勝敗を分けたもの

 準々決勝、カレラvsミルドレッド。勝者、カレラ。

 

 高らかに宣言されたその内容に、会場はドッと沸き立つ。会心の一撃、起死回生、奇跡ともいえるような勝利に興奮しないものなど、そういない。実際俺も、かなり興奮していた。でも、自分のやるべきことは忘れない。あらかじめ言っていた内容をかなにお願いする。


(頼んだぞ?)

(任せて)


かなはそう言うと控え室を飛び出して舞台に上る。


「―――――!」


 スタッフが止めようとするが、かなはそれを振り払って進む。そして舞台に倒れこんでいるミルドレッドとカレラのもとに歩み寄る。その場で屈んで、魔法を発動させる。

 カレラ、ミルドレッドともに全身の皮膚が剥がれ落ちるようなやけどを負っている。一瞬腕を掲げたカレラであったが、司会による勝利宣言が会場に響いたと同時にぐったりと倒れこんでしまったのだ。さすがに、負担が大きすぎたらしい。

 それでもかなの回復魔法によりやけどは治り、腕に負った傷も修復された。五体満足、とは言えないかもしれないが傷は塞がった。カレラの生命力もばっちり回復し、今すぐには無理かもしれないが少し経てばまた戦えそうなくらいには回復していた。

 だが、疲れ切っているからか傷が癒えても起き上がる気配はない。ミルドレッドもそれは同じ。二人とも舞台の真ん中で完全にのびていた。かなが二人の傷を癒したのを見て、スタッフたちも再起動したらしい。二人を回収すべくタンカが持ち出され、それに乗せられた二人が舞台から降りる。

 俺も試合が終わったら見舞いに行かねばな。まあ、言葉をかけることもできないのだが。次の試合に出るかどうかはカレラが自身で決めればいいと思うが、あの状態でかなと戦うのはさすがに無理がある。経験を得る前に死ぬ可能性だってあるのではなかろうか。

 そこは、頑張ってもらうしかないだろう。


 さて、先ほど何が起きたか、少し振り返ってみるか。

 カレラがミルドレッドの剣を腕で押さえながら小さく浮かべた笑み。あれは間違いなく勝利を確信した笑みだった。でも、俺もあの状況になればカレラが勝つだろうな、とは思っていた。リルもそう確信し、この場を去ったわけだからな。


 剣に切り裂かれ、力なく垂れていた右手と違い、強く力の籠められた左手に、大きな魔力の高まりを感じた。すぐに炎属性の魔法だと気づいた。それがわかったころには、カレラを中心に、ミルドレッドを巻き込むようにして赤い魔法陣が舞台の上に広がっていた。

 刹那、烈火に包まれた会場。魔術・火Ⅹ。最強火力を誇る広範囲殲滅型消炎魔法、ギガフレア・サークル。威力と範囲に見合うだけの魔力を消費することにはなるが、範囲や威力を絞ることもでき、範囲が小さくなるほど、威力が弱くなるほど必要魔力も減る。

 今回カレラは極限まで範囲を小さくし、威力を最低限まで下げたことで残り魔力ギリギリのギガフレア・サークルを発動した。不死鳥発動時に発生るする状態、フェニックスは生命力が半分を下回った時生命力が1で固定され、継続的に魔力を消費するようになるが魔力がなくなるまで死ぬことはない、というものだ。だが、それと他にも炎属性の攻撃の大幅強化という効果がある。実際にどれくらい強化されるのかはわからなかったが、今回の攻撃でわかった。


 威力は通常時の三倍近くまで上がっている。魔法発動直前のカレラの魔力はほとんどなかった。数多の槍術の発動や、短時間ではあったがフェニックスによって魔力が消費され、ほとんど空の状態になっていた。あの程度の魔力で放てる魔法など、本来たかが知れているのだ。だが、あの威力は異常だ。

 そこそこ高レベルであったミルドレッドを、魔術・火Ⅲと同程度の魔力しか籠めていない魔力で倒せるわけがない。だが、その三倍の威力ならば? ミルドレッドほどのレベルであろうと所詮は人間。魔術・火Ⅲの魔法の直撃を三回も受けてしまえば致命傷は免れない。

