武闘会前
「それでは、健闘をお祈りします」
「ああ、娘のことは任せておけ」
「よろしくお願いします」
武闘会初戦当日。元とはいえ書いた当初は大貴族だったということもあり、その推薦枠である俺たちは本戦からのシードで参戦だ。
ここしばらくずっと冒険者として活動しっぱなしだったが、皆体調は良さそうで、すでに闘技場内部で準備を始めている。まあ、準備と言ってもカレラが愛用している槍の手入れをするくらいなのだが。
闘技場の入り口でリルと話しているのは、俺たちを推薦したその人。王家の血を引く元大貴族、オリィの領主さんである。
俺たちにカレラを預けた後自分で言っていた通り本当に降格処分を受けてしまったらしく、今は男爵という立場らしい。まあ、今までの功績がなかったら死刑でもおかしくなかったのだから、一応貴族である、というだけでかなり軽い刑なのだろうがな。
そんな彼は王家の使用人兼ボディーガードとしてこの闘技場に来ているらしい。驚くことに、彼は冒険者基準で言えばC級程度の実力があるらしい。やはり剣聖の血を引く王族、ということなのだろう。それだけの実力があれば王族の兵士たちと比べても上位に入れるらしく、護衛として申し分ないくらいらしい。
まあ、冒険者たちの弱さを考えれば仕方がないのだろうが、護衛がC級は心もとないのではないだろうか。俺の周りにはS級が大勢いるぞ? いや、それが異常事態なのか。どうやら俺はかなり毒されているらしい。
「さて、武闘会、ということだが……どれくらいの力を出せばいいものか」
(ルナとかなには準々決勝くらいで退場してもらおうぜ)
リルが考えているのは俺たちがどれくらいまで勝ち残っていいか、というところだ。実力は示したいし、王家からの信頼も得たい。だが、変に目立つのは避けたい。といっても、参加する時点である程度目に留まってしまうのは仕方がないこと。それを考慮して、どこくらいまでなら勝ち進んでも怪しまれないか、ということである。
冒険者ギルドであれだけ活躍したのだから、噂の一つや二つは王族に伝わっているだろう。その噂より弱すぎず、そして強すぎないくらいでなくてはならない。
かなが戦いにおいて全力を出さない、なんてことを了承してくれるか不安だったが、案外素直に頷いてくれたため、あとはリルと俺でどこら辺までがよい加減か考えればルナとかなは適当に手を抜いてくれるそうだ。
カレラに関しては全力でもA級に届くかだろうから、何も心配はしていない。
「ほう? この武闘会で手を抜くっていうのか? 突然現れた凄腕冒険者さんよぉ!」
「む?」
気付けなかった。いや、気付かなかったの方が正しいか? 気配が弱小すぎて考え込んでいた俺とリルはその男の存在に声をかけられるまで気付かなかったようだ。
相手はリルのことを知っているらしく、リルのことを突然現れた凄腕冒険者、などと呼んでいるが。
「少し世の中を甘く見すぎなんじゃないか? ああ?」
そうやってドスの聞いた声で睨め付けてくる男は、筋肉だるまと表現するのがふさわしいムキムキやろうだった。上半身の装備は筋肉のせいでサイズが合うものがなかったのか裸に近い軽装で、武器は両刃の大斧のようだ。見た目そのままの重戦士型といったところか。
解析鑑定の結果、レベルは23。そこらの冒険者と比べたらかなり高い。スキルも優秀で、斧術Ⅴ、皮膚剛化Ⅱ、自己再生Ⅰという対面において強力なスキルをそろえている。まあ、それでも弱いが。これならレベルによる技術や経験の差を考慮してもカレラの方が強いのではないだろうか。
だが、物言い的に武闘会の参加者だろう。揉め事は避けたい。
「何を勘違いしているのかわからないが、我は会場を破壊してしまうような属性の攻撃は控えようという話をしているだけだ」
「んだと? それでも十分舐めてるだろうが! そういう舐めた口はなぁ、勝ってから言いやがれ!」
ごもっとも。
「はぁ……今考え事をしているのだ。邪魔しないでほしいのだが?」
「んああ!? ますます気に入らねぇ! あんまり舐めてると武闘会が始まる前にぶっ殺すぞ! いいか? ここにはお前なんぞ可愛いほどの強者ばかりが集まっているんだ。俺もその一人ってことだ。この意味が分かるか? ああ!?」
気迫のこもった声でそう叫ぶその大男にはそれなりの迫力があったが、俺的にはそれよりも静かに目に殺意がこもり始めているリルの方がよっぽど怖かった。
それになんか自分が強いって勘違いしているし。そんなわけないのに。
しかし、何度でも言うがリルの目には殺気が籠っている。殺気が籠っているのだ。
(あのー、リルさん? さすがに公の場で問題行動は……)
(わかってる。はぁ……適当にあしらうとするか……はああああぁ)
リルが深く、深く、海よりも深くため息をつく。かなり抑え込んでいる方らしい。こいつ、やっぱり短気だよな。
「だったら尚更こんなところで我に構うのをやめた方がいいな。そんな強者に対抗するための力を温存しなくてはならないだろう?」
「っは! お前程度が相手じゃなぁ、疲れもしないんだよ!」
いや、ある意味疲れは感じなくなりそうだけど。やめろ、それ以上歯向かうな、死ぬ羽目になるぞ。と言っても俺の言葉はあいつには伝わらない。うん、諦めよう――
というわけにはいかない。
さらに強い殺気を放ち始めたリルは、周りにいる野次馬達に怯えられている。この武闘会を見に来た人たちだろうが、闘技場の入り口前で殺気を放っているリルのせいで中に入れないようだ。
(リ、リル? 一旦離れよう。逃げるようになるかもしれないが、仕方ない。ここにいつまでもいるのは得策じゃない!)
(………………わかった。そうしよう)
ものすごい間があった。
しかしリルは俺の言葉に従ってその場を離れる。一歩踏み込むとすぐに最高速(人間基準)になり、その場を離れる。
「あ! おい! 逃げるのか! っは! 所詮は雑魚ってことだ!」
ぴきっ
……多分、額に浮かんでいた血管が切れた音だ。風をかき分けるくらいの速さで走っているのに、しっかりと聞こえてきた音は、俺にとって恐怖でしかなかった。発散されなかったリルの怒りが、俺達に向かないことを祈るばかりであった。
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