戦争開始

「では、これより防衛戦を開始する!」

「「「うおおおおおおお!」」」


 領主の掛け声で、街の外壁の外に集まった兵士たちが雄たけびを上げた。士気は上々、といったところだろうか。

  そもそも領民がすべて逃げてくれればやらなくてもいい戦だというのに、どこからやる気が沸くというのか。

 結局、説得に応じなかった頑固者が数百人ほど、まだ街の中にいた。そんな人たちを、そして逃げた領民の帰る場所を守るために、今領主によって集められた五千人もの兵士たちが悪魔を討伐しようと立ち上がった。

 本来ならば感動する場面なんであろうが、この場所に思い入れのあるわけでも、何なら人が死ぬことに対する悪感情が限りなくなくなってしまっている俺からしてみると、そこまで熱くなれる理由がわからずにいた。


「リル殿、では、手筈通りでいいかの?」

「ああ、頼んだ。最終的に悪魔の数は八千まで増えたとのことだ。まあ、我らで一人二千ずつくらいは倒してしまって構わないだろう。ただ、一瞬で倒してしまってはダメだぞ? 時間をかけて、ある程度の損失をあえて出しながら、だ」

「分かったかの。では、妾は配置につくかの」


 そんな兵士たちの最後尾で、俺の体を動かしているリルはルナとそんな会話を交わしていた。数時間もすれば悪魔がこの地に到達するということで、計画の再確認を行っていたのだ。

 その会話の中に出てきた一人二千体、という言葉には心底驚いたものの、まあリルならばうまくやるだろうと一人納得する。残りの二千は俺たちが大活躍してさらに士気が高くなった兵士たちに任せてしまう、というの今回の計画だった。内容自体には賛成だったので余計な口出しはしないでおいた。


(じゃあ、かなも頑張れよ?)

(うん、任せて。デーモンキラーの称号はいただく)

(おお、頼もしいな)


 どうせ戦闘にはそこまで干渉できない俺はかなに激励の言葉を送ったが、そんなものがなくてもかなはやる気に満ちているようだった。デーモンキラーの称号か。中二心をくすぐる格好いいワードだな。


 今のかなはデストロイヤーとウォーリアーを宿し、ステータスとしては全盛期のリルを余裕で超える状態である。と言っても戦闘経験などを考慮したらまだ全盛期のリルには及ばないだろうがな。ステータスだけで語れないから、この世界でのバトルは面白いよな。ゲームじゃステータス正義だったから、取り敢えずステータスが負けている相手には挑まないようにしていたけど、この世界では多少のステータスの差など簡単にひっくり返ってしまいそうだ。

 ただ、何よりも恐ろしいのは戦闘経験が豊富で、さらにはステータスが高いやつだがな。ルナとかその代表格である。数千年も生きているらしいが、その上レベルがカンスト間際。戦闘種族の頂点として生きている彼女ならば、これだけの条件がそろっていて負けることはほとんどないはずだ。それこそ、神様でも現れない限り苦戦すらしないのではないだろうか。

 本当に恐ろしい人、いや、狼である。


 そして間もなく、地平線の端に悪魔の軍勢がとらえられた。


「では、改めて作戦を確認する。相手の悪魔は斥候の調査の結果約八千体の軍勢であることが分かった。それに対してこちらは五千。だが、決して臆することはない。今回我らには強力な助っ人が三人も付いている。見た目は子供だが、その力を侮ってはいけない。リセリアルの勇者にすら匹敵する強者だと私が保証する。そして、今回の作戦ではこのお三方にそれぞれ中央、右翼、左翼に一人ずつついてもらうことになる。皆、心得ておくように」


 士気を上げるための長い長いスピーチの締めくくり、領主は俺たちの紹介をしてそれを終えた。もちろん、俺たちを信用できないというやつも中にはいるようだ。だが、俺の魔法を見たものやその噂を聞いたもののほとんどは俺たちにかなり希望を抱いている様子だった。

