堅実な戦い

「それでは本日の第七試合、開始だあああぁ!」


司会の合図とともに、試合が始まる。と言っても両者すぐに動き出すことはなく、互いに様子見をしている。

 どちらもお互いの攻撃が決定打にならないことは理解しているらしい。距離をとりつつ、待ちの態勢だ。そんな睨み合いが三十秒近く続いたのち、先に動いたのはカレラだ。少しずつでもダメージを与えておかなければ最終的に負ける、と判断したのだろうか。

 深く踏み込む攻撃はせず、相手の間合いの外側からチクチクと槍先で攻撃を始めた。非常に地味な構図だが、あれが確実な方法なのだから仕方がないだろう。

 対する鎧男はひたすら耐えてカウンター狙いなのだろうか。カレラの攻撃のすべてにしっかりと対応し、深手を負わないように立ちまわる。槍の先端だけでの刺突では一度ごとに削れる生命力はせいぜいが10。鎧男の生命力が700を超えるため、かなり戦いが長引きそうだ。


 そして予想通り長引いた試合はそろそろ開始から二十分ほど。観客もみな飽きてきたらしく歓声は完全に消え去った。むしろ、二人の地味な戦いに対するブーイングを始めるやつまで出てくる始末だ。いや、確かにつまらないし、かなに至っては壁に寄りかかって眠り始めている。代り映えしない試合模様がこれだけ続けばまあ仕方ないだろう。

 しかしそれでも観衆たちには見えないステータスという視点で言えば確かに開始から変化はある。

 鎧男の生命力は残り400。度重なる攻撃のおかげで残りはもうすでに半分近く。そろそろ鎧男の表情も険しくなり、いつカレラに攻撃を仕掛け始めるのかわからない。


「そろそろ反撃しそうだな」

(そうだな)

「何か仕掛けないと、あの鎧の男は負けてしまいそうかの」

「だが、あのままやられるようならばここまで勝ち残ってはいなさそうだ。武闘会の予選にはこの本戦に集まった者たちよりもさらに数多の戦士たちを下さなくてはならないはずだ。必ず、何かする」


 リルが確信を持って言う、ということは恐らくその通りになるだろう。いや、まあ俺でもそうだとは予想できる。そんな話をしていると、俺達の予想通り鎧の男が仕掛けた。一歩踏み込み、自身の大盾を壁に大きく前進する。

 カレラもある程度予想はしていたようで、相手の踏み込みに合わせてバックステップを踏む。それに気づかず、自分の間合いにカレラをとらえたと思った鎧の男は剣を振るう。カレラは既にそこにはいないので空振りし、宙を切る。盾も剣も振り払い、すでに身を守るものはない。

カレラは鎧男に向かって踏み込み、その槍を突き刺す。勢いよく槍を胸に突き刺された鎧男は大きくバランスを崩し、背から倒れる。

 カレラはすかさず鎧男の首元に槍を突き付ける。


「おおっとぉ!! 長きにわたる激戦に、ついに決着がついた!  勝者、炎槌のカレラだああぁ!!」


 いつのまにかカレラに異名がついたらしい。炎槌とかいう格好いい名前だ。羨ましいな。この武闘会が終わるころには俺やかなの異名もできてそうだな。


 しかし、結局この試合も難なく終わってしまった。いや、いいことなのだが、面白みに欠ける。もちろんいいことなのだが。できれば不死鳥とか、みてみたかった。でも、勝ちに執着するカレラの慎重な戦いぶりは、本当に見事だった。戦術としてみれば、完璧と言えるだろう。

相性の悪い相手に対して堅実な手段をとれるのはすごいことだと思う。判断力が鈍ったり、やけくそになったりして突っ込む、なんてことはよくあるそうだ。リルやルナもそういう人をたくさん見たらしい。阿呆だったと、そう言ってた。まあ、そうなんだろうな、と俺は思った。


 冷徹者が発動した俺ならば、きっとそんな判断ミスはしないはずだ。その名の通り、冷徹な判断を下せるようになるはずだからな。でも、そうでなければ俺だって脳死で突っ込んだりするかもしれない。そんな時に冷静な判断をできるカレラはすごい。ここまでの冒険者としての活動で、強者と敵対したときの戦い方を学んだのかもしれない。……そうなると、俺は何も学んでいないのかも。悲しくなってきた。


「順当に勝ったな。あやつの起死回生も大したことがなかった。うーむ、読み違いだったやも知れない」

「そうでもないと思うかの。あの鎧の男の一撃も、鋭く重いものだった。普通の人間だったら、あの一撃で絶命していてもおかしくない。そんな攻撃を見事にいなしたカレラ嬢がすごいのかの」

「そういうものか? ……そういうものなのかもしれないな」


 ルナが言うと、リルも納得したように頷く。俺もなんとなくは分かるが、この世界の普通の人間、の基準がよくわかっていないから曖昧だ。まあ、あの鎧の男もそれなりに強いってことだろうな。それでも、カレラがそれに勝っていただけだと。まあ結局戦闘はそんなものなんだろう。実力が勝るものが順当に勝つ、それが心理。

 と言っても、俺やかなはそれをなぞっていないけどな。前までの俺とかながリルに勝てたのは奇跡のようなものだしな。でも、あれが例外なだけだ。


 まあ、何が言いたいかっていうと、カレラを素直に褒めようってことだ。俺が直接言えるわけではないのだがな


 勝利宣言を受け舞台を降りたカレラを、リルとルナは迎える。


「素晴らしい立ち回りだった」

「堅実で完璧。確かに素晴らしい試合だったかの」

「ありがとうございます。正直、勝つのは難しいかと思っていましたが、相手の方が少し焦りを見せてくれたおかげで勝つことができました」

「それは、カレラ嬢が諦めず堅実に攻め続けたためだ。称賛に値する。よくやった」

「妾からも、称賛を送るかの」

「あ、ありがとうございます……少し、照れてしまいますね」


 恥ずかしげに俯きながら、頬をかいてそう言うカレラ。きっと、彼女はものすごい満足感と達成感に満たされているに違いない。

 彼女には、もっと頑張ってほしい。もし俺たちの友に行動を共にするとしても、しないにしても力は必要だ。俺が上から目線で言うのもなんだが、彼女にはもっと力が必要だし、精進してほしいものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る