自身の力

(おお、ここが闇空間か。気分悪いな)

(真顔で言うな。我は悪くない)


 リルが生み出した闇空間門のその先、闇空間とは真っ暗闇の何もない空間だ。奥行きも天井の高さもわからず、床があるのかどうかすらわからない。色などはなく、本当に吸い込まれそうな暗闇だけが広がっている。それなのにリルやかなの姿だけは見えるのだから気持ちが悪い。慣れないうちは立っているだけで酔うかもしれない。実際俺は気分が悪い。

 上下左右、視覚触覚、そのすべてが分からない。どっちが上でどっちが下で、どこが左右で俺は何を見ているのか。何を触っていてどこに立っているのか。幸いなのは声だけは念話でしっかり聞こえるということだろうか。それに、魔力感知や気配察知は正常に発動している。完全に感覚が狂っていないという現状が、俺の頭が狂うことを防いでいる要因だろう。


(じゃあ、早速召喚する)

(おう、頼んだぞ)


 今回この空間に来たのはかなの精霊を見るためである。隣に立ったかなが意気揚々と腕を掲げた。


(一気に二体召喚する)「―――――――――サモンエレメンタル――――――――・デストロイヤー――――――ウォーリアー


 ……気のせいか? 名前から変わっていた気がするのは。いや、明らかにデストロイヤーって言った。ウォーリアーって言った。ブレイカーより物騒になってガーディアンより安心感が増した気がする。いや、知らないが。


 そして俺たちの目の前に二つの魔法陣が描かれる。そして、そこから人型の生物が一体ずつ現れた。

 一体は筋骨隆々と言った逞しい印象を持たせる男性。確かにブレイカーに似ているが体が一回り大きくなったのと……


「な、なんだあの凶器……」


 両こぶしに大きな金属を付けていた。恐らく拳を強化する意味合いなのだろうが人間顔一つ分にもなりそうなその大きさは恐怖でしかなかった。体のいたるところを金属が覆うようになり、防御力も上がっているみたいだ。

 かなは言った、デストロイヤー、と。その名の通りありとあらゆるものを破壊してしまいそうな見た目だ。


種族:精神生命体・破壊妖

名前:デストロイヤー

レベル:39

生命力:2592/2592 攻撃力:6910 防御力:4091 魔力:4214/4214

状態:制約・忠誠

スキル:闘気Ⅹ、狂戦士化、魔拳Ⅹ、魔術・精霊Ⅴ、自然治癒Ⅶ、自動魔力回復Ⅵ、精神強化Ⅹ、物理攻撃耐性Ⅷ、魔法耐性Ⅵ、精神攻撃無効、状態異常耐性Ⅴ、思考加速Ⅷ

権利:基本的生物権、魔術使用の権利

称号:狂拳士、殺戮者


 レベルが大幅に上がっており、ステータスもかなり伸びた。フェンリルの頃のリルに匹敵する、と考えればそのやばさがわかりやすいと思う。スキルのレベルも大幅に上がっており、かなり頼もしくなった。

 種族名の破壊妖というのは精霊の中では最上位に位置するらしい。四大精霊である火、水、風、土の始祖たちにも匹敵する力を秘めているだろう、というのがしんさんの意見だ。俺が理解できたのはとにかくすごそう、ということだけである。


 そしてその隣に立つ鎧に包まれた男、かどうかは顔が見えないからわからないが、多分男だ。身長が三メートルを超えるであろうデストロイヤーよりもさらに大きい体と、その体の大きさを軽く超える盾を持っている。剣も背中にかけているが、守り特化の騎士、といった感じだろうか。


種族:精神生命体・鉄壁妖

名前:ウォーリアー

レベル:34 

生命力:3498/3498 攻撃力:3019 防御力:7102 魔力:3012/3012

状態:制約・忠誠

スキル:闘気Ⅹ、魔剣Ⅵ、属性盾術Ⅹ、魔術・精霊Ⅹ、魔力障壁、自然治癒Ⅹ、魔力自動回復Ⅹ、精神強化Ⅹ、物理攻撃無効、魔法耐性Ⅹ、精神攻撃耐性Ⅹ、状態異常耐性Ⅹ、即死無効、思考加速Ⅳ

権利:基本的生物権、魔術使用の権利、自己防衛の権利、自己回復の権利

称号:守護者、殺戮者


 そのステータスからもゲームで言うところのタンク役であることが一目瞭然であり、デストロイヤーと対の存在と言える。しかし攻撃力も十分で、そこらの魔獣には後れを取ることはなさそうだ。

 まあ、この二体が同時にかかってもルナを倒すことはできなそうだが。あの化け物を倒すにはどうしたらよいのやら。


 だが、俺やかなよりも数段上の相手であることには変わりない。特訓相手にするには最適であり、俺もかなも目を輝かせていた。


(私、ウォーリアーと戦う。何回攻撃すれば倒せるか、試す!)