 こうなってくるとさすがに心苦しいな。だって、俺たちは全力を出さずに見捨てる気満々なのだから

 まあ、最低限の人数を助ける気ではいるので恨みっこはなしだと思うがな。どちらにしたって俺たちの計画を変更するつもりはないのだし、そこまで気にすることでもないだろう。


 領主のスピーチが終わってすぐ、戦闘準備がはじめられた。皆が鎧を着込み、隊列を組む。武器を掲げ、すぐそこまで迫ってきている悪魔に向き合う。三つに分かれたその集団の一番前に子供が一人ずつ立っていることがシリアス感を台無しにしている気がするが、仕方ない。皆これが最善だということを理解しているからこそ、文句の一つも投げかけてこない。それはそれでこの世界の人間たちは大丈夫か? と聞きたくなるがな。


 戦場は商業都市オリィの北側、リセリアルと隣接する荒地で行われようとしていた。いくら激しい戦いが起きても支障がない土地というのは、それだけで士気が上がるらしい。踏み荒らしても罪悪感が沸かないから、だそうだ。

 今現在人間軍はオリィから三キロメートルほど離れた場所に布陣しており、悪魔の魔法の流れ弾などをそこまで気にしなくていい、というのも精神的にはアドバンテージになり得るだろう。数で負けている戦争で重要なのは個人の強さよりも全体の士気だとリルは言っていた。俺にはよくわからなかったが、まあやる気が大事ということだ、と言われて理解した。確かにそうだ、と。


 そしてまた敵のことをよく知ることも重要だと聞いたので、悪魔の観察をしてみることにする。

 観察と言っても肉眼での観察ではなく、ステータスや魔力感知で、だが。

 ステータスは数十体ほど見た限りだと高くてもどれか一つのステータスが800に達していればよいほうで、大半の悪魔は平均ステータスが100未満だった。

 あれ?弱 くね? と思ったが、うちの騎士たちを見ても似たようなものだった。むしろ、ステータスの平均が500以上の悪魔が数体いるだけでかなりの脅威となるっぽい。やっぱり人間弱い。こんな戦争勝ち目あるのか? いや、勝ち目が無いからこそデモンパレードが国家単位での危機だと言われている、ということか。確かにこれだけの戦力差があれば国家間会議の最中であろうとそれを中断して首脳たちを逃がす、というだけのことはある。


 それに、魔力感知に対する反応が大きい個体がかなり多いようだ。リルたちと比べて魔力の量は少ないのに感じる魔力の量が多いのはどうしてだろうか。まあ、そんなことは単純に魔力を抑えていないだけなんだけど。普通は獲物を逃がさないためとか、身を隠すために魔力を抑えるんだけど地獄ではそんな思想は存在しないらしい。だから悪魔は魔力を隠すということをせず、魔力が駄々洩れなんだとか。魔力感知で感じる魔力が多いわけだ。


 まあつまり、悪魔は見掛け倒し、ってことである。


 そしてさらに数十分後、戦闘が始まろうとしていた。

 目の前まで迫った異形の数々。牛の頭を持った大男、腕が八本ある少女、下半身が蜘蛛のような少年。まあ、悪魔に性別があるか分からないが、そんな見た目のやつらがわんさかいる。中には人型ですらないやつもいるし、まさに悪魔といった感じである。

 まあ、弱いのだが。これだったら俺でもやれるんじゃね? って思ってしまうほどには弱い。実際俺よりかはかなり弱い。これなら五十体くらいは同時に相手できそうだ。リルならば千は余裕だろう。

 と言っても同時に、なだけで二千体の悪魔をすべて討伐することくらい俺でもできそうだった。まあ、俺ならまず最大威力の魔法でばらけさせてだな――


「《アイシクル・メテオ》」


 アイシクル・メテオ。それは間違いなく魔術・氷Ⅴで扱える魔法。以前この魔法の上位互換であるアイシクル・メテオストリームを受けたことがあるが、それは今の魔法で現れた氷塊が無数に降り注ぐ、というものだった。

