かなと司の約束

 その日の武闘会は無事に終わり、俺達は帰路についた。結局俺が半人半魔の状態で自分の体を動かす方法は分からないままだったが、色々と手掛かりは得られたと思う。リルやルナの知識を使えるのだから核心に迫るのもすぐだろう。森羅万象だってきっと頼りになってくれるはずだしな。

 貴族街の宿に戻り、体を休ませる。リルは俺の体から飛び出し、ベットの横に横たわる。


(かなり精神を削ぎ落された。手加減というのは、あんなにも難しいのだな)

(俺もいつかそんなことを言ってみたいよ)


 デロイト戦だが、リルが押されたように見えたのは、本当に見えただけなのだ。リルは最初に剣を失った時点で相手の動きを見切っていたし、どの攻撃を受けても良くてどの攻撃を捌くべきで、どの攻撃を躱すべきなのか全てを判断し、勝利を確信していた。

 俺の体だから扱いずらい、という上にデロイトが想像以上に強かったのは確かだ。だが、それでもリルには及ばない。結局あいつの強さの秘密は分からないままだったが、結局は人間だ。勝てるはずがない。

 しかし、それでもリルは人間にしては異常な強さを持つデロイトが気になってしまったらしい。こんなことを言い出した。


(我はミスゼイル流とやらについて調べてこようと思う。司殿たちは適当に休んでいていいぞ)

(はいはい。ヘマするなよ。特に王城近くは気を付けろ。あの王女、今のリルとなら互角にやれるかもしれない)

(心得ている。だが、今の我は暗躍に特化した影狼だ。そう簡単にばれないだろうし、最悪でも逃げ帰って来るさ)

(できればそれも避けてほしいけどな。変に警戒されたくないし、あれだけの実力者となると気配を覚えられることもあり得る。もし武闘会で相まみえることになった時にばれたらやばいからな)

(そうだな。では、十二分の警戒をしつつ、探索に出かけてくる)


 影狼となったリルは俺の体よりはましだが全盛期とは程遠い力しか持ち合わせていない。そんな状態のリルならばあの王女は互角にやりあえてしまうだろう。それどころかリルが負ける可能性すらあるのだから、あの王女は本当にすごい。


(これは言い伝えなのだが、この国には剣聖がかつて使っていたと言われる聖剣があるそうだ。その剣は主を選ぶと言われているのだが、今代王女がそれを使えないとも限らない。この国の聖剣は神剣にすら匹敵する力を秘めていると言われている。もし本当に聖剣を使えるのならば、今の我には勝ち目などないだろう。まあ、ルナ女史ならば余裕だろうが)


 自分と比較して強い相手とルナを比べるのは負け惜しみだと思うが、ルナに勝たれたら俺たちは本当にな成すすべなくなるのでひとまず安心する。


 王女の使う聖剣の名をアロンダイト。俺も聞いたことがあるような名前の剣だったが、俺がいた世界にもあったのだろうか。圧倒的な攻撃力を誇り、その一撃はルナの蹴りにすら匹敵するのだとか。……いや、例えになってないな。こればかりはルナがおかしい。

 ルナと並べる強者ってこの世界に何人いるんだろう。名前くらいしか知らないがルナと同じ原初の七魔獣の一体であるソルとかいう陽孤はこの前戦った白竜級の敵を二体倒したって話だ。しかもリルが倒したときの白竜は全盛期には全く及ばない程度の力しか使えていなかったらしい。あれよりも数倍強いやつを二体、と考えればそいつのやばさが分かる。それでもルナが負けるビジョンが浮かばないのはなぜだろう。


(司、リルはどこに?)

(ん? ああ、気になることがあるんだと)


 さっそく出かけたリルを見て、かなが念話で話しかけてくる。かなと二人きりで話をするのは、なんだかんだ言って久しぶりだった。


(司、強くなれそう?)

(まあ、頑張っているんだが……難しそうではあるんだよな。俺としては、かなの精霊みたいな感じでリルを憑依できればいいんじゃないかって思うんだけど……なんかわからないか?)

(えっと、かなは精霊核に適性があるから取り込めてるんだけど……)

(なるほど、適正か。でも、リルは俺の体に適性があるっぽいけどな、操れている時点で)

(ううん、違う。かなの魂と精霊核の相性がいい。それが適正。体に憑依されているわけではない)

(そうなのか?)


 しかし、それはそうか。確かかなの魂に精霊核を預けることで何度でも蘇れる、とかって話だったからな。リルの魂が俺の魂の適性があれば、かなの精霊みたいな立ち位置で俺を強化できるのだろうか。これはリルが返ってきたらさっそく試してみるしかないな。


(……かなも司と一緒に戦ってみたい)

(どういうことだ?)

(リルみたいに、かなが司と一つになって戦うの。楽しそう)

(お、おう。そうかもな。でも、俺は多分強くないぞ? かなが魔法とスキルでサポートしてくれても今のかなより弱いままだと思うんだが)

(ううん。司と一緒に戦えば、きっともっと強くなれる。この前悪魔の魔力を沈めた時だって、そうだった。一緒にいれば、強くなれるの)

(そう、なのかな? まあ、出来たら楽しそうだよな)

(うん)


 何だろう。とてもこそばゆい。でも、満面の笑みで言われてしまったら、俺としては拒否もできない。

 確かにリル以外の誰かに憑依されるのも楽しそうだが、あれは魂だけの存在となったリルだからこそ可能なことだった。かなが俺に憑依する、というのはかなが死んで、魂だけの存在になる必要がある。そんなことは、絶対に嫌だった。

 魂だけのかなと一緒にいても、きっと楽しいけど、かなが死ぬってことがものすごく悲しいから。でも、もしも、本当に万が一、かなが追いつめられてしまったら。そういう決断をするのも、悪くはないと思う。だって、ずっと一緒にいられるってことだから。


(その時は、全力で、本気で、一緒に頑張ろうな)

(うん、もちろん。かなと司、二人で最強になる)

(ああ。リルとか、ルナだって倒してやろうな)

(絶対!)


 楽しげに笑うかなに、俺も思わず笑みを返す。きっと、この楽しい時間はこれからしばらく、何十年も続いてくれる。超人となった今の俺ならば、百年以上生きられるかもしれないし、天人なんかになれたら、もっと長い寿命を得られるはずだ。そうなったら、幸せな時間がずっと続いてくれるって、信じたい。

 この笑顔を、一生見ていたいって思えるから。俺は、なんだってできる、って自信を持って言えた。かなの笑顔を、延々と見ているためにも、なんだって犠牲にできてしまえる。でも、自分の命だけはだめだな。かなの笑顔は、きっと俺が生きているからこそ引き出せる。それに、かなが笑顔であっても俺が隣にいないと意味がない。何があっても、かなと一緒にいたいのだ。


(これからも、ずっと一緒に強くなる)

(ああ。もっともっと強くなろうな)

(頑張る! だから、協力して)

(もちろんだ)


 こうして、改めて決意を固めた二人はしばらく雑談とともに笑いあう。近い将来、何物にも負けぬ力を手に入れるために、共に進んでいく。

 その願いが、叶うと信じて。

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