武闘会初戦

 そうして始まった武闘会第一戦目。第一試合には我らがかなが出場することとなっている。

 武闘会本戦に勝ち抜いてきたのは六十四人。規模が規模だけあって、かなりの数がいた。トーナメント形式で行われるので、第六戦目まで行われる。かなとルナには四戦目くらいで負けてもらう手筈になっている。

 リルは全力を出さない程度でよくて決勝敗退、時点で準決勝敗退を狙う。負けるのを狙うっていうのもおかしな話だが、この国一番の戦士と認められるのは決して都合がいいとは言えないからな。

 三日にかけて行われる武闘会の観客は二千を超える。闘技場のような建物は、すでにほぼ満員となっていた。


「こ、これだけの人が集まるのは建国記念日くらいのものだと思っていましたが、この武闘会にはこれほどの人気があるのですね……」


 珍しく怯え顔なのは先ほど父親から任された娘、カレラだ。得物である槍の手入れも終えて、もうすぐ始まるというときになって、体の震えが止まらなくなってしまっているらしい。


「初参戦なのか?」

「は、はい……騎士爵を持ってはいますが、今まで父からの許しが出ていなかったのです。でも、十七になり、立派な大人となった今ならいいと、そう言われ参加を決めました」

「なるほどな」


 硬くなるカレラに、リルは自然な口調で話しかける。先ほどの怒りはある程度収まったらしく、安心する限りである。


「では、その待ちに待った武闘会がどのようなものか、見届けるのだな。かな嬢がいい手本になってくれるだろう」

「……それはどうでしょうか……。かなちゃんが本気を出したら瞬殺ですよね?」

「本気を出すわけがないだろう? 能力の使用をすべて禁じているうえ、身体能力を抑える魔法もかけている。かなり強力な魔法なのでそう簡単に破られることはないだろうな」

「それ、味方に使うための魔法なのですか?」


 いいえ、違います。


「そんなことよりも、ほれ、始まるぞ。かな嬢の相手は貴女と同じ槍使いのようだぞ?」

「ああ、あの方は王国騎士団でもそれなりに名を馳せている槍使いですよ。水槍のディーラと言われる戦士で、亜人たちとの戦争でも活躍を期待されているのです」


 今、聞き捨てならないことを言われた気がする。亜人たちとの戦争で活躍? つまり、リリアたちとの戦争ということだろうか。

 武闘会の始まりというこのタイミングで、棚から牡丹餅的に情報を得られてしまえそうだった。俺と同じ考えだったのか、リルがカレラに質問する。


「その亜人との戦争というのは、いつ計画されているのだ?」

「え? あ……い、いえ、その……すぐに、というわけではないのですよ? 休戦協定の期限も近いですし、戦争準備を進めようという話が持ち上がったと父から聞いたくらいでして……」

「なるほどな。参考になった、感謝する」

「いえ……」


 リルに聞かれたカレラが微妙な顔をしながら答えたのは、リルが人外だと知っているから。言っていいものか、悪いものか。それを判断しかねていたからだろう。それでも言ってしまったのはリルへの信頼へのたまものとでもいうのだろうか。

 何だったとしても、俺達にとって有益な情報だった。


(休戦協定の期限が近い、という話は初めて聞いたが、そういう詳しい事情は我の知ったところではない。この国ではすでに戦争準備が始められている、という事実が知れただけでも上々だ)

(だな。今後はそれに警戒しつつ、動きがあったらすぐに知らせられる、みたいな立ち位置を保ちたいものだ)

(その通りだな。今後の方針がある程度定まったか)


 リルと念話で話していると、かなの試合が始まった。

 俺達のようなトーナメント参加者は他の観客とは違い、闘技場の舞台がある一番下から見ている。見やすいわけではないが、見れないよりはずっとましだろう。横から見てもわかりずらいかもしれないとは思うが、仕方ないな。


「始め!」


 魔道具か何かだろう。会場全体に響く視界の声と同時に、かなとそれに向かい合う槍使いの男が動き出す。

 槍使いの男は三十代半ば、まさにベテランといった風貌の顔をしている。本格的な騎士とは違い比較的軽装で、急所のみを鉄装備で守っている、といった感じ。得物の槍は派手な装飾がなく、特に目立ったってんもない槍だが、カレラ曰くこの王国の騎士団で使われる槍らしい。槍先の金属部分はミスリル製、それなりの一品らしかった。


 向かい合う両者はまずは様子見、と言った感じだろうか。槍使いはリーチを、かなは素早さを生かして相手を牽制し合う。踏み込んだ攻撃はせず、当たるかどうかのぎりぎりの攻撃。それなりに隙はあるが避けなければ相手も相手で一撃を食らう、そんな攻撃。

 かなは素手、男は槍という圧倒的と言っていいほどのリーチの差があるにもかかわらず、男が攻め切れていないのはかなの俊敏さ故。鋭い突きだろうが、範囲の広い薙ぎ払いだろうが、そのすべてを予測したかのように搔い潜り、自分の間合いまで詰める。

 それでもすぐに相手の間合いの外に逃げられるようにしており、男が二度目の攻撃をする頃にはすでに槍のリーチの外。完全に手のひらの上、翻弄しきっている形だった。


「ははは……さすがはかなさんですね。私だって勝てなそうな相手を、ああも翻弄してしまうだなんて……」

「確かにかな嬢はあの男を翻弄しているが、あの男の方がカレラ嬢よりも強い、というわけではないだろう? あの状態のかなになら、カレラ嬢でも勝てると思うのだが」

「で、ですが、経験でも技量でもディーラ様が勝っていますし……」

「槍単体ではそうかもしれないが、能力の有能さ、豊富さ、洗礼さのすべてで貴女が勝っていると、我はそう思っている。それに、この武闘会で魔法を使ってはいけない、などという決まりはなかったはずだ。得意の火属性の魔法を交えれば、互角以上に戦うことは容易だろう」

「え? どうして私が火属性の魔法が得意だって知っているのですか?」


 リルの野郎、失敗したな。それが俺の率直な感想だった。そりゃあそうだろう。カレラは出会ってからこの方魔法など一切使っていない。槍だけて十分活躍していたし、必要もなかっただろう。

 だが俺の解析鑑定で魔術・火をカレラが持っていると知っていたリルは、それを話題に出してしまったのだ。

 疑っている、というほどではないようだが不思議そうな顔をするカレラに、リルはこういった。


「領主殿から、聞いていたのだ。魔法の腕も槍の腕も達者だと」

「ああ、なるほど。確かに、火属性の魔法にはある程度自信はありますが、それ単体でならともかく戦闘中に交えるなんて器用なこと、私にはできませんよ。……でも、ありがとうございます。元気が出ました。これで、頑張れるはずです」

「……そうか。まあ、頑張るのだな。ほら、終わったぞ」

「あ、本当ですね。ほとんど見ていませんでした」


 視点を移したリルの目に映ったのは、片腕を掲げる一人の猫耳パーカー少女、かなだ。

 どうやら最後まで相手を圧倒しきって、男の体力が消耗したところで一発お見舞いしてやったようだ。ご愁傷様、とでも言っておくとするか。


「では続いて第二戦。参加者は前へ!」


 再び響く視界の声に、小さくカレラの方が跳ねた気がした。何を隠そう、第二戦に出場するのはこのカレラなのだから。


「そう硬くなるな。貴女の実力なら、初戦敗退はあり得ないよ」

「すぅ……はぁ……そうですよね。行ってきます」


 大きく深呼吸をしたカレラは、決意に燃えた一目で戦場へと一歩踏み出したのだった。

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