アトミックノヴァ

(リル、恐らくこれだけの魔力が一気に放出されれば街を巻き込んでの爆発になる! ここで止めないと、取り返しのつかないことになるぞ!)

(何? いや、しかし……なるほど、一理ある。ルナ女史の全力の魔法の威力を考えれば、それくらいはありうるか)

(ありうるのか……)


 リルが言うのだから間違いないのだろうが、改めてルナのやばさを実感するな。


「ルナ女史、計画変更だ。すぐさまこの魔力を処理する。手伝ってくれ!」

「確かに、ここから避難しても街を巻き込む可能性はあるかの。わかったかの」

(じゃあ、俺はかなにも伝えるよ)

(ああ、頼んだ)


 悪魔を一瞬で倒されてつまらなそうに俯いているからな。仕事をあげれば少しは機嫌も直るだろう。


(かな、仕事だぞ!)

(っ!? なに!? 何すればいい!?)

(今から悪魔の死体から放出される魔力を抑える。手伝ってくれ!)

(わかった!)


 仕事をもらえたのがよほどうれしかったのかかなもいつになくやる気のようで、早速魔法の詠唱を始めた。


「《サモンエレメンタル・ウォーリアー》」


 現れたのは守りの化身、ウォーリアー。確かにこいつなら魔力の勢いを殺すことができるだろう。だが、恐らくそれだけでは不十分だ。


「《魔力障壁》」


 ウォーリアーの発動した魔力障壁が俺たちごと辺りを半球型に囲う。なるほど、これなら外への被害はかなり抑えられるだろう。このままでは俺たちは死にそうだが。


「妾もやれることはやるかの。《銀月》」


 ルナの声に合わせてルナの体が銀色に輝く。魔法を吸収して跳ね返す銀月だ。それをどうするというのだろうか。そう考えていると、悪魔の体から漏れ出た魔力がルナの体に吸収された。


「銀月とは魔力を中和する能力かの。故に暴発しそうな魔力を静めることなど児戯にも等しいのかの」


 とのことだ。どうやらスキルへの理解が足りていなかったらしい。


「ただ、悪魔の魔力が膨大すぎて半分くらいしか中和できないかの。あとは、そこの騎士に任せるとしようかの」

「わかった。では、さっさとこの場から離れよう《テレポート》」


 足元に魔法陣が現れ、輝く。そして一瞬の後魔力障壁の外に出る。

 薄い半透明の壁の内部では、膨大な魔力がいまにも破裂しそうだった。いや、今まさに破裂した。一瞬で黒く視界が黒く染まった。轟音が響き、黒はさらに迫ってくる。ついにこの身に襲い掛かろうというとき、半透明の壁に阻まれた。壁に触れると同時に黒は激しく接触音を鳴らし、その壁の厚みを確かに減らしていった。


(こ、これはやばいんじゃないか!?)

(そう、だな。これだけの魔力の流れだ。いくら魔力障壁とは言えど囲むように、それも広範囲に展開したせいもあってか全体的に耐久力が下がっているようだしあと三十秒持つかどうか)

(どうするんだ!? 何かいい案はあるのか!?)

(……ルナ女史は銀月で魔力を消費しつくした様子だし、我には有効な手段はない。闇空間門では吸収しきれないだろうし、暗黒海洋・絶海を展開したところで効果はたかが知れているだろうし……)

(そうなると、頼れるのは……)


 俺の念話につられて、リルが視線を横にずらす。そう、横に立つ黒髪猫耳少女に。


(そう、なるか)

(そうだな。何かできないか聞いてみてくれ)

(わかっている)


 こんなピンチに何もできないことについて相変わらず自分は情けないと思いながら、かなに念話を使う。


(かな、何か対策としてできそうなことはあるか? このままだと、すぐにでも魔力障壁は――)

(わかってる。大丈夫、かなが何とかする。爆発を広げなければいい、そうでしょ?)

(ああ、何か案があるんだな?手伝うことはあるか?)

