厄介者

 荒野の上に積まれた死体のことごとくを吸収した悪魔は再びリルの前に立ちはだかった。いくらリルでもこれ以上悪魔を自由にするつもりはないのかやられたら反撃する構えだ。

 自分から攻めに行かないのは街を狙う攻撃の一発や二発なら撃たせた方が都合がよいからだろう。デモンパレードが起って街一つ滅ばなかったことはないらしい。だから、滅ぶとはいかなくても多少の損失を出しておいた方が後々面倒が少ないのだろう。


 しかし、そうは問屋が卸さないらしい。悪魔はリルめがけてとびかかってきた。

 魔法戦を不利と見たのか近接戦闘に持ち込むらしい。こちらが剣を握っている時点で近接戦寄りの相手であることは分かるだろうに、どれだけ浅はかな思考をしているんだ、この悪魔は。

 裏を返せばこちらが有利、ということになるので黙っておくが。どちらにしても喋れないし。


 悪魔は羽をはばたかせて一気に距離を詰め、その黒く長い爪を振るう。リルはそれに剣を合わせて攻撃を防ぐ。もう片方の腕は無理やり体をひねることで躱し、悪魔が体勢を崩したタイミングで距離をとる。そして、その打ち合いを数回続けた後、反撃に出る。

 傍から見てみればリルが少し押され気味の勝負に見えるように演技しているのだろう。かなりうまい。ルナやかなが手出しをしないのは仲間に当たってしまうから、とか、邪魔になるから、とかそんな理由だって設定だからだ。よくできたシナリオである。

 さらに数回の打ち合いの間に先に傷を受けたのはリルだ。頬に小さな切り傷ができ、そこから血が垂れる。おい、俺の体だぞ。

 それで機嫌が直ったのか、悪魔の表情が笑みへと変わる。そして先ほどまでの力任せの攻撃ではなく、ある程度フェイントや連撃などの技術を交えた戦闘になった。それに、リルからの反撃はまともに当たってもダメージにはなりえない。

 安物の剣だし、俺の体だし。何より悪魔は物理攻撃耐性Ⅹを持っている。大抵の攻撃は防いでしまうようだ。魔法だってほとんど効かないようだし、手を抜いたまま圧倒するのはそれなりに難しいかもしれない。本気を出せば三人で魔法を連打するだけで勝てるだろうが、それはできない。ルナの魔術・月光やかなの魔術・精霊は本来人に操れるようなものではないからな。

 まあ、一応俺の魔術・氷も人間程度では使えないはずだが……。リル曰く、前にも魔術・氷を扱える人間にあったことがあるそうだ。だからルナやかなが魔法を使うよりは後始末が楽なのだそうだ。使ったおかげで力を示せたのだし、文句を言うのは筋違いだとは思うが。だが、それでいいのだろうか。リルも案外適当なのかもしれない。


(司殿、リル殿の援助をしなくてもいいのかの?)


 リルの戦闘風景を眺めながら考え事をしていると、ルナがそんな念話を飛ばしてきた。俺がさぼっていることを言及しているようだが、お前も百メートルくらい離れた場所で遠巻きに戦闘を眺めているだけだということを忘れないでほしい。


(必要ないだろう。それに、剣を振るいながら魔法を使うのは、少しやりすぎだと思わないか? そんなこと、こんな若造にできるはずがないだろう?)

(謙遜はいいかの。自分でできることをどうしてそう否定できるのかは計り知れないけれど、まあいいかの。リル殿が苦戦し始めたら加勢するので、その時は司殿にも働いてもらうかの)

(リルが苦戦、ねぇ。あんまり想像できないけど、その時はもちろん働くさ。かなにもしばらくは手を出すなって伝えておいてくれ)

(わかったかの)


 リルのスキルを借りることでルナとの念話が可能になっているために応答する。一方的に話しかけられることが多々あったため意識はしていなかったが、これが最初の会話になるんだな。どんなこと話してるんだよ俺達。もっと和やかな会話を初会話にしたかったよ。まあ、俺たちを取り巻く環境を考えれば不可能に近いのはわかるが。


 さて、戦況はというと今だリルが演技を続けていた。即刻終わらせるのが問題なのはわかるが、流石に続け過ぎではないか? そう思い、聞いてみる。


(リル、流石に時間をかけ過ぎなんじゃないか?)

(いや、それがだな。この体の扱いに慣れていないからか、思うように力が出なくてな。相手の耐性と生命力を考えるに、我ひとりで倒しきるのは困難だと判断した)

(……はい?)


 今、リルでは勝てないといったか? いや、まあ相手のステータスは絶大だし俺の体は弱いけど、そこを何とかするのがリルの役目ではなかったのだろうか。……まあ、俺の体が弱すぎるというのであれば俺にも責任があるだろうがな。それを言ったら終わりなのだ。もとより人間の身で悪魔に勝とうというほうがおこがましいのだから。


(……おーい、ルナ。加勢頼む。というか、もう倒しちゃってくれ。それとなく、目立たないように)

(よいのかの? それは、リル殿の仕事ではないかの?)

(俺の体のステータスが低すぎて無理なんだとよ)

(なるほどかの。それなら仕方がないかの。さっさと終わらせるかの)


 その会話が終わると同時、視界の端で止まっていたルナの姿が消える。そして、視界の中央にいる悪魔の首に一筋の光が走る。次の瞬間には、悪魔の生命力が0となっていた。

 ポトリ、と落ちる首。崩れ落ちる体。漏れ出す血のような液体。腐り始めた肉体。

 そもそも魔力の塊である悪魔の体は、死ぬと同時に風化が進むのだ。そしていずれ完全に魔力に戻るらしい。


 そして悪魔を殺した張本人であるルナは、リルの目の前にその姿を現した。相変わらず凄まじい身体能力である。思考加速を発動していても瞬間移動しているようにしか見えなかった。


「助かった。感謝する」

「別にいらないかの。リル殿が本気を出してさえいれば一瞬だったはずかの」

「そうもいかぬのだ。こんなところでむやみに力を見せると変に注目されかねん。顔を覚えられてしまっただろうし、これからの活動に支障が出る」


 心底疲れたようにため息を吐きながらリルが言う。ろくに力の出せない貧弱な体で悪かったな。


「わかっているかの。では、早々に撤退、を……?」

「ん? どうした? ……っ! これは!?」


 会話の途中、ルナが突然悪魔の死体を振り返る。リルもつられてそちらを見ると、悪魔の死体だったそれが、大量の魔力を放出していた。


「これは、どういうことだ? 以前出会ったことのある悪魔の死後にはこのようなことは起こらなかったぞ!?」

「もしかするとこの悪魔の使っていた生物を吸収して魔力に変える力が影響しているのかもしれないかの。上限を超える量の魔力をため込んでいたのなら、あるいは死後に魔力を吹き出してもおかしくないかの」

「そう言うことか! 急ぎこの場から退却を!」


 珍しく慌てるリルが面白くて見ていたいが、それはできない。なぜなら――


《報告:対象の魔力放出による被害は半径五キロに及ぶと予測されます》


 魔力感知を使ってしんさんに悪魔の死体を調べてもらったところ、こんな解析結果が出たからだ。生きてても死んでても周囲に被害を出すとは、流石大悪魔だ。

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