(じゃあ俺はデストロイヤーだな。剣術を試す絶好の相手だ!)


 強いやつに挑むのが楽しい、と考えてしまう俺はかなりやばいだろう。だが、これは衝動である。腹が減ったら飯を食いたくなるように眠くなったら寝るように、越えられなさそうな壁があるならば超えたくなる。これは仕方のないことなのだ!

 元の世界での俺ならば考えられなかったことだが、今は目標高く誇りを持って生きているのだから努力はやって当然のことだ。この熱がすぐに挟めないことを祈るよ。


(では、我は見ているので勝手にやるがよい)


 そのリルの念話を皮切りに、俺とかなはそれぞれの獲物に飛び掛かった!


「ぜぇ、ぜぇ……」

「はぁ、はぁ……」


 俺とかなは一緒になって荒い息を吐いていた。やはり精霊二人組は強かった。

 かなの攻撃がことごとく防がれ、俺の剣術は全て見切られていた。だというのにこちらは相手の攻撃を受け流すこともままならず致命傷を受けることもしばしばあった。そのたびにリルと何やら話しているルナに頼み込んで回復魔法をかけてもらっていたのだが、数時間ぶっ通しで打ちのめされ続けていたので流石に体力が限界だった。かなも似たようなものだ。回復手段が自身の魔法であるところは俺よりも偉かったがな。他人に迷惑をかけないのはいいことだ。


(つ、強いな……やっぱり……)

(う、うん……かな、もっと頑張る!)

(俺も、頑張らねば……)


 かなと直接手合わせをしたことがあるわけではないが、どう考えても俺のほうが弱い。精霊組も合わせると六人いる俺たちだが、その中で最も弱いのは俺だ。だからこそ、もっと頑張らねばならないだろう。

 固有権能の能力使いのおかげでスキルのレベルはメキメキ上がるが、それに体が追い付いていないし、ステータスを存分に生かせていない気がする。これは戦闘経験の少なさが原因であろうが、似たような戦闘経験しかないはずのかなに戦闘で負けるのは、元の才能のせいだろう。

 もちろん種族そのものの強さも違うであろうが、俺だって仮にも上位種の超人である。決定的な差が開くのはおかしいのである。


「よし、もっと頑張ろう!」


 とにかく、それに尽きるのだった。


 翌朝。全身の筋肉が痛い。


「き、筋肉痛……」


 本当に、情けない。たかが数時間戦闘訓練をしただけで筋肉痛とか、本当に自分が情けない。まあ確かにここ一週間は戦闘をほとんどお任せ状態だったし移動づくしだったから筋トレも休んでたよ? でも、これはあんまりだ。進化しても弱すぎる体。もう嫌になる。

 これからも頑張ろうと思う。


「では、よろしくお願いします」


 リルも暇そうだったので半人半魔状態での朝食を終えた後、領主が悪魔の進軍を考えたら今日中に防衛ラインを準備したほうがいいと提案をしてきた。リルもそれに了承の意を示し、改めて領主がお願いしてきたということだ。

 リルはそれに頷き一つを返し、一度部屋に戻ることにした。


(しかし、案外うまくいくものだな)


 中に入って早々、リルが念話を使ってきた。突然のことだったか何のことだか分かったので俺は同調する。


(そうだな。これはルナに感謝だ)

(まさか月属性の魔法がこのように扱えるとは)


 本来、半人半魔時には体のいたるところに水色の半透明の部分ができるのだが、今回それをルナの魔術・月光の魔法の一つ、ミラーカラーリングという反射する光を選別することである程度色を誤魔化せる魔法を使うことでカモフラージュした。これが案外ばれないもので、一時間にも及ぶ食事と話し合いで一度も疑われなかったのだ。これで色々とやりやすくなる。ルナには本当に感謝である。


(さて、出陣の準備でもしますか。と言っても、ほとんどやることなんてないんだがな)

(しいて言うのなら先ほど言われた配置の確認程度だな)