(じゃあ、リルに体から離れてもらって)

(え? ……あ、ああわかった。すぐに)


 意図はつかめなかったがやれと言われたからにはやるしかないだろう。さっそくリルに念話を使う。


(リル、半人半魔を解いてくれ。かなが案があるそうで、それに必要らしい)

(わかった。すぐに解くとしよう)


 リルは俺の言葉を聞いてすぐに俺の体から離れた。そしてすぐに足元に開かれた闇空間門から狼の姿で出てきた。

 リルの操作を失った俺の体が一瞬ぐらついたが、すぐに力を入れて態勢を整える。手を握ったりして体の調子を確認してから、体中にできたかすり傷が痛むのを我慢してかなのもとに歩み寄る。


(で? どうすればいいんだ?)

(手、繋いでて)

(……え?)

(手、繋いでて)

(いや、念話だから聞き間違いなんてないけど)


 意志を伝えるための念話で聴き間違いみたいなことが起ったら鈍感主人公とかそういうレベルではなく精神的に何か問題を抱えている人になってしまうだろう。


(多分、そうしてくれたら頑張れる。だから、手、繋いでて)

(……ああ、お安い御用だ!)


 かながそれで頑張れるのならば、俺はそうするほかないだろう。俺はかなの左手を右手で握る。それを見て満足そうに頷いたかなが、右手を高く掲げた。


「《精霊完全支配》」


 召喚していたウォーリアー含め、辺りにいた精霊たちがかなのもとに集結したのだろう。かなの体が淡く輝き、そしてステータスが大幅に上昇した。

 そして、掲げた右手を下ろさぬまま、かなが言葉を紡ぎだす。


「《清き奔流》《今覚醒の時》」


 かなの声が凛と響く。日本語でもないようだが、どうして意味が分かるんだ? と思っていたら、リルの念話がその答えを教えてくれた。


(これは、詠唱魔法、か? さては、とんでもない魔法と使うつもりだな)

(詠唱魔法?)

(普通の魔法は魔法の名を暗号にしてそれを詠唱代わりにしているが、詠唱魔法と呼ばれる魔法は一つ一つに意味のある言葉を紡ぐ。そうすることでより大規模で繊細な魔法陣を描くことを可能にする。戦略級大規模魔法などと呼ばれる魔法は皆詠唱魔法だ)

(なるほど)


 俺が見たことのある異世界アニメでは早く発動できる無詠唱魔法の方が強いとか言われていたが、ここではそうではないのかもしれない。


 かなの声はさらに紡がれる。


「《大地を育み》《大気を震わせ》《屍を焼き》《水を循環させる》」


 その言葉の一つ一つが紡がれるたび、かなの掲げられた手のひらの上に魔法陣が積み重なっていく。


「《この世のあらゆる理よ》《この世のあらゆる真髄よ》《この世の終結たる聖霊よ》」


 また一つ、また一つと魔法陣が積み重なる。七色に、天に上るように大きく、高く積み重なる光の束。


「《倫理に触れし禁忌》《改変の兆し》《暴虐の果て》」


 どんどんと大きくなりながら、魔法陣は積み重なり、すでに百メートルを超えている。まるで光の塔だ。


「《森羅万象に宿りし番人》《世界を形作る根源》《生を育む神の使途》」


 やがて魔法陣をすべて貫く光の槍が出現し、積み重なった魔法陣の中心で輝きを増す。


「《その名を精霊》」


 光りの槍は空高く、宇宙に届くかの勢いで大きく伸びる。雲を払い、空を突き抜ける一筋の光となる。


「《己が力の核心よ》《精霊の操り人たる我に従い》《その力を示せ》」


 その力はかなの手のひらに集結し、その力を、発揮する――


「《天穿つ真なる光》《我が敵を葬るが良い》」


 あふれんばかりの光が、今まさに魔法障壁を破った黒を、包み込む。


「《万物よ尽きろ》」


 それは、その光は――


「《エレメンタルフォース・アトミックノヴァ》ッー!!」


 見る者を魅了するその力は――


「はああああああああああッ!!」


 全てを圧倒する――


「かなッ、いっけえええええええええッ!」


 希望の光だった。


「うおおおおおおおおおおおおおおッー!」


 かなの力のこもった声が響く。しかし、そんな喉が潰れるかのような声すらもかき消す轟音が俺たちを包む。大地がえぐれ砂埃が上がるが、宙に舞った砂埃は光に触れると同時に跡形もなく消える。全てを消し去る最強の魔法。

