王女の力

 デロイトが放つ拳の一つ一つは重く、早い。それこそ、リルの憑依したこの体でさえまともにダメージを食らってしまうほどに。だが、決して強いわけではない。ある程度の力を開放すれば容易に勝てる相手だろう。

 ただ何が厄介かというと、今の俺、というよりリルが実質的に力を縛られていることだ。

 あくまで人間の範疇であるようにとしているせいで、力を出しきれていない。だからこそ今、俺達は格下相手にかなり押されていた。


(ルナやかなが簡単に終わっていたから俺たちもそんなもんなんだろうと思っていたが……)

(想定外、というほどではないにしてもかなり強い。我とてここまで手こずる予定はなかった。だから、一つ試してみようと思う)

(ん? 何をだ?)


 相手の攻撃を見切り、躱し、時には受け流し、致命傷を受け内容に立ち回りながらリルと話す。実際、それくらいの余裕がリルにはあるのだ。力を制限している分、当然と言えば当然だが。


(やはり、ここは司殿にこの体を操ってもらうべきだと思ってな)

(おいおい、どうしてだよ。俺の方がよっぽど弱いだろ)

(今のように加減している我よりは、全力の司殿の方が強いだろう ?このデロイトとかいう拳闘士よりも、司殿は弱いのか?)

(言われてみれば……確かにそうだな。十中八九俺はこいつより強い。だが、それって人間の範疇と言えるのか?)

(考えてもみろ。超人であるカレラ嬢も参戦しているのだ。たとえ隠れた実力派超人がいたところで化け物呼ばわりされることないはずだ)

(それもそうか。じゃあ、試してみてくれよ)

(わかった)


 リルの言う通り、恐らく俺が全力を出せば半人半魔状態でなくても目の前の男に勝つことはできる。それでも半人半魔状態での戦闘にリルが拘るのは試してみたい、という気持ちが半分。もしかしたら俺が勝てないのでは? という懸念が四割。言葉を話せた方が便利だとか、半人半魔を解除するところを察知されるかもしれないという懸念一割といったところだろう。

 俺としても自分の体を自分で動かしたいので大いに賛成だ。最近は半人半魔を使いすぎて体の感覚が訛っている気がするし、憑依されるときの不快感にも慣れてき始めてしまった。ああいうことには、慣れないほうがいいと思うのだ。


(では、行くぞ? 司殿、まずは主権限を使ってくれ)

(というと、主従関係が使える命令権のことか。了解。なんて命令すればいい?)

(魂の制御権。もしくは思念の操作だ)

(わかった、試してみる)


 リルに言われた通り、俺はリルに対して命連権を行使する。体の操作、及び精神の操作を試してみる。すると、なんとなくだがリルの体を触っているような感覚になった。実際に触っているわけではないが、なんというか、こう、夢? 幻? を触っているというか……筆舌に尽くしがたいとだけ言っておく。


(ど、どうだ?)

(うーむ、微妙だな。確かに思考の一部を操作されているが……この程度では体の操作は無理だろうな)

(これは俺の制御力の問題なのか、それとも俺に与えられている権限が弱いせいなのか)

(……どちらにしても現状では難しいようだ。一旦諦めて戦闘に集中するとしよう)

(そうしてくれ。でないと俺が体の操作権を得る前にこの体が木っ端みじんになりそうだ)

(そうは言うがな、この体でも十分こやつの拳ぐらい受け止められるぞ? 直撃したところでそれほどのダメージにはなりえない)

(だろうなぁ)


 結局のところ俺の体であろうともリルが目の前のこの男程度に負けるわけがないのだ。


「さて、反撃と行こうか」


 ああ、なるほど、わかった。リルが今まで押され気味だったのは手を抜いていたからなのね。

 リルのつぶやきを聞いた瞬間、デロイトの表情が曇る。一瞬、寒気のようなものを感じたのか身を震わせる。拳の動きが乱れ、隙が生まれる。リルは正確に拳の軌道を読み、確実に躱す。

 リルは己の拳を、デロイトのその胸元に叩き込んだ。


「ぐはっ!?」


 その一撃でデロイトの体は大きく揺れ、バランスを崩す。そんな隙を今更見逃してやるつもりはないらしく、リルは追撃を放つ。

 腰を落として足払い、完全に空中に投げ出されたデロイトの腹に肘を落とし、地面に落ちた反動で跳ねた体を蹴り飛ばす。

デロイトの体は綺麗に弧を描き、舞台を飛び越え場外へと飛んでいく。この武闘会では場外に出たら負け、みたいなルールはないが、勝ちは確定したのではないだろうか。デロイトはすぐには起き上がれない様子だ。


(流石だな)

(もちろんだ、と言いたいところだが司殿、魔法を使ったな?)

