今願うこと

 さて、今度はリルの二試合目。しかし、かなと同じくこれもまた特筆すべきことはなかった。リルの動きに全く反応できなかった対戦相手は、剣を構える暇もないまま地に伏した。こうなると、昨日戦ったデロイトの異常な強さが際立つな。人間にしては、だが。


「では、帰るとしようか。見ておきたい試合もないしな。この試合で注意すべきは現王女だけだ」

「そうですね。帰るとしましょうか」


 ルナとかなも小さく頷いて、闘技場を後にする。


「明日は第三試合の後、準々決勝、準決勝、決勝をすべて行い、その翌日王女様との一騎打ち。どうしてこんなにも短い期間でやろうということになったのか心底疑問だが……備えておくとしよう」

「運営の人が言うには、つい数年前まではこの国の国王が決勝後の一騎打ちの相手をしていたため、参加者が少なくこの日程で何とかなっていたところが、相手が王女様になったとたん参加希望者が急増し、こんなハードスケジュールになってしまったそうです。それでも、すぐに前まで見たいに戻ると考えて、日程は変えていないのだとか」

「そうなのか? まあ、王女は十二の少女。多少なりとも舐められることはあるのだろうな」


 見た目で言えばかなと同年代くらいの少女。金髪碧眼で、とても美しいとの噂だ。闘技場では暗くて、顔までは確認できなかったが。

 ステータスを見る限り、断じて見た目通りの強さではない。むしろ、真逆とすら言えそうだ。俺やかなはもちろん、下手したら全盛期のリルにすら及びそうなステータス。レベルもそれなりで、スキルなんかも考慮したら少なくとも互角には戦えそうだ。思考加速や、魔力を持続的に消費するが発動中圧倒的な速さで移動できるようになる瞬絶を駆使すれば、ルナともいい勝負ができてしまうかもしれない。

 それでも間違いなくルナが勝つだろうが、面白いのはルナの外見は王女よりも幼いということだ。本当に、見た目と強さはイコールとはいき難いらしい。


(かな、戦ってみたい。絶対、楽しい!)

(どうだろうな。精霊完全支配を発動すれば、いい勝負ができるだろうし、限界突破が発動すれば圧倒的とまではいかなくてもかなの方が有利かもな)

(うん、絶対負けない!)

(でも、かなは準々決勝で負けてもらう予定だろ?)

(むう……やっぱなし、前言撤回。かなは王女様と戦いたい!)

(そうは言ってもだな……)


 最後尾で抗議の念を飛ばしてくるかなは可愛いが、出来ればもうちょっと色気のあるわがままを言ってくれた方が女の子っぽいと思う。いや、元猫に何を言っても無駄だろうけど。


(武闘会が終わったら俺が模擬戦に付き合ってやるから……)

(……リルがいい)

(……)

(リルがいい)

(……わかった、頼んでおく)


 かなからしてみればちょっと我儘を言っているだけなのだろうが、少しばかり傷ついたぞ? 確かになんだかんだ言ってかなとリルとの模擬戦は先延ばしにされ続けていたが、ちょっとひどいと思う。いや、俺が弱いから模擬戦の意味がないって言われたらそれまでだけど。


(そう言えば、明後日はどうするの? かなたち、暇でしょ?)

(ん? ああ、それならリルが頼みたいことがあるってよ。ルナと一緒にちょっと働いて欲しんだと)

(わかった)


 かなとの会話をそこで区切り、今度はリルに念話を飛ばす。


(かなは引き受けてくれるってよ)

(そうか)

(あと、模擬戦の相手になってくれと)

(わかった。それくらいならばいいだろう。……かな嬢は欲がなさすぎる気がして心配だ。強者はそれなりに傲慢な方がいいのだがな)

(そういうものか? でも、かなに言っても無駄だぞ。つい最近までただの野生動物だったんだから)

(……確か、そういう話だったな。それはそれで、かなり特殊だし、難しい立場にならざる負えない、という意味で重要なことだが、仕方ないだろう。力は申し分ないし、司殿の言葉には忠実だ。問題を起こすことはないだろう)

(それはそうだな。かなはいい子だからな)


数年間も一緒にいれば、猫であろうがどんな奴かは大体わかる。かなは基本大人しく、それでもしっかりと遊ぶときは遊ぶ、可愛らしいやつだった。俺がちょっと疲れた時も、寄り添ってくれていたし、追いかけまわしたりしたら、一緒になって走ってくれた。

 きっと、俺が黒江の次に理解している相手だと思う。……黒江、か。異世界に来てからすでに四か月近く。もしかしたら、黒江も一緒にこちらに来ているのではない、なんて考えることもあるが、手掛かりも根拠もない。もし来ていたとして、会えるとは限らない。

 でも、まだ黒江とはお別れ、って感じがしない。俺が忘れたくないからとか、そんな理由でも納得できるけど、少し違う気がする。また、会える気がする。そして、俺もまた会いたい。俺にとっての、唯一の本当の家族。

 親が俺たちのもとを離れてから、ほとんど二人だけで生きてきたように思う。それこそ、本当のパートナーのように。もちろん、周囲の人に助けられて生きてはいたが、それでも普通の学生がやらないようなことまで、二人で頑張ってやっていた。お金だけはどうしようもないから親の力を借りていたが、それ以外にかかわりもなかった。……せめて一言、何か言ってやりたかった。あんたらがいなくなって、俺が、黒江がどれだけ苦しい思いをしてきたか。惨めで、切なく、悲しい思いをしたと、訴えてやりたかった。


 でも、多分、あの二人にはもう会えない。というか、とうの昔にはお別れが済んでた気がする。きっと、二人が家を出たあの時から、俺にとっての家族は黒江だけだった。いや、かなもだな。黒江とかなと、俺との三人。きっと、お互いがお互いのことを理解して、一緒に過ごしていけると思えたかけがえのない、絆。それが愛だとか言われたら、きっとそうなのだと頷けるくらい、二人のことを俺は想っている。

 だから、黒江とはもう一度会いたい。かなとは、ずっと一緒にいたい。そんな決意が頭をよぎり、一瞬、周りからの声が聞こえなくなっていた。


(司殿?)

(あ、ああ……悪い、少し考え事だ。……さて、帰ってこれからのことでも考えますかね)

(……そうだな。きっと、これからはまだまだ長い。リリア嬢から与えられた使命、全うして見せよう)

(もちろんだ)


 吹っ切れたわけではない。黒江のことは、想っても想いきれないし、会いたいと願っても願いきれない。叶わないとしても、願わずにはいられない。だからきっと、俺はお前に会いに行く。それまで、元気でいてくれよ、黒江。

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