 だが劣化だからと侮ることなかれ。この氷塊は一つ一つですらここにいる悪魔程度では必殺の威力となる。数百メートルまで迫ってきていた悪魔たちの軍勢の中心に落とされる。

 地面に接すると同時に爆ぜ、周囲十メートル以内にいた悪魔たちは即死、それより外の悪魔たちも致命傷を負う。八千体いる悪魔の内の三千体がすでに壊滅状態に追いやられる結果となった。


「皆の物! 活路は開けた! 我に続けぇッ!」


 隊列が崩れた悪魔たちに剣を向けながら、リルは高らかにそう叫んだ。どうやら早期に終わらせてしまうつもりらしい。まあ、さっさと終わらせたほうが怪しまれる機会が少なくていいからだろうな。

 悪魔の集団に突撃していくリルの後に続いて、二千人ほどの兵士が戦場をかける。数秒後には戦闘が始まり、乱戦となる。リルは近づいてくるものを片っ端から切り裂き、たまに魔法を使い、無双状態となる。それでもリルの攻撃を逃れた悪魔たちが兵士たちを襲うことになり、すでに数百人以上がやられた。

 人間一人当たりのキルレをあげるのならば0.1くらいだろうか。それでも圧倒されている感じがしないのはリルの強さゆえなのだろうが、このままいけばリルの計画通りこちらにかなりの損失を出しつつも勝った、というシナリオが出来上がりそうだ。

 まさにリルの思惑通りという感じで感心する限りである。


 それから数十分もすれば戦況は拮抗状態、残り約百ずつとなった悪魔軍と人間軍が最後の衝突を見せようとしていた。これだけ仲間がやられても悪魔の士気は下がる様子もない。というかそもそも士気などという概念がなさそうだ。一人ひとりが殺戮衝動に駆られて動いてそうだからな。

 それに比べて人間たちはかなり臆している様子だ。戦場にはすでに山のように死体が積み重なり、血の池ができていて、悪魔から漏れ出した濃い魔素に満たされている。こんな環境は人間にとっても心身ともに最悪と言えるだろうから、仕方ないだろうがな。あと少し、頑張ってもらいたいものである。


  そして常に暇人であった俺は他の戦場を確認していた。かなが向かった右翼はすでに終結しそうだな。かながやりすぎたのか少し圧倒している感じすらする。数では倍以上の大差をつけているようだ。圧倒的逆転劇を巻き起こしている。

 そして左翼だが、こちらは少し様子がおかしい。ルナがいるというのにかなり押されている、ということ自体驚きだが、悪魔の中に一体だけ魔力の量が桁違いのやつがいたのだ。解析鑑定は使える距離ではないのでわからないが、ルナが手加減した状態では勝ちきれない相手、ということだけはわかる。

 ということは少なくともリル級の相手ということになる。一線を画す魔力を持つ悪魔、か。なんか楽しそうだな。俺が自分で戦えないのが残念で仕方ない。それに、なんだかんだ言っても圧勝してしまいそうだからいまいち気分が乗らないのだ。どうせ周りの悪魔たちが倒されたら流れでやられるくらいの実力しかないのだろう。期待はしないでおく。


 俺がそんなことを考えている間に、中央に攻め込んできていた悪魔の軍勢の最後の一体をリルが切り捨てた。最後まで手ごたえのある相手はいなかったようだが、かなりの量の相手を倒せたからリルは満足そうだ。まあ、リルは俺の体に憑依しても基本無表情だからよくはわからないが。


「このまま苦戦している左翼の援護に向かう! 安心しろ、勝利はわが手のものに!」

「「「うおおおおおおッ!」」」


 リルの掛け声に応じて、残り数百となった中央の軍勢が左翼の戦場に加勢に向かうのだった。

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