強敵

「それでは本日最後の試合、第三十二試合を始めます!」


 司会の声が会場に響き渡り、建物を揺るがす。

 すでに舞台に上っているリルと対峙するのは、どうやら拳闘士らしい。特に何の武器を持つわけでもなく、だが確かに強者の貫禄を持っていた。軽装ではあるがその鍛え抜かれた肉体は固そうで、多少の打撃ならば無力化できてしまいそうだ。

 それがリルのように刃物を扱う相手だった場合どうなるかは拳闘士を見たことがない俺にはわからない。もしかしたらその鍛え抜かれた拳で剣を止めたりするのだろうか。その辺の雑魚ならともかくリルは無理だろうが。


 名前は……どうだっていいか。ステータスはキーレに一歩届かぬくらいだろうか。レベルも30とそれなりに高く、かなりの実力者であることが分かる。

 肉体は鍛え上げられているが筋肉で盛り上がっているとかはなく、細身で長身、それでいて力強さを感じさせる。まあ、他のステータスと比べてみると攻撃力が高いが、それでも大したことはないけどな。


「最初に現れたのは無名の戦士! ここ最近冒険者ギルドで騒がれている噂の剣士だというが、その実力はいかに!? 対するはミスゼイル流拳闘士、デロイト選手だぁッ!」


 ああ、そうそうデロイト。そんな名前だったな。というか、この世界にも何とか流ってあるんだな。そのミスゼイル流とやらがどれくらい強いのかはわからないが、司会の声に対して沸き上がった歓声を聞いてみるに、それなりに有名なのだろう。

 確かにスキルやステータスを総合して考えると冒険者ランクA級下位の実力はありそうだし、人間界で言えば決して弱いわけではないのだろう。


「試合、開始ッ!」


 リルと向かい合うデロイトは、視界の開始宣言とともに駆け出した。一瞬で間合いを詰め、攻撃を仕掛けるタイプらしい。いや、リーチの短い素手しか使えない拳闘士ならばそんな戦い方をするのが一番強いのかもしれない。

 どちらにしても、その攻撃は防がなければならないようだ。どうにもただの拳ではない様子で、リルも眉をしかめて回避態勢をとる。


「《魔拳》。拳術デストロイアッパー


 奴のスキル拳術は、その名の通り拳で攻撃する技を使えるようになるスキルで、剣術や盾術の拳番だ。主にこれらのスキルはアーツスキルと呼ばれ、スキルの獲得に技術を習得できるようになる、というものだ。

 正確に言えば獲得するためにある程度そのアーツスキルに対応する技術を習得する必要があるため、全くの初心者には扱えず、一定以上の修行を積んなものにしか与えられないスキルである。俺の場合は剣術、カレラの場合は槍術、そしてデロイトが拳術。それぞれが得意な攻撃をより強力にするために使うことが主となる。

 拳術と魔拳の差は簡単で、拳術は技術重視、魔拳は威力重視であるということ。そして、魔拳や魔爪は一般的には強かスキルと呼ばれているが、アーツスキルとしても機能する。だが、使えるアーツにかなりの差がある。

 魔拳や魔爪で使えるアーツのほとんどは、魔力を直接纏った攻撃を放つが、拳術は体内で魔力を活性化させ、主に肉体の強化をすることで威力を上げている。そしてその体内の魔力を制御するスキルとして闘気がある。俺の周りではデストロイヤーやかなが持っているな。

 二人とも拳術スキルは持っていないが、闘気を活用することで似たようなことができるようになっている。そのため、体内、体外ともに魔力で強化し、より強力な攻撃を放っているのだ。


 デロイトが持っているのは拳術Ⅳと闘気Ⅲ、そして魔拳Ⅳだ。普通の人間でスキルのレベルがⅣというとかなりすごいことだと認識しているため、デロイトは本当にかなりの実力者なのだろう。他にも物理攻撃耐性Ⅱや思考加速Ⅰ、その上何と殺戮者の称号を持っているのだ。精神強化Ⅲを持っていることからも確かであるが、こいつはまず間違いなくかなりの実力者だ。

 一度の戦場で数百の敵を相手取り、さらにそれらを一網打尽にした真の強者にしか与えられないスキル。デロイトよりもステータスが高いキーレやカレラですら持っていなかった称号を持っている。それだけでリルが警戒するには十分だった。


 デロイトが踏み込みと同時に放った鋭い拳、それにまとう魔力自体は少量だが、やはり闘気を発動しているらしく、その攻撃は早く、そして重いだろう。リルが携えている鈍らで受けようものなら砕かれること間違いなしだろうな。

 リルは右に体をそらし、直球で向かってくる拳を躱す。単純な打撃だが、デロイト自体はかなりの速度で迫った自信があったのだろう。避けられたことに目を見開いている。だが、彼とて強者。すぐさま対応してきて、拳の軌道を変えた。