 リルの言う配置の確認というのは、俺、かな、ルナが戦場でどのようなポジションを取るか、ということだ。一応ルナやかなも相当実力者であると領主には認識されているようで、出来れば三人で散って戦場全体の被害を減らしてほしいとのこと。

 ここで性格の悪い貴族なら自分の周りに俺たちを固めるはずだ。しかし自信の安全より全体の被害を減らす方法を検討している領主の善人さに俺は感動した。まあ、あまり共感はできなかったがな。部下とはいえ見知らぬ人を優先するか? 普通。領主としては良き人なのだろうが、いまいち理解できなかった。


(でも、考えなくても一番強いルナが真ん中、右がかなで左が俺、って感じいいんじゃないか?)


 悪魔も分散して攻めてきているとのことだが、真ん中の規模が一番多いそうだ。そうなると、ルナが真ん中であるほうがいいと思っての発言だったが、リルはそうは思わないらしい。


 (いや、真ん中を司殿、右翼をかな嬢、左翼がルナ女史だな。ルナ女史やかな嬢は人目を考えると本来の力を出しずらい。それどころか、普通の身体能力を演じつつ、さらには魔術・月光の使用を禁じられたルナ嬢ではそこまでの戦力にはなりえない。一応レベルⅤの魔法を使える設定になっている司殿が最高戦力であろうから、この配置のほうがいいだろう)

(……なるほどな。それもそうか。そこまで考えが及んでいなかった。……というか、ルナにそれくらいの枷がないと俺はルナに勝てないんだな)


 リルに言われて改めてルナとの実力差を痛感した。


(何度も言うが、それは仕方のないことだ。ルナ女史と司殿では種族の強さも、経験の量も質も桁が違う。我に少しでも抗えただけでもよい方だ。もっと自信を持っていいのだぞ?)

(だって、俺は使える魔法がレベルⅤ以下になるだけで普通に人間にいてもおかしくない力ってことなんだろう? それは自信を無くすよ)

(なぜ人間であるということで自信を無くすのか……。それに、確かに司殿の力は普通に人間界でも見かけるものだ。だが、それは超人であったり勇者であったりする者達であってだな――)

(勇者? そう言えば、勇者ってどんな存在なんだ? 確か人間の変異種何だったか?)


 リルの述べた勇者という存在。リセリアルにかなりの数いると聞くが、そもそも勇者とは何者か。聞く限りだと普通の人間よりも強く、もっと言えば超人と同等かそれ以上だと思われる存在だが、しんさんに聞いてもそこまで明確な答えは帰ってこなかった。だったらリルからも大した情報はないと思うが、リルの意見を聞いてみるのは悪いことではないはずだ。わからないことは年配者に聞くのがいいと思う。


(そうだな。普通の人間、それどころか超人となったものさえ超えると言われる人間の変異種。百年に一人現れるかどうかと言われているか、それは七千年あるこの世界の文献の中に七十人前後しか記されていないからだと考えられる。現に、今現在もリセリアルには十数人の勇者がいると言われている。恐らく、中でも目立った勇者しか記されていないのだろう。勇者の力も千差万別だからいわゆる、外れ、もあるようだしな)


 外れってガチャかよ……。いや? 変異種という時点で実質生まれた時にリセマラ無しで一回だけ引けるガシャなのか。しかも、出たら出たらその中でも当たり外れがあるという当たりの確率が超絶低いガチャのようだがな。


(へぇ……なるほどな。ちなみに人間の界隈での立ち位置はどんな感じなんだ?)

(普通に一般人と過ごしている者もいれば、冒険者として活躍する者もいるだろう。王宮に使えたり、逆に自信の力を隠して生活する者もいるはずだ。特に定まっていないのだよ)

(そうなのか? 特別な存在として甘やかされているのかと思ってた。それこそ、魔獣や亜人とか獣人を倒すための大事な戦力、とかかと)

(もちろんそのように扱われるときもあるが、実際そんなことはほとんどないようだぞ? そもそも、勇者自体が諸刃の剣なのだ。圧倒的な個人の力が自身の思うままに動くならともかく自由意志を持っているとき、真に恐れなくてはいけないのは敵に回った時よりも味方だと思っていたら裏切られることだからな)

(ああ、なるほど。そりゃそうか。納得だな)


 確かに強いやつに裏切られるのが一番恐ろしいよな。……ルナに裏切られたりしないよな?

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