国立図書館

「では、行くか」


 武闘会が始まってから二日目の夜。明日の試合に向けて英気を養う皆を残して部屋を出る。昨日に引きつ続き、ミスゼイル流と呼ばれる流派の情報を集めに行く。

 漁るのは主に図書館や貴族の金庫、情報屋あたりだろうか。王城に向かうのが一番効率がいいだろうが、以前司殿に言われた通り王女に気づかれると厄介だ。あの王女の索敵範囲がいかほどかがわからない以上、むやみに近づくことはできない。王城周辺の詮索は控えることにする。

 本来ならばルナ女史と行き、万が一にも備えるべきだが、ルナ女史は個人で調べてみたいことがあるようで、我より先に宿を出ている。我と同じく、と言っていいのかはわからないが、行動力のある方だ。

 今夜の標的は取り敢えず図書館だろうか。国立図書館ともなると、書物の数が物凄いと聞く。数千、もしかしたら万を超える書物を期待してもよいかもしれない。その全てを記憶する必要はないが、望まぬ形で有用な情報を得られる可能性はある。どちらにしても、一度は行ってみたいと思っていた場所だった。


 夜道、影の中を進むこと数分後。貴族街を抜け、工業施設を素通りし、商業施設の一角で立ち止まった。そこにはギルドを超える大きさの木製の建物が鎮座していた。広大で壮大、国立の名に恥じない作りだった。装飾などもきめ細やかで、どれくらいの金をかけているのかは想像もつかない。少なくとも、我らが冒険者として稼いだ金の十倍以上はするだろうな。大金、と言っても我感覚で言う普通の装備を整えるだけですべてが消し飛んでしまう。カレラ嬢への贈り物で、所持金の半分以上を消費してしまったし、本当に大した額ではなかった。……あとは、約二名の食費として三割近くが持っていかれるがな。さすがに勘弁してもらいたかった。


「ここ、だな。では、入るとするか」


 ダークネス・ホールを発動し、壁を抜ける。中に入ると数人の気配がした。巡回兵か何かだろう。これだけ大規模な図書館ともなれば、書物を盗もうと企てるものなど無数に表れるだろうからな。気配からして大したことはないが、武闘会に出れるくらいの実力はありそうだ。

 司殿のスキルである解析鑑定が使えずとも、ある程度の相手の強さならば推し量れる。我は自身の勘を信用して図書館の物色を始める。と言っても盗むわけではなく、読んでは戻し、の繰り返しだ。

万が一にも見つかることはないだろうが、それでも慎重すぎて困ることはない。

 読みふけるのは帰ってからにして、今は少しでも多くの書物の内容を記録することが先決だ。魔術・精神の扱いにも多少は慣れ、デビロピングの容量もそれなりに増えた。収納できる冊数は、要点だけを記録すれば五百を超えるだろう。それだけの情報を得られればかなりのことがわかるはず。ミスゼリア流に関することでなくとも、人間についての情報は今の我にとってかなり重要なものだからな。


 そうは言っても闇雲に探すのは効率が悪い。一応分類ごとに分けられているようなので武術やそれに関わることについて書された本が集まっているとされる区画に向かう。案内図というのは、便利なものだ。

 その場にたどり着き、漁り始めて数分。すぐに興味深い内容の書物を発見した。


「ミスゼリア流の発祥の地は、リセリアル? 邪神に連なる拳闘士が始祖……。邪神だと? そんなもの、何千年前に滅んだと……。その頃の人間はまだ、猿のようなものだっただろうに」


 人間が人間として活動し始めたのはこの世界が誕生してから間もないころだが、まともな生活圏を築き始めたのはつい千年ほど前。リルの一生よりは長いかな、くらいの年月しか経っておらず、リルからしてみればそんなひよっこの様な種族である人間が邪神に連なる? そんなわけがない。

 そもそも、邪神はすでにルナら原初の七大魔獣たちによって滅ぼされている。当時は全部で五体の邪神がいたようだが、三竜種たちが二体、ルナと、その友人であるソルが一体ずつ、残る二人で一体を滅ぼしている。もし、その中の邪神のどれかが生きていたとしても、この世界で再び活動するなどほぼ不可能。例えば原初の七大魔獣の誰かに僅かな良心があり、それが滅ぼす、ではなく封印にと どめてしまったとしても、それを開放するのは至難の業。

 その上、邪神の力を制御などできるはずもない。封印を解けたとして、その後待っているのは破滅だ。それでも、世界は滅べばいいとか考えてしまう狂信者はいるもので、そういうもの達が邪神の復活を試みて、その力の一部を借り受ける、もしくは天啓に似た何かを授かる、なんてことはあり得ない、とは一概には言い切れない。

 そう考えてみると、邪神に連なる戦士、というのもありうる話なのかもしれない。


「これは、かなり興味深い。もし邪神がその力を欠かすことなく復活したのならば、かなりの被害が出ることになる。ルナ女史ならば負けることはないだろうが、彼女がいない場所で暴れられては我でも時間を稼ぐのが精一杯だろうか。……これは、人間との戦争とは別の問題としてリリア嬢に報告する必要がありそうだ。そうなると、そろそろ帰る、というのも一つの手だろうな。この国が戦争準備を進めていることは分かったし、その準備がオリィのデモンパレードの影響で一時的に止まっているということも把握済み。それなりに良い情報となるだろう」


 それからも図書館をあさるリルだったが、これといった情報はそれ以外には見つからなかった。しいていうのならばミスゼリア流が発祥したと言われるリセリアルについて、気になる者があったくらいだろう。

 勇者の住む国とされるリセリアルだが、近年勇者が現れる数が多いらしい。勇者として覚醒した人がたまたま多い、という解釈もできるが、こうして書に記されるくらいだ、何かあるに違いない。そう考え他の本も参考に考察し、リルが導き出した答えはこうだ。


 そもそも、勇者とはそこまで珍しくないのではないか。ただ、そう、今までは発見されていなかっただけで。もしそうなのだとしたら、何らかの方法で勇者を探せるようになった、または勇者が日の目を浴びる機会が増えた、ということになるだろう。


 前者はともかく、後者に関しては思い至る節が複数ある。

 まず第一に、亜人や獣人との戦争だな。それに勇者が参戦すれば、人間側の戦力としては百人力だ。そんな勇者を使いたいがために国がその名を広める、ということは大いにあり得る。富と金をやる、だから戦え。簡単な話だ。あとはハイエルフの代替わり。

 ここ最近、ハイエルフの女王の代替わりが行われた。我らがリリア嬢が王位についたことを指すが、これがどのように勇者が日の目をより浴びる原因になるかというと、人間がエルフを目の敵にしており、エルフ討伐の要として勇者が期待されているからだな。


 長年、人間とエルフは犬猿の仲とも言える状態が続いている。本能的な部分で亜人を嫌うのもそうだが、人間に似た容姿と肉体を持つのに、人間よりもはるかに長い寿命と多くの魔力を持つエルフに嫉妬しているのだ。そんな人間たちによって同胞を傷つけられたエルフたちも躍起になり、今に至るというわけだ。


 どちらにしても、勇者、か。とても、とても興味がある。ここ最近で超人や天人と相まみえたが、勇者はまだ数回しか見ていないし、三百年近く合っていない。是非とも、お目にかかりたいものだ。


「さて、今日は帰るとするか」


 図書館をあさり始めてから数時間。満足いくだけの情報を集め終えたらしいリルは、日が昇り始める前にその場を去るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る