(何のことだが)


 相も変わらずリルは鋭いが、一応知らないふりをしておく。リルが反撃に映るその瞬間、魔術・氷Ⅱで使える魔法、ローエアリアルを使った。周囲の気温を一気に下げる魔法で、気温の大きな変動に対応しきれない人の身であるデロイトならば大きく隙をさらしてくれると思って使ったのだ。

 俺の体は超人であるがゆえに暑さ寒さに鈍感だ。それはこの前行った雪山で立証済みだ。そういうわけで、リルは勝利を収めたのだった。


「一瞬の逆転劇、お見事でした」

「逆転劇も何も、試合の展開を掴んでいたのは常にリル殿だったかの。何かを企んでいるとだと思っていた。でも、特に何もなく終わったのはなぜかの?」


 控室に戻ると、カレラとルナが迎えてくれた。まあ、俺ではないのだがな。


「結局失敗に終わったのだ。司殿も頑張っていたが、どうにもうまくいかなくてな」

「それは、司殿に体を動かさせる、ということかの?」

「ああ、そうだ。いろいろと試してみたが核心に迫ることは出来なんだ」

「やはり、難しいものでしたかね。私が何も知らないのにいろいろ言ってすみませんでした」

「いや、それ自体はいい。司殿も願っていたことだったしな。いつか試してみようとは思っていたのだ。それが少し早まった、それだけだ」

「そう、ですか。ありがとうございます」


 カレラは綺麗にお辞儀をして、申し訳なさそうに頬をかく。カレラって礼儀正しいし親切だし、結構いい奴だと思う。


(なあリル、俺考えたんだけど)

(どうした?)

(今の状態から体を操作しようとするのが間違いなんじゃないのか?)

(というと?)

(いや、俺の体を強化した状態でも俺が自分で戦えるようにするならさ、リルを単純に力として取り込むとか、そういう考え方もできるんじゃないかと思ってさ)

(なるほど。かな嬢で言う精霊みたいな立ち位置になればいいのか)


 俺の考えをリルが要約してくれた。かなのように精霊を取り込めばそのステータスを自身に加算できる、と考えたのだ。リルは魂みたいな状態なので、精霊と似ているのだと思う。精霊は精霊核という力の源を魂の代わりとしている、というのがしんさんの説明だった。

 そうなるとその反対もあり得るのではないか、ということだ。


(それも、今後試していくとしよう。できれば、この武闘会が終わるまでに確立させたいな)

(ん? 何か理由があるのか?)

(この会場にかなりの大物がいる。というのは分かるか?)

(王族のことか? 確かに強いな。特に王女様。何歳かわからないけどあれだけ小さいのに俺よりも強いんだよなー)

(なんだ。すでに解析鑑定を使っているのか?)


 アリシア・オレアス。純血の王族。剣聖と呼ばれた男の名を継ぐ者。今代の王女はオレアス誕生以後史上最高の才を持つものだと言われているらしい。さすがに、王都に数日もいればその噂は嫌でも耳に入ってくる。