 万物に宿る精霊の力を使ったこの世界きってのチート、エレメンタルフォース・アトミックノヴァ。

 ありとあらゆる物質を、概念を終わらせる。そして新たに始めさせる、そんな魔法。そんな魔法がいま、街一つ消し飛ばすだけの威力を持った魔力すらも、消し去った――


(ちょっと、やりすぎた)

(はは……だな)


 やがて光が消え去り、すべての力が焼失した後、その場には何も残らなかった。言葉通り、何も。

 元々荒地だった大地の岩が消し飛んだ。そしてその代わり、大地がえぐれた。深さ数十メートル規模の、大きなクレーターができたのだ。半径は百メートルを超える。

 目立たないように、というリルの言葉を真っ向から否定する絶大な威力だった。これは少々お怒りを受けてしまうかもしれない。そう思っていた俺からすれば、次にかけられたリルの言葉は意外なものだった。


(かな嬢の魔法は、本当にすさまじいな。我でもあのような威力の魔法は使えない。司殿も負けないように頑張るのだな)


 そんな挑発するような応援するような言葉を念話で伝えられた俺は、思わずこう返す。


(お、怒ったりしないのか? リルの計画が、滅茶苦茶になって……)

(何を言うか。そもそもあの魔力が本来の威力で爆発したら街は消滅、計画もとん挫だった。もちろん、目立ってしまったのは少々よろしくない。だが、死闘の末に突然精霊の力に目覚めた、とでも言っておけば疑われはしないさ)

(そんな簡単にいくかぁ?)


 リルはたまに適当なことを言うが、本当に大丈夫なのだろうか。


(大丈夫だ。人間くらい脆弱な生き物になると、都合のいいことは何でも信じたくなってしまうのだよ。だから問題ないはずだ。それに、精霊は悪魔と敵対している、というのが人間たちの共通認識らしいからな。悪魔を討つためにかな嬢に宿った、と言われたら納得してしまうはずだ)

(なるほどなぁ……)


 俺は納得しきれなかったが、リルがそう言い切るのだからきっとそうなのだろう。

 だからもし怪しまれても俺の責任ではない。断じて俺の責任ではないのだ。ああ、俺の責任ではない。ここいらで責任転換をしておくほうがいい気がしただけだ。


(さて、じゃあ領主さんのところに戻るか)

(そうしよう。司殿の魔力も限界に近い。ここからの会話はルナに任せよう)

(ああ、半人半魔って憑依する相手の体内にある魔力の量で憑依できる時間が決まるんだったな。俺だけ魔法を使ったし仕方ないか)

(そうだな。これからもっと強くなってくれると我としても助かる)

(善処はするよ)


 つい先ほど圧倒的強者の偉業を連続で目撃したのに頑張れとは酷な話だ。でも、きっとかなと肩を並べて歩くためには必要なことだ。同等の強さ、とまではいかなくても何か役に立てるくらいの力は欲しいよな。固有権能である能力使いを駆使して頑張っていきたいな。


「かな、見ていろよ! 俺だってやるんだというところを!」


 高らかにそう叫んだ後、先を歩くルナとかなに追いついて、ともに領主のもとに向かう。どうやらお互いの賞賛をたたえ合っているようだ。声は発していないがお互い楽しそうに笑いあって見つめ合っている。


 なんだか少し大変だったけど、俺とかな、リルとルナのこの四人組が続いていることを俺は嬉しく思うのだった。

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