 魔術・火Ⅲよりは元の威力が少しばかり高かったためミルドレッドを一撃で仕留められたようだが、もしそうでなくとも致命傷に値するダメージを与えれば一瞬の隙をついてカレラが逆転した可能性もあった。でも、その必要すらないと、カレラは確信していたのだろう。だからこその、あの笑みだったのだから。


 というわけで、カレラはかなり無茶をしたわけだ。フェニックスが発動していたため生命力は減っていなかったが、全身火傷だらけ。あと少しかなの回復魔法が遅かったら、魔力切れでフェニックスが解けて焼け死んでいた可能性もあった。それにプラスして、魔力の枯渇。この世界の生物にとって極限状態を意味するそれにも襲われたのだ、体としてはもはや限界だろう。

 ミルドレッドもひどかったな。残り生命力は二桁。魔力も長引いた試合の中でかなり消費していた。カレラと同様に全身火傷だったし、かなが回復してくれなければ騎士団としての活動はもうできなくなっていただろう。その程度には危ない状態だった。

 かなにはカレラの回復しか頼んでいなかったので、あれはカレラといい試合をしたことに対する礼とか誠意とかそう言ったものだろう。いや、見殺しにするつもりだったわけじゃないよ? ミルドレッドであったらあの状態からでも十分ほどは持ったはずだ。そうなれば闘技場に用意してある回復ポーションや治癒魔法使いによって傷を癒されていたはず。別に、俺が非情だったというわけではない。


 そもそも、あの場でかなが乱入したことのほうが問題なのだ。カレラの容体が一瞬を争うようなものだったためかなに行ってもらっただけで、本当なら会場の運営に任せるべきなのだ。これは俺が悪いんじゃない。……本当だからな!?

 誰に言い訳してるんだ? というセルフ突っ込みをしたのちに、帰ってきたかなに声をかける。と言っても念話だが。


(お疲れ、ありがとな)

(ううん、これくらい。それに、さっきの汚名返上したかったから)

(さっきのって言うと……勝っちゃったことか? 別に、気にしなくていいって言ってるのに)

(そうはいかない。かなにも、プライドってものがある)

(……そんな言葉どこで覚えたのやら……)


 いらないとは言わないが決して必要ではない知識をかなに教えているやつがいるな。多分リルだ。あとルナもちょっとくらい手を貸してそう。かなに悪影響だからやめてほしいものだ。

 ……俺も、自重したほうがいいかな。なんとなく、そんな気がした。


(あっちの剣士の叔父さんも直しちゃったけど、よかった?)

(まあ、問題ないだろ。スタッフに連行とかはされてないだろ?)

(うん。ありがとう、って言ってたと思う。頭下げたから)

(ならいい。……カレラは大丈夫かな。多分、すぐにかなとの試合だからなー)

(多分、大丈夫。ちゃんと魔力回復もかけた。傷も、生命力も全力で直した)

(それ、かなのハンデになってないか? それなりに魔力使っただろ?)

(ん? それくらいじゃないとフェアじゃない)

(ごもっとも)


 言葉遣いが達者になっていくかなを褒めればいいのか、純粋だったかなが薄れていっているのを悲しめばいいのか、どっちか分からないな。でもまあ、かながかならしく成長してくれるなら、何でもいいけどな。


(じゃ、俺の番だから。行ってくる)

(うん、頑張って)

(おうよ)


 今回はちゃんと戦うことになるが、ここ最近俺が戦うことはなかった。感覚を失ったりはしてないとは思うが、全力を出せるか? と聞かれたらちょっと怪しい。でも、そんなことで負けるわけにはいかないのだ。

 かなではないが、俺にだってプライドがある。それに、全力を出せないくらいが相手にとってはフェアだろう。というわけで、かなの言葉を最大限引用した言葉を後に、俺は控室を後にした。


 さて、少しばかり頑張りますか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る