 剣聖の生まれ変わり。


 そう言われるほどの強豪。人類史上、最強とすら言われる少女。この会場の特等席で決闘を観察する一人の強者。そのステータスを見た時は俺よりも遥かに強くて驚いた。


種族:人類・天人

名前:アリシア・オレアス:固有権能高貴の姫:絶対的精神的優位性を常に纏う

レベル:49

生命力:5691/5691 攻撃力:7912 防御力:5901 魔力:3990/3990

状態:正常

スキル:属性剣術Ⅹ、聖剣Ⅹ、自然回復Ⅸ、魔力自動回復Ⅱ、物理攻撃耐性Ⅲ、魔法耐性Ⅲ、精神攻撃耐性Ⅱ、状態異常耐性Ⅳ、精神攻撃耐性Ⅴ、思考加速Ⅷ、瞬絶

権利:基本的生物権、自己防衛の権利、自己回復の権利、魔術使用の権利

称号:剣聖の姫、瞬絶の剣士


 正直、強すぎて戦う前から諦めがついてしまっている。半人半魔状態である今の俺をリルが操作したとして、勝てるかどうかはほとんど賭けだ。一進一退の攻防を繰り広げた後に、一瞬の隙を突かれて負けるのは恐らく俺、というよりリル。

 あのリルですら判断力が鈍ればあの少女には負ける。その強さの由縁として挙げられるのは彼女の固有権能、高貴の姫。絶対的精神的優位性を常に纏う、という能力。これはつまり、どのような状況に立たされようと安定した精神を保ち、冷静で、的確な判断を下せるということ。

 冷徹者と類似するところもある。俺の冷徹者は誰かのため、もしくは自分のためならば命すらも一瞬の判断で切り捨てられるスキル。端的に言うと、欲望に忠実に、最適解を実行するスキル。冷徹者の強さを知っているの俺だからこそ、高貴の姫の強さもよく理解できる。


 もう一つは瞬絶だろうか。


《瞬絶:動体視力、思考力、判断力、移動速度、瞬発力が大幅に上昇する》

《瞬絶の剣士:瞬絶に覚醒した者に与えられる。権能:身体能力が大幅に上昇する》


 アリシアは剣士なのだが、剣士が使えるスキルにおいて最高峰と言われるのがこの瞬絶だ。効果的には基本俺の冷徹者の劣化だ。瞬発力が上がる、という効果は冷徹者にはないものの身体能力の向上が実質それだ。能力の上昇率で言えば、冷徹者の方が二割ほど上回る。

 だが、瞬絶とセットと言ってもいい瞬絶の剣士という称号のせいで、その二割は完全に消え去る。

言ってしまえば、アリシア・オレアスは、常に冷徹者を発動したような状態にいるのだ。


 これは、諦めもつくというものではないだろうか。


 不幸中の幸いは耐性が低いことだな。いくら強くてもその身は王族、滅多に戦闘などしないだろうし、スキルのレベルを上げる機会だって少ないはずだ。レベル自体は49と高いが、恐らくそれは悪魔と同じ理論だ。

 体の強さにレベルが引っ張られているのだろう。


 彼女の種族である天人は、超人を超える人のこと。勇者に匹敵する最強の人類。つまり、種族的な強さがそれだけすごい、ということなのだ。

 まあ、俺達が分かりやすいように言うならばフェンリルに匹敵するというところか。えげつなかった。


(で、そのお姫様がこの武闘会の優勝者と戦うんだろ? ムリゲー。俺がこの体を操ってどうするんだよ。どうせ負けるだろうが)

(いや、だからこそというべきか。この武闘会では殺しを制限されていないらしいが、さすがに王女が殺してくるなんて真似はしないはずだ。だから、司殿、貴殿はそこで敗北をしれ)

(敗北を知れ? どういう意味だ?)


 リルの言ったことがよく理解できず、思わず聞き返す。


(貴殿は冷徹者の影響か、楽観的過ぎるのだ。もっと臆病なくらいが戦場ではちょうどいい。つまり、危機感が足りていない。王女相手に勝てないと言いつつも、心のどこかでもし戦いになっても誰かが助けてくれる、そう思っていないか?)

(……)

(……反論の余地もなしか)


 図星だった。


(そういうわけだ。圧倒的上位者に叩きのめされるという経験を、一度はしてみろ)

(はいはい、了解です。それよりもまずは優勝しなくちゃならないんだろ? 予定にはなかったが、いいじゃんか。やってやろうぜ)

(そうだな)


 王女との戦闘ができると知ったのはこの会場に来てルール説明を読んだ時。もともと優勝するつもりなんてなかったが、それを見て気が変わったのだ。

 そういうわけで、俺が体を動かすための研究が開始されたのだ。

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