただ強者というだけではない謎の貫禄を感じる。

司会が剣士と言っていたように、携えているのは一振りの剣だ。盾は装備しない、攻めたスタイルの剣士らしい。と言っても、俺もたてなんて使わないし、珍しいことでもないのだろう。盾を持つのは持つので、それなりにリスクになるしな。


そして、二人の間には面識があったのか、舞台の上で向かい合ってからしばらくの間向き合ってなにやら話をしている。正々堂々勝負をしよう、とかそういうのだろうか。そして 満足したらしい二人は既定の位置まではなれて開始の合図を待つ。

カレラは槍を、ミルドレッドと呼ばれた副団長は剣を悠然と構えた。


「それでは、試合開始だあああ!」


開始のそんな号令で、戦いは始まった。


ちなみに、ルナは先に出かけた。リルはまだ俺に宿っているが、カレラの試合が終わったらすぐに出かけるつもりでいるらしい。せめて試合を見届けてやるくらいはしてやらないと領主さんに申し訳が立たないのだという。もうちょっとのその誠意というかなんというかを俺にも向けてほしかった。

かなは床に丸くなって寝ている。怒られることはないと安心したら眠くなってしまったようだ。少なくともあと一試合残っているので起きていてほしかったが、まあ直前に起こせばいいだろう。

きっと、寝ぼけていても全力を出したかなに勝てる人間なんていないだろうからな。

いや、あの王女様ならいけるか?精霊完全支配と限界突破を発動した今のかなのステータスは正確には分からない。でも、俺達と戦った時のリルのステータス超える王女ならば、ありえなくはないか。

うーむ、そう考えるとあの王女様は本当に規格外のようだ。明日戦うことになるから、そこで実力を確かめられたらいいなと思う。


さて、戦況に戻ると、すでに何度かの激しい打ち合いが行われていた。一撃一撃の重さで言ったらミルドレッドが上だが、俊敏さと数で勝るカレラが戦いの主導権を握っているようにも見える。しかし、逆に言えばミルドレッドの攻撃が一度でも当たってしまえば傷による機動力の低下により圧倒手に不利な状況に追いやられる。逆にミルドレッドの方がカレラの攻撃を受けたところで踏み込んだ物でなければ言葉の通りのかすり傷程度にしかならないだろう。

そこまで見抜けている者がこの会場に何人いるかは分からないが、見る者が見ればカレラがかなり不利であると分かるはずだ。実際、当事者であるカレラは苦しそうな表情をしている。状況的には、絶望的と言っても過言ではないからな。


しかし、絶望的というのは面白いよな。言葉の響きのわりに重みを感じない。俺はこの世界に来てから少なくとも三回は絶望的な状況に追いやられた。一回目はリル、二回目はルナ、三回目は悪魔。リリアとの出会いを含めれば四回か?リリアを最初に見た時はかなりビビっていたからな。

だが、そのすべてを何とかしてきた。そんな俺に言わせてみれば、絶望的、という言葉ほど何とかなりそうなものはない。

絶体絶命とか、背水の陣とか、そんな言葉もそうだ。それを切り抜けることを楽しいと、そう思ってしまう俺はバカなのかもしれないが、なんだか諦めなければならない、みたいな意味にとらえることができない。もしかしたら俺も、戦闘狂なのかもしれない。


そんなことを言っている間に戦況は動く。

一瞬開いた両者の間合いをミルドレッドが勢いよく詰める。カレラはむやみに槍を振るわずミルドレッドの胸元に向けて鋭く一突き。それを半身になって躱したミルドレッドに対して槍を薙ぎ払う。

剣の腹でそれを受けたミルドレッドだが、動きが一瞬止まったことによりカレラがその場から離れ、ミルドレッドの間合いの外に出る。

ミルドレッドが剣を構えなおす前に三回鋭い突きを放つが、バックステップで躱される。カレラはむやみに追撃せず槍を構えなおす。ミルドレッドが側面から回り込むように駆け出し、大きくカレラに対して踏み込む。

見切っていたらしいカレラは横に跳んでそれを躱し、下段に槍を薙ぎ払う。相手の足を払う目的だったのだろうが、ミルドレッドはわずかに後方に跳んでそれを躱す。しかし着地際にカレラの突きが襲う。とっさに自分から態勢を崩したミルドレッドが受け身をとりつつ地面を転がり距離をとる。すぐさま起き上がり、カレラの間合いの外に出る。

激戦だった。躱し躱され、高度な読み合いの中でも賭けにも近い攻撃を織り込むことで相手の裏をかく。だが、それに反射神経や勘で対応しきる本当に強者同士だからこそできることだろう。俺だって今の技術だけであそこまでのことができるかと聞かれたら、そんな自信はない。というか、無理だろう。経験が足りない。


基本的にスキルに頼りきりの俺では、いつまでたってもあのレベルの剣術を習得することは出来なそうだ。でも、俺の強みはスキルだからな、仕方がない。反省する気も改善する気もありません。


二人の激闘に観客は沸き上がり、司会も珍しく熱心に実況してる。まあ、正直この武闘会で行われた今までの試合の中で最も見ごたえのある試合だしな。興奮するのもわかる。リルも、珍しく興味を持っている、気がする。一応、真剣に見入っているようだしな。かなも楽しそうに試合を眺めていた。正直、二人よりもかなの方がずっとすごいんだけどな。


そんな熱気に包まれた会場にいたからだろうか。俺もリルも、まだそれに気づいていなかった。静かに、それでも確かに起こっていた、それに。あとになって思えば、それは相手の隠蔽がうまかったから、というのもあるだろうな。それでも、気付けなかったのは俺の不注意だ。

それに、その小さな見逃しがあのような結果をもたらしたのもまた事実。きっと、闘技場という珍しい場での戦闘に、浮かれていたに違いない。


きっと、ここでこれから起きたことはこのオレアスにおいて数千年後も語り継がれる大事件。その当事者の一人に、俺はなってしまっていたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る