異端者たち

「その、すごい大冒険でしたね」

「そうか? この程度百年に一度起こったとしてもなにも不思議ではないだろう?」

「百年に一度しか起こらないのなら十分すごいことですよ……」

「ああ……人間は百年生きればいいほうか……しかし、超人ならば三百年は生きられるのでは?」

「そうだとしても私はまだ十七歳ですよ……」


 呆れ顔のカレラの言葉に、リルは至って平然とした表情で答えた。


「いやでも、白竜だけではなくフェンリルや銀狼、そして精霊使いの黒虎人に出会えていることを考えると、この大冒険も決してすごくはないのでしょうか……」

「そう、なのか? よくわからないな。我は五十年ほど前に四大精霊の一体を滅ぼしたばかりだし、百二十年前には我がダンジョンに足を踏み入れた勇者を始末したぞ? ああ、そう言えばつい最近ハイエルフの四代目女王と顔を合わせたな。うーむ、やはりさほど珍しいことでも……」

「あなたがおかしいのですよ……」


 そうか? と首をひねるリルは、ちぎったパンを口に抛った。


 白竜討伐から三日、なんとか王都へ帰還したカレラたちは貴族街の食事処で昼食をとっていた。

 店の大きさもさることながら、装飾や料理の豪勢さからも高級感が漂っており、本来なら俺達みたいな冒険者が入れる場所ではないのだが、こちらにはカレラがいる。

 庶民の間でならまだ知れず、貴族間では有名な戦士であるカレラのことを知らないものはいなかった。店に入ってすぐ、店番が案内してくれた。


 それでも文句を言ってくる奴がいるのではないかと思っていたが、リルやルナは普通に礼儀正しいし、かなも大人しくしている。もとよりかなは、食事中は静かで礼儀正しい猫だったからな。


「それにしても、どうして白竜はあのようなところにいたのでしょうか。太古の昔に滅んだと言い伝えられているはずでは?」

「間違いではないな。ただ、復活しただけだな。それに、白竜が滅んだのはあの山の上だったな」

「そうだったかの。確かにあいつの死に場所はここら辺の雪山だったはず。まあ、あの山だったかは覚えていないかの」

「そう言えば、ルナさんも白竜と同じ原初の七魔獣の一柱でしたね……」


 疲れたような顔でため息交じりにそう言うカレラ。ルナとかなは気にせず食べ続けているし、すでに満足いくだけの食事をしたらしいリルは静かに目を閉じて座っている。

 俺の体、栄養失調で倒れたりしないよな……。ここ三日なにも食べてない上に、今日の昼めしもパン一つとスープだけって……。いや、まあ確かにこの体ならこれだけ食えば一日は持つだろうが……。

 そういう問題ではないと、そう思うのは俺だけなのだろうか。


「そう言えば、三大竜の他の二体ってどうなったんでしたっけ。他の二匹が滅んだという話は聞いたことがないのですが……」

「それは確か、ソルに食べられて死んだのだったと思うかの。黒竜と青竜、愚かな奴らだったかの」

「そのソル様がどなたか心得ませんが、三大竜を二匹殺すほどの強さ……その方も原初の七魔獣の一柱なのですか?」

「その通りかの。陽孤、といえば分かるかの? 太陽を司る最強の魔孤、妾と同い年の七魔獣かの」

「……ちなみに、同い年って、おいくつなのですか?」

「多分七千歳くらいかの。詳しいことは覚えていないかの」

「……そ、そうですか……ははは……」


 乾いた笑い声で遠い目をするカレラは、白竜との戦闘直後よりも疲れているようだ。


「……その、リルさんはおいくつなのですか?」

「我は千と少しだったな。まだまだ新参だ」

「新参って……この国の歴史よりも長いですよ、千年って……」


 へぇ、リルは千歳越えなのか。リリアは確か百歳ちょっとだった気がするので、リルの方がかなり年上なんだな。


「そうなると、やはりかなさんも……」

「かな嬢は……いくつだったか?」

(四歳)

「ああ、そうそう。四歳だ」

「……え、ええ……? 私よりも若いのですか?」


 今度は意表を突かれたという意味と予想を裏切られたという意味で驚いたカレラは、せっかく冒険が終わって食事をとっているというのに今にも眠ってしまいそうなほどふらふらしていた。まあ、確かにこれだけの情報量を一気に吸収したら混乱するだろうな。


 順序だって教えられていた俺はまだ幸せだったんだな。


「さて、食べ終えたことだし、冒険者ギルドに報告に行くとしよう」

「そうですね。かなりの額の報酬をもらえると、そういう話でした。何に使うか、もう決めているのですか?」


 食事を終えたリルたちは、日本円にして五百万円ほどになる食事代を払い、店を出た。あの、高すぎでは? いや違うな。かな、ルナ、食いすぎだ。

 あの店で出される料理はどれも高級なものだったのだが、二人だけで三十人前くらいは食べたのではないだろうか。これは、リルがかなの料理についてきたパンとスープだけで食事を済ますのも納得というものだ。食費がえぐい。

 いくら一週間近く何も食べなくても生きられる体だとは言っても、五百万は一週間に必要な食費の何倍だというのだろうか。ルナに関しては食事なんてする必要はないっぽいが。必要でもないのに数百万単位の金を消費しないでほしい。


「いや、決めていないぞ? まあ、しいて言うのならカレラ嬢の装備とかか? 武闘会に出場するのにドレスと変わらないような服では防御力に不安が残るからな」

「いいのですか? それなら、リルさんたちの装備を……いや、いりませんね。はい、そうですね」


 何か言いかけたカレラは、途中で言葉を切って真顔で続けた。どうやら悟りを開いたようだ。まあ、気持ちはわかるよ。リルたちは装備なんていらないし、ちょっとの食事と寝床さえあれば生きていける。金の使い道などあるわけがないのだ。


「でしたら、どうして依頼を受けたのですか? 多額の報酬が目当てでないのなら、あんな危険な依頼を受ける必要はなかったのでは?」

「決して危険ではないし、他に目当てはあるぞ? 冒険者ギルドの信頼と国からの信頼を得られる。それだけで十分なのだ。金よりも重要なものがあるのだと、カレラもわかってくれるだろう?」

「なんだか違う気がするのは、私だけなのでしょうか……」


 いいえ、俺もですよ。安心してください、常識人はあなただけではないので。……いや、決して俺も常識人ではないか。


「では、行くとしようか」

「ええ」

「そうするかの」


 振り向きざまに呼びかけるリル、笑顔で答えるカレラ、楽し気な微笑みを浮かべるルナ、小さく首肯するかな。それぞれの歩調で歩きだし、冒険者ギルドを目指す。


 その後、一週間というそのわずかな時間でA級魔獣のグリフォンを討伐するという功績、それを評価されたリルたちは冒険者ギルドからの報酬で一億リースを受け取った。王都の冒険者ギルドはかつてないほど沸き上がり、その日はその功績を作り上げた四人組をあふれんばかりの称賛の声で祝福した。


 武闘会までの残りの期間、四人はさらに功績を積み上げ、冒険者ギルド数百年間の歴史の中で最も優秀な冒険者として、その後の歴史に名を刻むのだった。

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