 フック、というのだろうか。ボクシングなんかは見ないからよくは知らないが、横から拳が迫ってくる。人間としての限界速度しか出さないように気を付けている今のリルでは、その拳を躱しきることは難しそうだった。

 思考加速を発動しているのだが、そうして見えるのはスローモーションだが確実にこちらに近づいてくる拳と、その拳よりもゆっくりと動く俺の体だった。正直、かなり驚いた。このようなことになるということは、デロイトは人間での最高速に迫る速さで動いているということだ。侮っていた、というわけではないが相手の実力を読み違いてしまっていたことは確かだ。


 こいつは、カレラよりも強いだろう。


「うぐっ……!」


リルは咄嗟に剣の腹で拳を防ぐ。それだけでは足りぬと考えたからか、反対側の剣の腹に左腕を添えてさらに防御を固める。しかし威力を殺しきれずその拳の衝撃で剣が砕け、さらに左腕を通して伝わる衝撃で全身が震える。今ので、生命力が200ほど減った。

 別に、俺の生命力は3000を超えているので、大したことはない。そう、あくまで半人半魔を発動した俺ならば、だが。

 半人半魔が発動していない状態の俺ならば生命力の半分が奪われていることになるし、カレラやキーレなら即死だ。カレラは不死鳥があるからともかく、普通にやばい攻撃だった。これだけ強いのだ、殺戮者の称号を得たのも納得だな。


 などと考えるのもつかの間、リルはデロイトに追撃を叩きこまれる。剣で無理やり防御したことで隙だらけのリルに、連続して三度拳が叩き込まれる。右肩、左腰、最後の一撃は頭を狙ってきていたがリルが無理やり左腕で受けた。

 今ので生命力が1200減少、左腕が使い物にならなくなった。冒険者ギルドで指定されているA級魔獣ならばこれで死んでいてもおかしくない。というか――


(あやつ、ステータスを偽っているな)

(リルも気づいたか。きっとそうだろうな)


 明らかに攻撃の威力がステータス通りではない。これだけの強さの人間が、こんなに低いステータスなわけがない。ならば、と俺は全力で解析鑑定を試みた。しかし、結果は変わらず。解析鑑定の結果を偽るスキルを持っている? いや、だがそもそも解析鑑定の存在は公にはなっていない。そもそも解析鑑定やステータス看破は特別な称号か権利を持つものしか得られないスキルであり、相手に自分の実力を事前に知られる、だなんてリスクはルナでも考えたことがなかったとこの前言われた。

 ならば、そもそも解析鑑定に対する対策をとる、だなんてこと自体が意味不明である。それとも、たまたま存在を知った者が何らかの方法でそれを無効化している、ということはあり得るな。もしくは自分が解析鑑定やステータス看破の使い手で、その強力さを知っているために対策しているか。


 前者であればともかく、後者は本当に困るがな。リルの正体がばれてしまう。そんな憶測をリルに話したんだが、リルは特に警戒しなくてもよいという。


(ステータス看破を使用されれば魔力感知で把握できる。そもそも、我の魔術・精神で抵抗できる。以前リリア嬢とあった時に使われそうになったが、拒んでおいた。リリア嬢ほどの力を持つ者のステータス看破を無効化できるのだから、その心配はないはずだ)

(そうか? じゃあ、どうしてなんだろうか。ステータス以外に秘密がある?)

(それは分からぬな。だが、ともかく勝てばいい。そうは思わぬか?)

(なんだお前、知的キャラかと思っていたが脳筋か?)

(キャラだとか、脳筋だとかいう言葉の意味がよくわからぬが、バカにされていることだけは分かるぞ? あとで覚えておけ?)

(おっと、主には従わなければならないんだぞ? お前はあくまで俺の従者なんだからな)

(それもそうか。確かに我は司殿の従者……従者? 従者ということは、絶対支配とまではいかなくてもある程度の命令を強制させることも……? いや、待てよ? つまり……)

(お、おーい。リルさん?)


 強敵との戦闘の最中だというのになにやら熟考し始めるリル。それでも致命傷になりえる攻撃以外はちゃんと交わしているのだからすごい。いや、そんなことはどうでもよくて。


(どうしたんだリル。何か思いついたみたいだが)

(いや、出来るかもしれないぞ。半人半魔状態で司殿がこの体の操作権を得ることが)

(マジか!?)


 だが、今じゃなくてもいい気がする。しかし、せっかくリルが何か思いついたようだし……。


 その時、デロイトの拳が俺の顔の爪一つ分くらい左を通り過ぎた。その拳から放たれた衝撃で髪の毛の先の方が切り落とされた。衝撃で髪の毛が切り落とされるって、どういうこと?

 ……や、やっぱり今は戦闘に集中してくれ! 俺がこの体の操作権を得る前にこの体を失ったら元も子もないから!

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